第99話 結論。ありがとう

「それでは話を再開します」


 紅茶休憩も終わり、再度アイリス先輩が話を始める。先生方も多くいるため、アイリス先輩の話し方は丁寧だ。


「これからは実務的な話をします。まずは、責任の所在と処罰についてです。これについては学園長か副学園長からお願いします」


 そう言うとアイリス先輩は二人のことを交互に見る。


「ほっほっそれじゃあ現場を見た儂がするかのう」

「そうですね、お願いします学園長」

「そうじゃのう。まずは責任の所在じゃが、ヴェイル君に3割、ドライアドのお嬢さん達に7割といった所かのう」


 学園長が普通に女性たちをドライアドと呼ぶ、そしてそれを誰もが驚かずに聞いている。

 まぁそれもそうか。魔物って俺が説明した子の事を私達の子って呼んでたもんね。てか多分結構前に気づいてたよね。


「私達が7割ですか……10割になりませんか?」

「ちょっと何言ってるのドライアドさん!」


 俺が悠長にそんな事を考えていると、ドライアドさんの中でも真ん中に座ってる人がとんでもないことを言い出す。ドライアドさん達が7割でも俺的には多いと思ったのに、10割なんてありえない。


「ほう、どうしてそう提案するのかのう?」

「そもそもヴェイル様は私達の子の命の恩人です。感謝こそしますが、恨みなどは1つもありません。そして、今回の件は私達が勝手に勘違いして攻め入っただけなのです。ヴェイル様に何の責任があると言うのでしょうか」

「じゃがアイリス君も言った通り、ヴェイル君にも非はあるぞ」

「命を助けることが非だと言うなら、そんな考えなど捨てて頂きたい」


 静かな睨み合いが両者の間に起こる。さっきは学園長に怯えていたドライアドさんも今回は心が折れずに正面から学園長を見つめている。


「ほっほっほっその意気や良しじゃ。ドライアドのお嬢さん達が言うようにヴェイル君の非は無しとするかのう」

「学園長!」

「ヴェイル君。お主にも子が出来れば分かるじゃろうて。子を救って貰った恩返しをお嬢さん達にさせてあげなさい」


 学園長が諭すように言ってくる。そんな事を言われたら、俺が反論できることは何も無くなってしまう。けれど、それじゃあ俺に都合が良すぎる。


「次は処罰じゃな。これについてじゃが――」

「それについては私が口を挟んでも良いかしら?」


 今度はノワが学園長の話を遮る。いや、遮ると言うか話の隙間で自分を割り込んだって感じなんだけどね。にしても失礼だな。


「何かのうノワ君?」

「ここまではドライアド達とヴェイルの為を思って黙っていたけれど、ここからは私も話に参加するわ。良いわよね?」


 ノワはそこで全員を見渡し、反論がないことを確認して話を再開知る。まぁこのタイミングとこの人相手に、駄目ってなることは無いと思うけどね。


「そもそもヴェイルはブルノイル公爵家の特殊金券なのよ。だから、責任は強いて言えばブルノイル公爵家なのよ。それに、幸いにも今日は休日で生徒も巻き込まれなくて、あの対応をした生徒会と風紀委員会の生徒も後列だったわよね。だからあの場で怪我をした生徒はいなかったでしょう? 前線を張って怪我をした教員も学園の設備も、学園が治療費等を補填すれば終わりだわ。その制度は整っているわよね?」


 ノワが生徒会副会長のレイナルド先輩に顔を向けて話を振る。


「え、ここで僕なの……えっと、そうですね。ノワ様の言う通り、教師の怪我や学園設備の損壊については学園が補填することになっています。一応条文の一部分を言うと『それが故意でなければ、授業や課外活動、その他日常生活において、スレイン王立学園(以下、学園)生徒を原因として、学園教職員の負傷や学園設備の損害が発生した場合、学園が治療費、修繕費等を支払う』と決まっています」


 一瞬は戸惑ったものの、流石は生徒会副会長だ。ノワの望む内容に対して、想定以上の返事をしてのけた。


「そういう事だから、今回起こした問題は全てヴェイルの責任。だけど、ヴェイルに非が無いって学園長も言ったのだから故意じゃないわよね。あら、それならヴェイルが謝って学園が全額負担するで終わりじゃない」


 そんな屁理屈みたいななんか納得いかないような感じがすることを、堂々とノワが言ってのける。ノワの顔は満面の笑みだ。悪魔だ悪魔。


 部屋の中は沈黙に包まれている。誰もがその様子に若干引いて、言葉を出さないでいる。アルフォンス様だけがニコニコ笑顔だ。


「ヴェイルが故意じゃないと分かった時点で、こんな仰々しく会議をするような内容じゃないのよ。そうでしょう、生徒会副会長と風紀委員会副会長?」


 誰からも返事が無い事にしびれを切らしたのか、ノワは今度はアイリス先輩とレイナルド先輩の2人に話を振る。


「そうか、この為に私達2人を同席させたんだな?」

「これは策士だね……僕驚いたよ」


 アイリス先輩はノワの瞳を真っ直ぐに睨みつけ、レイナルド先輩は1人で静かに驚いている。どういう事だ?


 俺が不思議そうな表情をしていると、アルフォンス様が笑って説明をしてくれた。


「ノワはこの会議が始まる前にアイリス君とレイナルド君も同席するように言っただろう? それで僕達はそれを呑んだ。もうその時点でノワの勝ちは決まっていたんだよ」

「勝ち……どうしてですか?」

「そうだね。さっきレイナルド君が条文を言ったけど、実は今回の件以外にも、その条文が適応される事態は度々起こってるんだ。だけど、条文が守られてる事はあんまり多くないんだよね。それはアイリス君もレイナルド君も知ってるよね」

「はい、残念ながら」

「はい」


 アイリス先輩とレイナルド先輩が静かに頷く。なんだか悔しそうな表情だ。


「これは生徒会と風紀委員会が結構問題視してるんだよ。それに今回の場合、ドライアドの人達の方から責任を負うと言ってくれただろう? 副学園長の僕が言うと何か悪く聞こえちゃうけど、それなら学園はお金を払わなくて良いから断る必要が無いんだ。さっきも言った通り、条文には強制力がそこまで無いからね」


 段々と話が読めてきた。つまりは、今回もノワが止めなければそのまま俺等が金銭の支払いをしていた可能性があるという事だ。

 まぁでも可能性というか、俺は普通にそのつもりだったし、違和感を覚えなかった。別に理不尽な感じもしなかった。


「おそらくヴェイル君も感じてるだろうけど、今回みたいな状況の場合、ヴェイル君みたいに責任感が強いと、自分が負担するという事に何の違和感も無いんだよ。だから本来は問題な状況が表に出てこない。だから生徒会と風紀委員会も困っているんだ」

「なるほど」

「っと、話がズレたね。それでノワの事に話を戻すと、先に厳格で頑固だって有名なアイリス君に問題提起して貰うことで、上手く行けばヴェイル君に非が無いって結論に行くだろうと踏んだんだろうね。ドライアド達がヴェイル君に深く感謝しているとノワも気づいていたから。人の感情の動きにノワは敏感だからね。そこから人がどう動くのかも理解している」


 つまりノワはアイリス先輩が俺に非があると言うのも、ドライアドさんがそれを止めるのも、学園長がドライアドさんの意見を呑むのも読んでたって事か?


 アルフォンス様がノワの方を見るけれど、ノワはまるでそれが視界に入っていないとでも言いたげに紅茶を楽しんでいる。アルフォンス様もそれを見て肩を竦めるだけで、特に注意しなかった。慣れてるのだろう。


「で、その思惑は上手くいって、後は丁度良いタイミングでノワ自身がレイナルド君に目当ての条文を言って貰うだけ。学園長の非が無いっていう言質もあるし、こんな権力を持った人達がたくさん集まった場で条文を反故になんて出来ないって計画だよ。特に学生の身分であるヴェイル君がそんなな目に会うのを、アイリス君とレイナルド君は無視できない。ノワの言い分にさを感じてもね」


 そこまで説明されて俺はようやく完全にノワの計画を理解した。


 だからノワは堂々としていろと言っただけで、ラン先生とアイリス先輩が言い合ってるのを止めも参戦もしなかったのか。……冷たいとか心のなかで言って悪かったな。


「今アルフォンス様が言った通り、ヴェイルに責任があると言うのなら、私達風紀委員会は今回の修繕費用と治療費用をヴェイルに支払わせるのには反対します」

「僕達生徒会もです」


 アイリス先輩とレイナルド先輩が学園長の方を見る。そして、学園長はそれを見て、嬉しそうに微笑んでから口を開く。


「ほほほっ良い良い。良い計画と良い意見じゃ。ドライアドのお嬢さん達や、どうやら今回はヴェイル君の責任にしておいた方が、ヴェイル君の得になるようじゃぞ。お礼の気持ちとは別にして、今回はそういう事にしておいたらどうじゃ?」

「はい、そういう事ならそうしたいと思います」


 その流れで部屋の全員の意見が一致した。


『責任はヴェイルにある。だけど故意じゃないから注意だけで費用は学園が払う』


 という結論になった。

 なんだか釈然としないけど、生徒会的にも風紀委員会的にもそっちの方が良いらしく、俺も支払いをしなくて済むので文句は無かった。


 こうしてこの場は解散となった。皆が各々の仕事に戻り、俺もフブキとシャナとドライアドさん達を連れて、一旦外に出ることにした。


 そうして学園長室から出ようとした時、俺だけがアルフォンス様に手招きをされたので、アルフォンス様の所に行く。


「どうしたんですかアルフォンス様」

「ちょっと耳を貸して」


 そう言われたので耳をアルフォンス様に近寄せると、アルフォンス様が俺の耳元で囁いた。


「ノワの前で言うとノワが怒るだろうから言わなかったけど、あの解決法にしたのはヴェイル君の事を最大限思った結果だと思うよ」

「俺のことを……?」

「ノワならもっと簡単な解決方法も選べただろうからね。『面倒だから公爵家が全部払う』とかね」

「……確かにそうですね」

「でもヴェイル君が大切にしてるそのドライアドの子と、その子が大切にしてるドライアド達の事もついでに救える感じにしたんだよ。彼女達は魔物だからね、人間よりも処罰は重いからさ。何度も言うようだけど、ノワは人の感情に敏感だからね」


 それだけを言うと、アルフォンス様はじゃあねと言って学園長室を出ていってしまった。


「ヴェイル、アイツに何を言われたのかしら?」


 ノワが苦虫を噛み潰したかのような表情をしながら俺に問いかけてくる。不敬も甚だしいが、それが非常にノワらしい。


「なんでもない日常会話だよ。あぁそうだ、ノワいつもありがとうな」

「何よ急に。やっぱり何か言われたわね」

「何も?」


 窓の外を見ると、段々と日が沈んで綺麗な夕焼けが俺達の事を照らしていた。


 俺はもっとノワに感謝していかないと駄目だな。


 そう再認識した。

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