第94話 早くしないと。なんと
温かな魔力。すり減った命を補充するかのように染み渡る。
美味しい魔力。消え入りそうな意識を引き止めるかのように流れ込む。
穏やかな魔力。何かが足りていなかった私の心を埋めてくれる。
私のことを助けてくれるの? ありがとう。お願いします。
◆◆ ◆◆
「嘘……出来た……!」
眼の前に居る小さな女の子との繋がりが出来たのを感じる。
リオン達と比べると少し細く、今にも消え入りそうな繋がり。そして、苦しい、助けてという感情がひしひしと伝わってくる。
「そりゃテイマーなんだからテイム出来るでしょ」
「え、そ、そうだよね!」
俺のエンシェントテイマー特有の事情を知らないセイラさんが、当たり前でしょう? と首を傾げる。
素直に当たり前じゃないんだよ、なんて説明するような馬鹿ではないので話を合わせておく。
「まぁこれで私はもう不要よね? それなら私は行くわ」
「ごめんね! 色々と助言してくれてありがとう! 今度会ったらご飯でも奢るよ!」
「そうして頂戴。レアモンスターを見逃してあげるんだから高級料理くらい奢って欲しいわ」
そんな事を言いながらセイラさんは森の奥へと消えていった。
俺はその背中を見送りつつも、すぐに小さな魔物へと意識を向ける。
「よしじゃあ直ぐに戻ろう! 王都まで全力疾走だ!」
相変わらずレアモンスターとは何を言っているのか分からなかったけれど、とにかく王都へと出発する。
数十分後。
全力で急いで走って来たので、行きよりも全然時間がかからないで門に到着する。
だが、それでも急がなければならない事に変わりはない。女の子はまだ生きてはいるが、森を出発した時よりも更に弱っている。
「すみません俺テイマーなんですけど、この子テイムしたんです。瀕死なんですぐに行かせて貰えませんか?」
「テイマーねぇ。テイマーって言ってもそれ魔物でしょう? うーん、ちょっと確認取るから待ってて」
事情があるから早く通して欲しいと言うが、門兵さんは訝しげな表情で俺の事をまじまじと見ている。
「いや、ゆっくりしてたら死んじゃいます! 本当にテイマーですから! ほら、こっちの子猫には証付いてますよ!」
「だけどねぇ、確認しないで魔物を通すと僕が罰せられるからねぇ」
門兵さんの言うことは正しい。正しいけれど、こういう時ぐらい少し融通してくれても良いじゃないかとは思う。
……融通?
「そうだ! これ、これ見て下さい!」
俺はそう言って特殊金券と、いつか何処かで貰ったブルノイル公爵家の家紋が入った短刀を魔法袋から取り出して見せた。
確か何かあったらこれを見せれば良いってミルガーさんが言ってたはずだ。
「んん? ……ブ、ブルノイル公爵家の家紋!? し、失礼致しました! 確認はこちらで取っておきますので、どうぞお通り下さい!」
「ありがとうございます!」
驚愕して顔を青ざめさせた門兵さんにお礼を言って、俺は急いで王都を走り抜ける。途中人にぶつかりそうになるが、必死に避けて避けて学園を目指す。
帰ってくる最中に考えた。俺が知ってる凄い回復魔法使いを。
俺の覚えてる限り最高のは、模擬戦の時に使われていた回復魔法陣だ。あれが一番凄かった。あれだけ広域に魔法陣を敷けるのなら、単体に絞ればもっと凄い回復魔法を使えるはずだ。
そんな思惑を持ちながら全力で走って学園に到着し、俺は教師棟のラン先生の部屋に行く。なぜならメリナ先生の部屋を知らないからだ。
「ラン先生失礼します!」
いつのも如くラン先生の部屋に合鍵を使って入り、ソファの上で丸まって寝ている先生を揺すって起こす。
「先生! ラン先生おきて下さい!」
「んん……ん……ヴェイル? 今日は休み。どうしたの?」
「先生、この子瀕死なんです! 回復魔法陣使えるメリナ先生の部屋教えて下さい!」
「怪我? ……これは酷い、急がないと!」
ラン先生は怪我をしている小さな女の子の魔物を見ると、急いで起きて急いで服を着だした。いつもの先生からは考えられないほどの大きな声と素早さだ。
それだけラン先生はテイムされている魔物のことを大切に思っているという事なのだろう。
「メリナちゃんの所よりもっと良い所ある、こっち来て!」
着替え終わるとすぐに俺の手を掴んで、部屋から飛び出した。
しばらくラン先生に引っ張られながら走っていき、段々と目的地が分かってきた。
ラン先生が向かっていたのは教室棟。そこの風紀委員室だ。
ラン先生はそこの扉をノックし、返事が来る前に勝手に入る。
「入るね」
「ラン先生ですか。ノックをするなら返事を待って下さい」
ラン先生にお小言を言ったのは、アイファと一緒に模擬戦の掲示板を見に行った時に会った先輩だった。
確かアイリス・グーディリア先輩。ヴァレアのお姉さんで、風紀委員会副会長だ。
「君は確かヴェイルだったか。模擬戦では愚妹が世話になった。君のお陰であの子に自分の未熟さを教えることが出来たよ」
「いえいえそんな。俺は自分のために頑張ってただけですから」
「それでもさ」
アイリス先輩が書類作業をしていた手を止めて、俺の肩に手を置く。
アイリス先輩はただ俺の肩に手を置いただけで、他には何もしていない。つまり、手のひらの重さだけなのだから大して重くないはずなのだ。それなのに何故か、俺の肩に置かれた手は凄く重たく感じる。
あの時の怖い先輩のイメージが強いからだろうか。
「それで、ラン先生とヴェイルの2人で来てどんな要件ですか?」
アイリス先輩は俺の肩から手を離し、俺とラン先生2人分の紅茶を用意しながら聞いてきた。
「モイリアさんを呼んで欲しい」
「モイリアですか?」
アイリス先輩はそう言うと、俺が両手で抱えている子を見て、俺の瞳を正面から凝視してきた。
「他の生徒に迷惑がかかるような内容では無いな?」
「決してそんな事はありません! テイムした子が瀕死で、治療して欲しいだけなんです!」
「……そうか、分かった。呼んでこよう」
アイリス先輩は風紀委員会室に何個もある扉のうちの1つを潜り抜けると、3分ほどで戻ってきた。
アイリス先輩は1人の少女を引き連れている。目を擦って眠たそうだ。
「なんですか副会長。せっかく良い夢見てたんですよ〜」
「お前に頼み事がある客が来た。風紀委員会なら生徒の為に活躍しろモイリア」
そんなやりとりをしつつ、アイリス先輩がモイリアと呼ばれる薄緑色の髪の毛をした少女を俺の前に差し出した。
「あ〜これは大変ですね。私を呼んだのも納得です。診ても良いですか?」
「お願いします」
俺はモイリアさんにそっと小さな女の子の魔物を渡す。
「『診察』『診断』」
モイリアさんは真ん丸の眼鏡をかけて、手を翳した。
手を翳すとそこから光が出てきて、光が治れば今度はあちこちを触ったり見たりしてぶつぶつと何かを呟いている。
「栄養失調が酷いね。魔力枯渇も深刻だ。それに外傷も酷いね、剣で斬られたのか……しかも断ち切る系の技だ。この子には相性が悪かったね。全身の傷は私の魔法でなら治せるけど、栄養失調と魔力枯渇は無理かな……よし、終わり!」
パン! とモイリアさんが手を叩くと、眼鏡を外して俺の方に向き直った。
「よく私の所にきたね! 私レベルじゃないとこの傷は無理だったよ〜。それにあと10〜20分くらい遅かったら手遅れだったかな。取り敢えず傷を治しても良いかい?」
「是非お願いします!」
モイリアさんはまた手を翳して……と思ったら、俺の方にくるりと向き直った。
「そうだった。私じゃ魔力が足りないから君肩代わりしてくれない?」
「どうぞどうぞ! 魔力量だけは多いので好きなだけ!」
「じゃあ遠慮なく」
そう言うとモイリアさんは俺の手を握って長い詠唱を始める。詠唱が終わると、また詠唱を始める。
そうして2つの魔法陣が完成した。俺とモイリアさんが入る大きさの魔法陣が床に、そして小さめの魔法陣がモイリアさんの手の先に1つずつ。
「は〜い、じゃあ治れ〜」
そうして魔法陣から白い光が怪我をした魔物ちゃんに飛んで行き、吸収された。身体にあった傷達はどんどんと塞がっていき、心なしか安らかな表情になった気がする。
頼むから目を覚ましてくれよ。
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