第97話 大問題。いやまぁ、その……

 ――ドゴォォォン!!!

『報告致します。真名命名回数が5回となったため、エンシェントテイマーの能力、眷属世界が覚醒しました』


 激しい爆発音が俺の耳に届き、抑揚の無い無機質な音が俺の脳に届く。


「何だ!?」


 俺は咄嗟に爆発音の方に振り向き、何が起きたのかを把握する。いや、把握しようとするが分かったのは爆発が起きたという事だけで、発生源が遠くて何が起きてるかまでは分からなかった。

 それでも、とにかく一旦は無機質な音の方は放置して爆発の方に向かうことにする。


 と思ったら、爆発の原因が予想外の所から判明した。


「マスター! ドライアドの皆が来ちゃった! シャナを探してる!」


 シャナがあわあわと慌てた様子で、俺の袖を引っ張って爆発音のした方向を指差す。


「シャナを? もしかしてあの爆発の方向か!?」

「そうなの! どうしよう、皆を止めないと!」

「まじか……シャナ! 急いで行こう!」


 俺は屈んでシャナをおんぶできるように構える。シャナは俺の意図を即座に汲んで、俺の背中に飛び乗る。流石のフブキもあの爆発音で起きて、俺の頭の上に既に乗っている。


『主様~あそこは危ないよ~?』

『でも行かないとだ。結局は目的がシャナだから』

『だよね~』


 心配するフブキとそんなやり取りをしつつ、俺はシャナとフブキを連れて爆発の発生源へと向かう。


 学園内で起こった事の為、現場に到着するまで時間は掛からない。すぐに到着する。

 到着した現場は混乱の渦だった。


「私達の子を返せ!」

「何故私達の子を攫った!」

「早く私達の子を返せ!」


 5人の女性が学園に乗り込んで風魔法を駆使して攻撃している。その誰もが泣きながら必死の形相で叫んでいる。


 それに対して、学園側は教師や生徒会、風紀委員会の人達が出てきて、こちらも魔法で対応している。こちらは魔法を消すことに注力して、魔法を放つ女性たちを狙ったりはしていない。休日で守るべき他の生徒が少なく、余裕があるからだろう。


「魔法攻撃を止めろ! ここが王のお膝元だと分かってやっているのか!」

「お前らの子の事は知らない! 今すぐ止めるんだ!」

「辞めないとどうなるか分からないぞ!」


 教師たちがそんな言葉を口々に叫んでいる。

 このまま彼女たちが止まらなければ、彼女達自身に攻撃をしなくてはならなくなる。だがそんな事を勧んでやりたがる人はうちの学園には居ない。


 そんな彼女達に怪我をさせたくない気持ちからの言葉だった。

 だが、今はそのどれもこれもが彼女達を刺激するだけだった。子供を攫われたと嘆く女性達にはそんな理性に訴えかける言葉は意味が無い。


 女性……人間にしか見えないが、状況からしてドライアドだ。シャナを探しに来たのだろう。

 それを俺だけが知っている。余裕があると思っている学園教師たちは相手が人間だと勘違いをしている。彼女達ドライアドが本気で殺そうと動けば、少なくない犠牲が出てしまう。


「ちょっと君! 危ないよ!」


 とにかく今すぐ止めないといけないと思い、先生たちを横目に通り過ぎて、ドライアド達の前に出る。


「あなた達の探してる子はこの子ですよね! 無事ですし攫ったわけじゃないですから落ち着いて下さい!」


 俺が出ていき右手を横に出すと、無数に放つドライアドの風魔法が複数俺に飛んでくる。それをフブキが用意していた強力な氷魔法で全て相殺し、グルルと低く唸る。


 ん? なんだか風魔法の威力が弱い?


「私達の子供の匂い! 私達の子はどこだ!」

「どこだ! 攫った子を返せ!」


 俺を見たドライアド達は一気に狙いを俺に変え、更に風魔法を放とうとする。流石に風魔法が想像より弱かったとしても、この人数差ではフブキのみでは対応できない。これはまずい事になるかも知れない。


 そう思った瞬間、おんぶしていたはずのシャナが俺の前に出てきた。


「マスターをいじめちゃ駄目ーーーーーー!!!」


 辺り一帯に響く大きな言葉と、ドライアド達に向けて放たれる優しい風。


 それらを受けてドライアド達は冷静さを取り戻したのか、風魔法を止めてシャナの方を見る。


「子……」

「私達の子……」

「良かった、生きてたのね……!」


 ドライアド達はシャナの事を視認した瞬間に表情を一変させ、怒りや心配といった表情から安堵や喜びといった表情に変わっていった。


「シャナは生きてるよ。それに攫われたんじゃなくて、助けてもらったんだよ。あそこに立ってるマスターに」

「シャナ? マスター?」

「助けてもらった?」

「そうなの?」


 またもや一気にドライアド達の視線が俺に集まる。だがさっきと違うのは、今度は感謝の視線ということだ。


「ありがとうマスターさん」

「私達の子を助けてくれてありがとう」

「勘違いしてごめん。優しいねマスターさん」


 ドライアド達は口々に感謝の言葉を伝えてくる。しっかりと俺の手を握ってきて、真剣に感謝している様子だ。


「いえ、偶然見つけて、見捨てられないと思っただけで……」


 ドライアド達の勢いに押されて、少し後退りながらの頼りない言い方になってしまう。

 それに、助ける原因となった傷を作ったのも学園の人間。なんて言ったらどんな事態になるか分からないという懸念もある。というかこの事態を引き起こしたことを考えると、俺もこのドライアドさん達もやばいかも……。


 なんて事をぐるぐると考えていると、学園から何人かが俺達に近寄ってくる。


「ヴェイル……ちょっと話をしよう」

「ヴェイル君と言うんだよね。入学早々にこんな問題起こすなんてなかなかやるね」

「ほほっちょっと良いかのう?」


 近づいてきたのは3人。2人の学生と、1人の学園教師。

 1人目の学生は、さっきまでお世話になっていた風紀委員会の副会長であるアイリス先輩。

 もう1人の学生は、いつぞやアイリス先輩と一緒に居るのを見た生徒会副会長のレイナルド先輩。


 そして最後の1人は、ふさふさの真っ白おヒゲを蓄えて、好々爺然とした穏やかなお爺さん。この学園で一番偉い人。そう――


「――ロイリドア学園長」

「なに、そう肩に力を入れなくて良い。儂は怒っておらんよ」


 学園長は一切怒ることなく俺の頭を撫で、一切の敵愾心を見せない穏やかな表情で女性達の方を向いた。


「あの様子を見ていれば事情は大体分かっておる。貴女達に危害を加える気は一切ないでのう。ちょっとお話に付き合ってくれないかのう」


 学園長は一切の躊躇を見せないでドライアド達にそう言う。先程までの魔法連発の様子を見ていたのにも関わらずだ。お爺さんが相対したら一溜まりもないような状況を見ていたのにだ。

 それなのに、ドライアド達は警戒した様子が無い。いや、無いと言ったら嘘になる。警戒をしても意味が無いとでも言いたげに、怯えた表情をしている。


「わ、分かりました」

「私達も行きます」

「はい」

「ほほほっ聡いお嬢さん達で良かった」


 学園長が穏便にドライアド達と話をつける。その様子を見て俺が安堵していると、俺の方に重たい重たい掌が乗っかった。何処かで感じたことのある手だ。


「ヴェイル。話を聞こうか」

「アアア、アイリス先輩ッ!」

「生徒に迷惑は……?」

「スゥーー……かけません」

「そうだな。確かにヴェイルはそう言ったよな?」

「……はい。いやまぁ、その……」

「言い訳をするな! こっちに来い!」

「はいっ!」


 鬼の形相のアイリス先輩に言い訳が通用するはずもなく、力強い手に引っ張られて、俺は連れて行かれるのだった。シャナもフブキも静かに着いてきてくれている。


 あーやっちゃったぁ。どうしようこれ。



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