第93話 正体。君は……?

 頼むから生きていてくれ!


 ついさっきから女の子の声が聞こえなくなった。その代わり、ショウが「リオンが現場に到着しました」と教えてくれた。気配察知で確認したのだろう。

 リオンが着いたから声がしなくなったのか、死んでしまったのか。それは定かではないが、俺は急いで声の元へと走る。


『主、あと少しです!』

『了解、行くよ!』


 俺はショウの指示で突き当りの小さな丘を右に曲がった。そして、声の元へと到着した。


 が、そこには驚くべき光景が繰り広げられていた。


「次から次へと鬱陶しいわね! レアモンスターが連続で来るのは嬉しいけど、強かったら面倒じゃない!」

「ガルルッ!」


 木々から視界がひらけたそこでは、リオンとセイラさんが戦闘をしていたのだ。

 セイラさんは剣をリオンへと振り、リオンはその剣を光の爪で弾き飛ばした。その2人の攻撃はどちらも早く、俺より強いことが一瞬で分かる。


 セイラさんはサラリナ様の特殊金券の子だ。そしてリオンは勿論うちの子だ。なんでそんな2人が戦闘をしてるんだ!


「ちょ、ちょっと……待って……!」


 未だに全力疾走の弊害で切れている息を整えるのを辞め、精一杯の大声で2人の戦闘を止める。


 無理して大声を出したせいで咳が出るが、そのお陰で2人共戦闘を止めて俺の方を向く。

 リオンは俺が来たことに気づいて俺の方へと近づいてきて、そんなリオンの姿を見てセイラさんが俺に剣を向ける。俺を警戒している様子だ。


「アンタがそいつの主? 私を襲わせるなんてどういうつもりなの。PKなんて外道行為は流行らないわよ」

「ぴ、PK? ちょっと何、言ってるか……分かんないけど、まずは息整えても、良い……?」

「……はぁ、分かったわ」


 そう言うと、セイラさんは剣を抜いた状態で倒木に座った。


 俺はそれを見て、ゆっくりゆっくり呼吸を整える。

 そして1、2分で話せるぐらいには呼吸が整ったので、セイラさんに説明をする。


「――て事なんだよ」

「そう、そういう事ね。取り敢えずは信じて上げる」


 セイラさんは剣を鞘にしまう。


「だってアナタあの時……サラリナが私を呼んだ時にブルノイルとか言う女と一緒にいた子でしょう?」

「そうだね。てかブルノイル様かノワ様ね」

「はいはい、様様。まぁそういう事なら信じてあげるわ。サラリナから公爵家とは無闇に敵対しない方が良いって口酸っぱく言われてるのよね」

「なら良かったよ。俺だってセイラさんと敵対したい訳じゃないからね」

「あら、そう? 私はそれでも面白いとは思うけど」


 セイラさんはそう言うと、同い年とは思えないほどに妖艶な笑みを浮かべながら剣に手を添える。俺にはその笑顔が邪悪に思えた。


「言ってること矛盾してない? 俺と敵対したら公爵家と敵対してるのと同じでしょ。それに剣に手を添えるの止めてよ、普段1番おとなしいフブキまで唸っちゃってるじゃん」

「グルルル……」

「……冗談よ。本気にしないで」


 セイラさんは剣から手を離し、肩を竦めてまた倒木に座った。

 その後、俺の顔をじっと見ていたかと思うと、ある方向を指差して口を開いた。


「で、良いの? あれ」

「あれ?」

「そうよ。アナタがここに来た理由ってあれでしょう? レアモンスター」

「レアモンスター……?」


 セイラさんが指を指した方向へと視線を向けると、そこには手のひらサイズの小さな女の子が透明の血を流して横たわっていた。


「もしかしてあの子が!」

「多分アナタがここに来た理由でしょうね」

「早く言ってよ! すぐに助けないと!」


 俺はすぐにその子に近づいて、魔物用の回復ポーションを取り出して振りかける。けれど、俺が持っているのは一番安い低級のポーションだ。良いやつは高すぎて買えていない。


「やばい、これじゃ助からないかも。どうしよう……」


 ぐるぐると脳内で色々と考えるが、良い解決策は思いつかない。

 俺は回復魔法使えないし、うちの子たちも使えない。回復手段であるポーションも俺の持ってる低級じゃあんまり効いてないみたいだし、良いやつなんて今買いに行って戻ってくるんじゃ遅いかも知れない。てか買うだけのお金がない。持ってる人……あ、


「セイラさん回復ポーションとか持ってない!?」

「魔物用なんて持ってるわけ無いじゃない」

「だよね……」


 そりゃそうだ。テイマーでもなければ持ってるわけがない。


「そうだ、回復魔法は!」

「使えるけど意味ないと思うわよ?」

「なんでさ! 試してみてよ!」

「本当に良いの?」

「え? うん、お願い!」


 本当に良いの? という確認に一瞬迷ったが、それでも回復はして欲しいので頼む。

 俺がそんな風に必死に頼むと、セイラさんも協力してくれるようで、小さな女の子に向かって手を翳した。


「行くよ。『ヒール』」

「うぅ……」


 真っ白な光が女の子に降り注いだ瞬間、女の子が苦しみだした。それを見て、セイラさんは直ぐに回復をやめた。


「やっぱりこうなった」

「なんでだ……?」


 俺は回復魔法でダメージを受けるという事に衝撃を受けているというのに、セイラさんはそれが当然だとでも言わんばかりに肩を竦める。


「この世界の人は神から職業を授かるのよ。それってつまり職業に適した行動をするのが、この世界に生きる住民の使命でもあるってことでしょう?」

「うん、そうだね」


 確かアミーリスラ聖国の教皇もそう説いていたはずだ。


「それで、私はこの前も言ったけど勇者なの。多分だけど、勇者という職業の使命は魔を倒す事でしょうね。なら、回復魔法使いの回復魔法と私が使う回復魔法の作用が違くても不思議じゃないでしょう?」

「……なるほど、そういう事か」


 魔を倒すのが使命の勇者が使う回復魔法が、魔である魔物を回復してたら矛盾が生じてしまう。だから魔物に回復魔法を使うと、魔物にダメージが入ってしまう。

 回復魔法使いの使命は回復をすることだから、対象が魔物でも矛盾は生じない。だから魔物に回復魔法を使っても問題はない。


「じゃあ今ここで出来ることはない……?」


 改めて八方塞がりな現実に、俺は頭を抱えてしまう。どうすればこの子を助けられるんだ。もう時間は少ないぞ。


「ていうかさっきから何悩んでるのよ」

「何悩んでるって……この子をどうやったら助けられるかだよ!」


 あまりにも分かりきった事を聞いてくるものだから、ついイライラして大きな声を出してしまう。


「悩んでるのは分かるけど、私に当たらないでくれる?」

「ごめん、冷静じゃなかった」

「はぁ、まぁ良いわ。でもやっぱり、どうやって助けるかなんて悩む必要ないじゃない」


 やっぱりセイラさんはそう言い切る。


「必要ないってどうするのさ」

「簡単じゃない。街に連れていけば良いだけ。他の村とかならいざ知らず、すぐそこは王都よ? 回復魔法の使い手ぐらい普通に居るわ。それこそ私達が通ってる学園なんて超一流の使い手ぐらい居るでしょう」

「そうだけど! そうだけど、魔物を街中にどうやって連れてくんだよ」

「それ本気で言ってるの?」


 本気も本気だ。魔物を王都になんて連れて行ったら、それこそ超一流の冒険者たちが討伐に来る。だからうちの子達はテイマーギルドに登録してテイムされてる証を……って、あ。


「俺テイマーじゃん」

「やっぱりそうよね? なんで街中に連れていけないと思ってたのかしら。私の目がおかしいのかと思ったわよ」

「あ、いや、ごめん。どうやって助けるかに集中しすぎて、自分の職業忘れてた」

「視野狭窄も甚だしいわね」


 辛辣ながらも的確なその言葉に何も言い返せず、今はとにかくこの子を助けようと思考を切り替える。


 俺はテイマーだ。ここで助けを求めている魔物を助けられなくてどうする。条件は『特殊個体』? もうそんなんどうにかなれこの野郎!


 俺はそう意気込んで、眼の前で倒れている小さな女の子の魔物に魔力を流し込んだ。

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