第98話 話の行方。先生……

 重たい空気が俺の全身にのしかかる。

 まるで鉄が全身に乗っかってるかのような錯覚にも思える。

 

 そのせいで俺は顔を上げられない。正面で威圧を放っている人の目を見れない。べべべ、別に怖くないけどねっ!


「私の金券ならもっと堂々としてなさい。誰かさん曰く、これからの男なのでしょう?」


 ノワが余裕そうにクスリと嗤いながら、俺の顎に手を添える。俺は単純だから、それだけで勇気が湧き上がってしまう。


 顔を上げて部屋の中を見渡す。

 もう何回も行っているブルノイル公爵邸の執務室に劣らない内装。違う点は、好みによる配色の違いや学園に関連する書類や物が多いという点。


 そう、ここは学園長室。生徒なら在学中に入ることがほとんど無い場所だ。そこに俺を含めて8人とフブキ、シャナ、ドライアド5人が集まっている。


「よく私に嘘を付いたわね」

「まぁまぁ。アイリスはすぐに怒る所が良くない所だよ。こういう時は冷静に話をしたほうが良い」


 俺の正面で怒っているアイリス先輩。

 それを宥めてくれているレイナルド先輩。


「ほっほっほっ賑やかじゃのう」

「笑い事じゃないですよ!」

「ん、寝てる間に何が……」


 本来は一番怒らないといけないはずの学園長。

 そんな学園長を怒っているメリナ先生。

 何も知らずに呆然としているラン先生。


「あはは、賑やかで良いね。ノワ」

「そうですね」


 ニコニコ笑顔で楽しそうにしている爽やかで優しげな青年。

 そして、その青年に冷たく返事を返すノワ。


 そこに俺を入れて8人だ。その8人が1つの大きなテーブルを囲んで座っている。


 俺側は俺を中心に、左にノワ、右にラン先生が座っている。そして俺の膝の上にシャナ、頭の上にフブキが乗って、後ろの簡易椅子にドライアド5人が座っている。

 俺の正面側は、中心にアイリス先輩、俺から見てその右にレイナルド先輩、左にメリナ先生が座っている。

 そんでもって左右に学園長と爽やかな青年だ。


 うーんこの薄い水色の長髪を簡易的に首元で縛ってる青年、見たことがあるような気がするんだよなぁ……。細くて少し不健康そうにも見える。けど顔色が悪いとかじゃないんだよなぁ。


「うーーん」

「どうしたのヴェイル」


 俺が唸っていると、ラン先生が俺の顔を覗いて聞いてくる。ラン先生の気遣いが沁みる。ノワなんて澄まし顔で無視よ。

 まぁラン先生が質問してくれたのはちょうど良いので、ラン先生にあの青年のことを聞いてみる。


「アルフォンス王子」

「……王子?」

「ん、第一王子」

「第一……」

「ん」


 ギギギ、とまるで錆びたドアノブかのような動きで俺はさっきの青年を見る。目が合う。


 あっ……終わった。


「ヴェイル君、だね? 初めまして。僕はアルフォンス・ディ・スレインだよ。君の噂は時々聞いているよ」

「う、噂ですかっ!」


 俺は初対面の王族と話しているという事実に緊張して、声が裏返ってしまう。


「堂々と」

「はいっ」


 ノワの指摘に、今は辞めてくれよという意味でせめてもの抵抗として小さな声で返事をする。が、普通にアルフォンス様にも聞こえている。


「あはは、やっぱり面白いねノワとヴェイル君は! あはは、はは、ははは……あー久しぶりにこんなに笑ったよ」

「あー、えっと。良かったです?」


 アルフォンス様の爆笑を皆で見守っていると、一息ついたアルフォンス様がアイリス先輩に手で話をするように促す。


「じゃあ早速今回の件について説明してくれ」

「はい、分かりました」


 俺はアイリス先輩に言われた通り、シャナをテイムした時の事から全てを話す。

 ドライアドさん達の反応が怖いが、さっき怯えていた学園長も居ることだし、勇気を持って怪我をしていたことも言う。ただし、それが学園生徒だとは言わない。面倒事になる予感がするからだ。


 冒険者活動で東の森に行っていた事から、シャナに名付けをして爆発音が聞こえた所までを全て話した。


「――そうか、そういう事だったか」


 アイリス先輩が俺の話を聞く内に段々と落ち着きを取り戻し、ゆっくりと頷いている。


「そうなんです。俺もこうなるとは思わなくて――」

「だが! ヴェイルの怠慢が招いたという事実は変わらない!」


 どうにか許しを得られないかと試みるが、アイリス先輩の一喝に阻止される。怒ってはいないが、厳しい顔をしたままだ。


「ヴェイル。お前はテイマーだろう」

「はい」

「我らが誇る王立学園に所属するテイマーなら、誰よりも魔物に詳しくあれ。誰よりも魔物の分野を極めろ。魔物分野において誰よりも上に立て」


 アイリス先輩は捲し立てるように熱く語る。


「ドライアドは複数体で生活する。私でも魔物学で習っている。その子の様子を見るに通常とは違う特別な個体のようだが、その習性までもが変わっているとは確定していない。ならば、他の仲間が近くに居て、血眼になって探しているという事まで考慮しなくてはならない。その判断が出来なくてはならない。ヴェイル、お前はテイマーだろう? このままではテイマー失格だ」

「……はい」


 アイリス先輩の厳しい言葉に何も反論ができない。悔しさで心臓が締め付けられる。なんて情けない。全てアイリス先輩が正しい。


 俺は模擬戦で何を学んだのだろうか。強くなる。テイマーを世間に認める。そんな事を考えたんじゃないのか? それなのに、この体たらくだ。アイリス先輩に怠慢だと言われるのも無理はない。


「アイリスが言ってるのはちょっと違う」

「……どうしてでしょうか」


 俺が肩を落として落ち込んでいると、眠そうにしていたはずのラン先生が反論する。なんだか少し不機嫌そうだ。

 アイリス先輩も臆することなくそれを正面から受け止める。


「理想論を掲げるのは大事、でも理想で世界は成り立たない。それに、テイマーは全てを自分で管理する必要はない。テイマーは確かに知識が重要になるけど、自分の魔物との仲を深めて協力してくれる様にする方が大切。協力できるから。その点ヴェイルは凄く優秀」


 ラン先生は一度話を止めてフブキとシャナをちらりと見ると、薄っすらと微笑んで話を再開する。


「テイムしたとしても魔物がここまで懐くのは珍しい。世の中には自分のテイムした魔物と不仲になって、戦闘中に嘘を付かれる事だってある。それがテイマーにとって死活問題なのは分かる?」

「はい。それは死活問題ですね」

「ヴェイルの子は見ての通りここまで懐いている。これはヴェイルだから出来ること。テイムした子達にだって性格がある。ヴェイルの頭にいる子はのんびり屋で楽しいことが好きだから、ヴェイルがずっと勉強してたら飽きちゃう。だけど、ショウって子は知識を大事にしてるから一緒に勉強してくれるかも知れない」


 俺はフブキとショウの事を脳内に浮かべる。確かにそんな感じの反応になりそうだ。


「そんな風にテイムしてる子達全員と仲良くならないといけない。だからヴェイルはずっと勉強だけを出来ていたわけじゃない」

「ですがそれは知識不足の言い訳には――」

「そもそもアイリスが言ってるのは発現して4ヶ月の子に求める水準じゃない。アイリスの言った魔物学は2年次の必修授業。それにドライアドはBランク以上で本来王都付近には生息していない。今のヴェイルが知る必要のある情報じゃない」


 普段しっかり話を聞くラン先生がアイリス先輩の話を遮った。それにおっとりとした猫目のはずが、少しつり上がっているようにも見える。明らかに不機嫌だ。


「あとヴェイルに知識じゃなくて連携強化と個人強化をするように指導したのは私。文句ならそう指導した私に言って。あとヴェイルはテイマーとして凄く優秀。優秀なテイマーである私が言ってる。私も可愛い弟子を馬鹿にされるのは不愉快だよ」


 アルフォンス様の笑い声で吹き飛ばされた重たい空気が、更に重量を増して部屋全体にのしかかる。今度は気持ちから来るのではなくて、本当に重たい感じがする。それに……なんだか暑い?


「これラン、漏れておるぞ。しっかり制御するんじゃ」

「あ、ごめん」


 学園長が穏やかな声でラン先生をたしなめると、部屋中の重たい空気が霧散する。

 部屋の中を見渡すと、俺とドライアド達とアルフォンス様、レイナルド先輩が冷や汗をかき、フブキとシャナは周囲を警戒していた。学園長とノワとアイリス先輩は涼し気な表情をしている。


「たくさん喋ったら眠たくなってきた。おやすみ」

「え? ちょっラン先生!?」


 そんな面持ちの俺達を無視して、ラン先生は広々としたソファーをいいことに俺の膝に頭を乗せて丸まって寝だしてしまった。その様子を全員が呆れてみている。


「ラン……学園長の前でそれは酷いわよ……」

「ほっほっほっ良いんじゃよ」


 メリナ先生が頭を抱え、学園長が優しくそれを許す。なんともいい職場だ。



 なんて俺が思っていると、アイリス先輩が立ち上がった。そして、深く頭を下げた。


「すまなかったヴェイル」

「ちょっとアイリス先輩! 頭を上げて下さい!」

「ラン先生の話を聞いてその通りだと考えを改めた。テイマーという職業だけを見て決めつけ、ヴェイルという個人を見て判断していなかった。私の落ち度だ、申し訳ない」


 俺が頭を上げてくれと言っても、アイリス先輩は頭を下げ続ける。こんな所でも厳格で頑固な人だ。


「いえ、アイリス先輩が言っていたことも間違っていません。確かに俺はアイリス先輩の言葉で、自分に足りない所を自覚したんです。だから頭を下げないで下さい」


 俺がそこまで言うと、アイリス先輩はもう一度謝ってようやくゆっくりと頭を上げた。


「よし! じゃあ一旦紅茶でも飲んで仕切り直そっか!」


 この空気感をどうしたものかと全員が考えていると、アルフォンス様が手を叩いてそう提案してくれた。ありがたい。


 よしじゃあ一旦の紅茶休憩を挟んで、気分転換だ。もしかしたらさっきの爆笑も重たい空気を払おうと狙ってやったのかも知れないね。

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