第96話 うちの子。よろしくね

 改めて目の前にいる子を観察する。


 見た目はほとんど人間と同じだ。目、鼻、口の造りは人間と遜色がない。だが、一点だけ俺みたいな人間とは明らかに違う所がある。


 それは肌が桃色に近い薄紫色ということだ。薄めの灰色の髪の毛と瞳も相まって、不思議な雰囲気を醸し出している。可愛い。


「マスターどうしたの?」

「ううん、なんでもないよ」


 俺が自分のことをじっと見えいるのが気になったのか、首を傾げて不思議そうにしていた。俺がなんでもないと答えた瞬間にニコニコ笑顔になり、蝶々と遊んでいる。


 身長も120cmくらいしかないし、人間の子供みたいだ。なんて可愛らしいのだろうか。

 服も自分の魔力で作っているのか、サラサラな肌触りの、女性が夏に着たらちょうど良さそうな白のワンピースを着ている。非常に可愛らしい。


 いやもうそれしか言えてないな俺。


 だが忘れないで欲しい。いくら可愛くても彼女は人間ではなく魔物だ。流していた血は透明だったし、魔力で身体が大きくなった。多分あの縮んでいたのは生命を維持するためだったのだろう。


 魔物なのだから、生きるためなら人を襲うことだってあるだろう。だがそれは人間も同じだ。人間だって生きるために動物を食肉にしているし、魔物だって食べる。

 だからそこにとやかく言う気はないし、どんな魔物にも負けないように強くなればいいと俺は思う。そんな事を言うと無責任だなんて言う人も居るが、それこそじゃあ俺はどうすればいいって言うんだよって感じだ。

 

 まぁ結局何が言いたいかって言うと、可愛いから何でも良いやってこと。てか俺の想像通りなら、この子は本来人間を襲わない。


 そう、俺は今までの情報からこの子の種族が分かっている。多分だが当たっている。


 モイリアさんが言っていた断ち切られるのが相性悪いという言葉と、木々があって池がある部分で魔力が回復するという言葉。更には勝手に魔力を吸い取るなどなど。

 それらの情報と彼女の外見を照らし合わせると、1つの魔物が浮かび上がってくる。


 『ドライアド』


 植物の精霊であり、風や水を操る。回復や光を使う希少個体が居るというのも知られている。精霊と呼ばれてはいるが、正確には火の精霊や水の精霊とは別の存在で、一種族として扱うことが正しい。

 ドライアドの見た目は人種族と大差なく、人種族の言葉も普通に操るため見分けることが非常に難しい。基本的に温厚な種族であり、こちらから敵対しない限りは争いは生まれない。森の守護者。

 敵対すれば……ドライアドの戦闘能力は非常に高い。冒険者ギルドのランク分類では単体でB以上に設定されている。


「君はドライアドなのかな?」

「そうだよマスター!」


 正面に座っている可愛らしい子は、元気に自分のことをドライアドだと認めた。

 俺の予想通りではある。だが、自分で予想しておいて何を言うんだという感じではあるが、この子とドライアドには違う点がいくつかある。


 その違う点というのは、ドライアドは全員人間で言う18~20歳程度の見た目をしており、子供の姿のドライアドは居ないという事。そして、肌の色は肌色で、髪の毛もエルフと同じ薄緑色だと言う事だ。


 つまり、残る可能性は特殊個体。俺がテイム出来たのはそういう事なのだろう。


「ねぇねぇマスター名前欲しい」


 俺の膝の上に乗って、頭を俺の胸に預けながらそんな事を言う。


「良いよ。考えるからちょっと待っててね」

「やったー! 待ってる!」


 もう既にうちの子なので、断る理由もなくすぐに了承する。この子に似合った可愛らしい名前を付けなくちゃだな。

 この子にピッタリの名前を付けるのには、この子のことをもっと知る必要がある。そのためには、あの情報を見るしかない。フブキ達をテイムした時以来、1回も見ていないあの情報を!


 俺はこの子の事が知りた~い。どんな子なのか見た~い。

 


--------------------

真名:未設定

種族:ポイズン・ドライアド

性別:メス

称号:寵愛を受けしもの【毒】、後継者候補

属性:毒、風

--------------------



 やっぱり出た! これこれ!


 えーっと、種族はポイズン・ドライアド。やっぱりドライアドなんだな。でも予想通りただのドライアドじゃなさそうだ。

 種族名も、称号が寵愛を受けしもの【毒】とか言う物騒な感じって事も、属性も毒が入ってるという事も。全てが、毒を得意とするドライアドという事を現している。


 んんー……ポイズン、ポイズンかぁ。ドライアドの関連種族は聞いたことがないぞ。ウルフなんかはフォレストやデザートといった関連種族がたくさんあるのは有名だ。

 ドライアドに関連種族っていたか? てか、特殊個体って種族違いを指すものなのか? うーん……


「そんなの聞いたこともないよな」

「なにがー?」

「あぁごめんごめん。名前を考えてて口に出ちゃっただけで、なんでもないよ」

「そっかー!」


 俺の膝の上で、顔だけをこちらに向けて可愛らしい笑顔で返事をする。

 そんな愛らしい行動をされてしまえば、母性というか父性というものが目覚めてしまうわけで、種族とかもうなんかどうでも良くなってきた。



 よし! 気を取り直して名前を考えよう。


 この子の要素をざっと挙げると、毒、ドライアド、植物、可愛い、紫、ピンク……って所か。あぁ後はドライアドだし風とか水もか。あ、いや、水は属性に入ってないし別か? でもそうするなら属性は強力そうなのが毒だし、風の要素は入れなくても良いかもな。


 うーん、そうだな。やっぱりドライアドなんだから植物方向から名前を貰おう。女の子だし草とかよりは花の方が良いだろう。


 バラ、たんぽぽ、スズラン……うーん、どれも可愛いけどなんか違うよなぁ。

 この中だとスズランがマシかな毒あるし。あ、毒持ち良いじゃん。この子にぴったりだ。

 だけど色がなぁ、スズランは白って印象が俺の中で強い。やっぱ、代表的にピンクとか紫系の印象がある花が良い。しかもこの子はこんなにも可愛らしくて毒があるように思えないし、どんどんと印象が移り変わるみたいな感じも欲しい。


 なんかそんな花があったような……あ、そう言えばあの時のノワとのやり取りで……。


『ノワって好きな花とかあるのか? 大体の貴族令嬢が愛でてる印象あるけど、ノワってそんな素振り1つもないよな』

『好きな花? ……そうね、シャクナゲかしら。綺麗だし、色々な使い道が出来るのよ。葉っぱを使った紅茶とか。それに咲くに連れて色が変わるなんて素敵じゃない』

『へーそんな花があるんだな』


 なんてやり取りをしたな。それで気になって図書館で花を調べた時に、確かに綺麗だと思ったんだ。

 蕾の時は紫色だったのに、開花するに連れて段々と白くなっていく。その一方でピンクのままの物もある。なんて不思議な花なんだろうって思ったんだ。


 この子はシャクナゲにしよう。けどそのままだと名前っぽくないよな。


 シャク、クナ、ナゲ……うーん微妙。

 クナゲ、シャナゲ、シャクナ。シャクナ良い感じだな。そこからちょっと変えて、シャナ……。


 おお、シャナ! 良いじゃんシャナ! そうしよう!


「よーし決まったぞ!」

「わぁもう決まったの! マスター凄い!」

「だろう?」


 俺が頭を撫でながらそう言うと、何故か俺じゃなくてシャナが誇らしそうに胸を張っている。なんでかな? 可愛いね。


 シャナは誇らしそうな表情のまま、俺の膝の上に座っていたのを辞めて、立ち上がって俺の方に向き直った。そして、その場で両膝をついて手も地面につけて、所謂四つん這いの状態になる。相当ワクワクしている表情だ。


「ねぇねぇマスター! 早く早く!」

「分かったから急かすなって」


 何故かなんだか凄い大きな事を決心しているかのように俺の心臓の音が跳ね上がり、力強く俺の胸を内側から叩いてくる。

 俺はその緊張を決して表に出さないよう、ゆっくり優しくシャナの頭を撫でて、シャナに名前を伝える。


「シャナ。今日からお前はシャナだ」

「シャナ……私シャナ!」


 シャナは生あえを聞いた瞬間に目を輝かせ、俺に抱きついてくる。どうやらシャナ的にも良い名前のようだ。


「やったー! マスターありがとう! シャナ、名前凄く気に入ったよ!」

「おーおー良かったな。喜んでもらえて俺も嬉しいよ。真名大事にしてくれよ?」

「うん! ……え、真名なの?」


 きょとんとした表情のシャナ。それを見てきょとんとした俺。

 二人の間に気まずい沈黙とも苛立ちの沈黙とも違う不思議な時間が流れる。


 そんな時間もなんだか楽しく思えてしまう自分に少々呆れてしまうが、そんな俺に対する俺の感情や不思議な空気感などどうでもいい程の音が俺に届く。2つも。


 ――ドゴォォォン!!!

『報告致します。真名命名回数が5回となったため、エンシェントテイマーの能力、眷属世界が覚醒しました』


 なんだか俺にも学園にも問題が起きたみたいだ。

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