第95話 目覚め。お、おおぉぉ

「はい、これで治療は終わり。もう死んじゃう危険性はほぼ無くなったよ。それでも急速に回復させたから、まだ身体自体が上手く動かないだろうけどね。まぁそもそも魔力欠乏してるから動けないか」

「魔力欠乏ですか。どうすれば良いですかね?」

「そうだね、単純に魔力を回復させることが大事だよ。その子はドライアドだから、木々が生い茂っていて、かつ池なんかが近くにある所で休ませれば良いんじゃないかな。それに君は見た所テイマーだろう? テイムの要領で魔力をゆっくりゆっくり送ってあげれば良い。その子が勝手に吸収するだろうからさ」

「分かりました。そうしてみます」


 木々が生い茂っていて池がある所、か。また東の森に行くしか無いか?


「じゃあ私はこれで失礼するよ」

「ありがとうございました! このお礼は必ずします!」

「良いよ良いよ。最初も言ったけど、お礼は副会長からして貰うから」


 モイリアさんはニヤニヤしながらアイリス先輩の方を見て、掌をすりすりと擦り合わせていた。アイリス先輩はそれを見て少しだけ眉をしかめたが、直ぐに真顔に戻った。


「はぁ……仕方ない。いつもので良いか?」

「はいいつもので。ありがとうございま~す。じゃ、私はこれで失礼しまっす」


 モイリアさんはそう言うと、アイリス先輩には敬礼の様なポーズをして、俺達には手をひらひらと揺らしながら元いた部屋に戻って行った。


「アイリス先輩すみません。俺達が頼んだことなのにアイリス先輩がお礼を渡すってことになってしまって」

「なに気にするな。最初から分かっていた事だ」

「いや、でも……」


 流石に俺の個人的な用事でお願いをしたのに、そのお礼すらアイリス先輩にしてもらうのは筋が通らない。というか人としてやばい。


 俺がどうしたものかと悩んでいると、それを見かねてかアイリス先輩が代替案を提案してくれた。


「ヴェイルには少しの間風紀委員会の手伝いをしてもらいたい。それがお礼の代わりで良い」

「風紀委員会ですか?」

「あぁそうだ。実はまだ入ってくれる1年が未定でな、手が足りないんだ」


 風紀委員会と言えば、生徒が学園生活を快適に過ごせるように生徒間の秩序を守る役割を担っており、学園内で発生した問題の解決や危険がないかの見回りを行っている機関だ。


 風紀委員会が取り締まる問題の中には、生徒間の喧嘩なんてものもある。

 スレイン王立学園の生徒は皆優秀だ。戦闘職同士の喧嘩ともなれば、相当な被害が出てしまうこともあり得る。それを止めるために、風紀委員会には実力を求められるのだ。


「俺そんなに強くないですよ。この前の模擬戦でもトーナメントに出てないですし。それこそトーナメント上位者には推薦が出てませんでしたか?」

「推薦か、そんな話もあったな」


 アイリス先輩は遠い目をして明後日の方向を見つめている。

 

「アイリス先輩?」

「推薦者は6人居た。が、そのうち1人は捕まり、アイファ様はその件で今は推薦の話は保留。サラリナ様は生徒会の方に行き、ヴァレアも私とは違う組織が良いと生徒会に行った。シュラは興味がないと断り、エフリアはモイリアがいるから生徒会に行った」

「えっと、つまり……?」

「誰も風紀委員会に入っていない」


 沈黙が部屋中に満たされる。あれほど強烈な威圧を放てるアイリス先輩の瞳には、なんとも言えない物悲しさが詰まっているようだった。


「でも風紀委員会は人気」


 そんな苦しい沈黙を破って、ラン先生がまっすぐに言葉を放った。励ましか本心か。それは定かではないが、確かにアイリス先輩の事を慰めている言葉だった。

 ラン先生って意外と気配りできて優しいんだな。


「でも、あの掲示板の前での騒動が有名でアイリスは1年生に怖がられてる。それが原因かも」


 違った。ラン先生本心で刺しに行ってた。


 またもや痛いほどの沈黙が風紀委員会室の中に流れる。アイリス先輩の瞳も死んでいる。この人思ったよりショック受けてるぞ。


「えーっと、アイリス先輩。俺、お手伝いします」

「……助かるよ。ヴェイル」


 こうして俺はアイリス先輩と約束をして、ラン先生を連れてその場から逃げ――魔力回復のために風紀委員会室を後にした。


「ラン先生なんであんなこと言ったんですか。あの怖かったアイリス先輩がしゅんとしてましたよ」

「事実を言っただけ。問題を直視しないと。それにほら、ヴェイルも怖かったって言ってる」

「う……でも今は怖くないですから。職務に忠実なだけで良い人です。なんなら少し可愛らしい人だなって思ってます」

「そういうアイリスへの見え方が変わる人を増やさなきゃいけない。その為にも問題を直視するのは大事」


 俺がなんとなくラン先生を問い詰めると、思っていたよりもしっかりとした理由が返ってきた。


「まぁ……そうですね」

「ん」


 まともな意見に何も言い返せず、沈黙したまま歩き続ける。


「何処に向かってるの?」


 俺が静かに歩いていると、職員棟とは違う所に向かっているのに気付いたラン先生が、俺の服の袖を掴んで聞いてきた。


「この子を回復させる場所ですよ。さっきアイリス先輩と話してる時に思いついたんです」

「ん、そっか。どこ?」

「着いてからのお楽しみです」


 俺は少し意趣返しをしようと思ってそんな返事をする。ラン先生はそんな俺の気持ちに気づくことなく「そっか、楽しみ」なんて返事をしてくる。


 ぐっ、心が痛い! 俺はなんて愚かなんだ!


 そんな勝手に仕掛けて勝手に自爆して後悔をしつつ、数分で目的地に到着する。


「じゃじゃーん! ここです、どうですか? ぴったりだと思いません?」

「ん、心地良い。こんな所あったの知らなかった」


 現在俺とラン先生が居るのは闘技場エリアにある食堂の裏手。

 ここは木々が生い茂っている中に池が存在しており、その周辺にはちょっとした草原が出来ている。お茶会や軽い食事を摂るのに最適な場所だと言える。

 休日だと言うのに、訓練に励んでいる生徒たちの賑やかな声が程よく薄っすらと聞こえてきて、快適な休日を過ごせそうだ。


 ここまで説明すれば分かるだろうが、ここは全クラス合同模擬戦の時に昼食で利用したあの場所だ。普通の人ならこの場所に辿り着けないらしいが、マリエルさんのお陰で一度来ているので俺はここに来れる。


「じゃあここで少しゆっくりしましょう。なんだかこの子からも落ち着く雰囲気を感じます」

「ん、分かった。ここでお昼寝してる」


 ラン先生はそう言うと、自身の魔法袋から布団と毛布を取り出して、すやすやと眠りだしてしまった。


 いつも寝てばっかりの人だなとは思ってたけど、睡眠セット持ち歩いてるんだラン先生……睡眠に本気だなこの人。


 【ラン先生好きな物・事一覧】

 ・魔物

 ・食事

 ・睡眠


 なんて一覧を勝手に脳内で作成しつつ、寝ているラン先生の横で掌に乗せたこの子に魔力を注ぎ続ける。

 びっくりさせないようにゆっくりゆっくりと。どれだけ時間がかかっても良いから、良くなれ良くなれと祈りながら魔力を送り続ける。


 ゆっくり、ゆっくり。

 良くなれ、良くなれ。



 ◆◆  ◆◆



 約30分が経過した。この間にショウとリオンは例のごとく特訓で離席している。今ここに居るのは俺とフブキとラン先生だけだ。

 そして眼の前には理解できない光景が広がっている。


 いや、理解は出来るけどね。変化していく様子をずっと見てたからね。


「アナタが私のマスター?」


 女の子が俺の頬に頬を擦り付けてくる。


「この魔力マスターだ! あったかい魔力ありがとう! マスターだーいすき!」


 女の子が俺のことを全身で抱きしめてくる。

 両手を広げて、両足も広げて。全身で俺に抱きついてくる。


 まるで小さな子供みたいだ。

 ……いや、まるでじゃないよね。


 なんでこの子人間の子供ぐらいの大きさしてるのぉ!?

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