第91話 テイムの謎。ふふーん?

 あれは先週の土曜日。全クラス合同模擬戦の3日後の事だ。


「やっぱラン先生強すぎますよ」

「これでもBランク冒険者。負けない」


 俺とうちの子たちは、ラン先生との模擬戦に負けて草原に大の字で寝転がっていた。


『ラン先生強かったな皆』

『我らの完敗だ。練度の差が出ていた』

『夜空猫という魔物は厄介ですね。気配を消したと思えば、今度は逆に他の気配を消すほどの強烈な気配を放出して来ました』

『強かったよ~悔しいね~』


 俺達は脳内で感想を言い合う。その間、ラン先生は自分の子たちを撫で回している。あれ逆に囲まれて揉みくちゃにされてないか?


 そんな風に各々の時間を過ごしていると、数分でラン先生が俺の方にやって来た。


「ヴェイルの子たちは強い。けど、連携が出来てない。だから隙をつかれる」

「はい」

「それに、ヴェイルの子たちは強いって言ったけど、動きがおかしい。十分に強いけど、それを超える強さを持っているみたいな動きをしてる。なんで?」

「なんでって言われても……自信があるからですかね?」

「そう……じゃあ次は謙虚さと連携をもっと意識してもう1回やろう」

「分かりました」


 そうしてもう1回模擬戦をして、またもや容赦なくボコボコにされる。


「勝てない……」

「ん、そんな簡単に勝たれても困る」


 さっきと同じようにまた脳内で反省会をし、ラン先生はもふもふしてるはずが逆に揉みくちゃにされる、というのを繰り返す。

 そして、それが終わればラン先生と本格的に振り返りをする。


「今回はさっきよりも良くなってた。フブキちゃんの援護氷魔法が的確だった。リオンちゃんは相変わらず前線を張って注目を良く集めることが出来てた。ショウちゃんは、リオンちゃんが作り出した隙を取りこぼさないで攻撃できてた。隠密が上手。あと謙虚な動きだった」


 ラン先生が饒舌に俺達の事を評価してくれる。普段口数の少ないラン先生は、魔物と食べ物のことになると口数が何倍にも増える。とても可愛らしい一面を持った人だ。


「それで、ヴェイル」

「はい、なんでしょうか」

「なんでヴェイルは魔物を新しくテイムしないの?」


 ラン先生が不思議そうに首を傾げる。

 確かにラン先生の言う通りだ。ラン先生は今ここにいるだけで5体の魔物をテイムしている。だからさっきまでの模擬戦は、単純に頭数が足りなくて負けているということも考えられるかもしれない。


 ……いや、普通にラン先生が強いな。


 とにかく、数が増えるというのはそれだけで戦力増強になる。そして出来ることも増える。良い事だらけだ。


「新しい子をテイムするって考えたことありませんでした。リオン、ショウ、フブキ達が可愛くてそんな発想出てこなかったです」

「そうしっかり可愛がってて偉い。でも多いほうが基本的には良い」

「基本的には、ですか?」

「食費とかテイムした子たちの場所とか必要。お金がかかる」


 ラン先生が遠い目をしながら小さな声で呟いた。

 そうだった、ラン先生給料の殆どをこの楽園を借りるのに使ってるんだった。


「先生、夕飯は美味しいもの食べましょうね」

「うん」

「今日はステーキでも頼みますか」

「うん」

「きっと美味しいですよね」

「そうだと良いな」


 なんてテイムから大分逸れた話を楽しみつつも、再度俺の話に戻る。


「そう言えば俺、テイム出来ないかも知れないんですよね」

「ん、なんで?」


 俺は初めてテイムを試みた時のことをラン先生に話した。


「そこまで懐いて逃げられるなんてことあるの?」

「あったんですよ」

「どうしてだろう」

「分からないです」


 俺とラン先生は無言で見つめ合い、2人してなんでだろうって感じで首を傾げた。


「確かめに行こう」

「え、今からですか?」


 もうそろそろ太陽が真上に到達する。お腹も何か食べてーと小さく唸っている。

 つまり、お昼時だ。お腹減った。


「うん今から。前ヴェイルが話してくれたよね」

「何をですか?」

「身体能力が上がってたこと。

「あー相談しましたね。それがどうしたんですか?」


 確かにあれは俺でも異常だとは思っているけれど、それが今回の話に関係しているのか?


「テイマーのテイムしたことによる身体能力向上は本当に微細なもので、増えていないと言っても良いくらい。でもヴェイルは明らかに身体能力が上がっていた。だからテイムできない? って言うのにも何か原因があるはず。確かめないわけにはいかない」


 ラン先生は矢継ぎ早にそう言うと、何時もののんびり姿からは想像できない程の早足で楽園を出ていってしまった。


「ちょ、ラン先生! お昼はどうするんですか! ……って聞いてないよ」


 急いでラン先生の後を追いかけて学園の外に出る。方角的に向かってるのは東の森だと思う。


 どれだけマイペースなのよあの人!


 なんて文句を心の中で思いつつも、それが少し楽しく感じてしまっているのも事実だった。





「ヴェイル遅い」

「なんでいつもゆっくりなのにこんなに早いんですか……」

「ん、分からない」


 俺が走ってラン先生のことを追いかけて十数分。目的地の東の森に到着した。


「あれ、リオンちゃんとショウちゃんは?」

「2人は用事があるらしくてどっかに行きました」

「自由だね」

「自由が一番ですから」


 ここに来たのはフブキと俺だけだ。ラン先生もいるし、東の森程度なら俺1人でも大丈夫ではあるので、用事があるというリオンとショウは出かけさせた。


「じゃあ早速やってみよう」


 ラン先生はそう言うと、夜空猫が追いかけてラン先生の元にきたレッサーラビットを捕まえた。長い耳をこう、ガシッと掴んでいる。


 これはここにきた目的でもあるように、テイムしてみろと言うことだろう。

 奇しくも俺が初めてテイムした魔物だ。今回はテイム経験がある状態でやるんだ。失敗しないと思いたい。


「テイムの方法は2種類。分かる?」

「好物で餌付けするか、瀕死にして屈服させるかです」

「大体合ってる。ヴェイルは私の子たちを誑かしてるみたいに魔物に好かれる体質だから、餌付けの方がいい」

「なんか言葉に棘ありません?」

「ない」


 確実に少し棘があるラン先生からレッサーラビットを受け取って、興奮しているレッサーラビットが落ち着くように頭から背中にかけてゆっくりと撫でる。そうすれば段々とレッサーラビットが落ち着いてくる。

 しばらく撫でている間にラン先生はレッサーラビット用の餌を用意してくれ、俺に手渡してくれた。


 うーん可愛いけどうちの子たちと比べちゃうと……って感じだよな。


「やっぱりヴェイルは凄い。敵対的な魔物じゃないとは言っても、ここまでテイム前の野生の魔物が落ち着くのは凄い」

「そうなんですか? でもゴブリンとかには襲われましたよ」

「それは敵対的な魔物だから仕方ない。そう言う魔物は瀕死にしてテイムする。餌付けの場合は、懐かせたり落ち着かせるって工程で多くのテイマーが躓く。じゃあテイムしてみて」

「分かりました」


 俺はテイムの手順に従って、頭を撫でながらゆっくりと魔力を送る。そうすれば、魔物が俺にテイムされても良いと思ってくれれば魔力を送り返してくれるはずだ。


 送る。何も返ってこない。少し体を擦り付けてきてるか?

 少し多く送る。何も返ってこない。なんだか鳴き出した。

 もうちょっと送る。やっぱり魔力は返ってこない。もうなんか身体擦り付けがすごい。


 うーん、やっぱり前回と同じでダメだな。


「ラン先生、こうなるんですよ。魔力を送ってるのに返してくれないですし、テイムされたくないと暴れるわけでもないんです」

「おかしい。ちょっとその子かして」

「はい」


 首を傾げたラン先生にレッサーラビットを渡す。

 ラン先生はそのレッサーラビットの頭に手を翳した。多分魔力を送ってるんだろう。


『……キュイーーッ!!』

「あ」


 ラン先生が魔力を送ってしばらくすると、レッサーラビットがラン先生に突撃した。が、その攻撃は何か見えない壁に妨害され弾かれる。そして、弾かれたレッサーラビットは夜空猫の爪で攻撃され、星にされた。

 星にされたというのは、攻撃されたレッサーラビットがキラキラと光を出して肉体を残さずに消えたのだ。普通に怖くね?


「私は希少魔物以外テイムできない。だから失敗するのは分かってた。普通はこうなるか、すぐにテイムできるかのどっちか。あの子がおかしかったわけじゃない。ヴェイルがおかしい」

「そう言われても俺にもなんで出来ないのか分からなくて……」


 その後も何回か色々生物で試した。レッサーラビット、ミニマムスライム、ゴブリン、レッサーコボルトなんかも。


 結果全敗。さっきの繰り返しだった。というか、魔力をいっぱい流して逃げられたりした。心にくるわぁ……。


「その子に聞いても分からない?」

「その子?」


 もう出来る事はないかと思い出した瞬間、ラン先生が俺に向かって指を刺した。いや、俺の頭の上か? 

 ……あ、フブキか。そうじゃん。フブキテイムしてるんだから聞けば良いんじゃん。


「聞いてみますね」


 もうラン先生には意思疎通できることがバレているし、ラン先生なら良いかという安心もあるので、一言断ってから脳内でフブキと話す。


『フブキー』

『……』

『え、寝てる? おーい起きろー』

『……んん〜……なに〜主様〜』


 まさかのぐっすり寝ていたフブキを起こして、フブキにさっきまでのテイムの事を聞く。


『そりゃそうだよ〜エンシェントテイマーの魔力は強烈だもん〜』

『強烈っていうと毒って感じか?』

『ううん〜超美味しい贅沢な食べ物って感じだよ〜。それに主様の魔力量は多過ぎるからね〜』

『んん? それって良い事なんじゃないのか? なんでそれでテイムできなくなるんだ?』

『美味しすぎて夢中になって魔力送り返せないんだよ〜。かと言って送り返して貰おうと主様がいっぱい魔力を送っちゃうと〜美味しいが滝のように流れてくるからびっくりして逃げちゃうんだよ〜』

『ほほう』


 その後もフブキに教えて貰って、俺が魔物をテイムできない原因が段々と分かってきた。


 エンシェントテイマーの魔力は麻薬の如く、魔物を魅了するらしい。かつ、俺の魔力量はエンシェントテイマー云々関係なく物凄く多いらしい。

 確かに模擬戦の時に、フブキをメインとして、リオンとショウも俺の魔力をドカドカ使っていたけど、結構戦い続けられていた。


 この二つの要素が重なって、友好的だったり中立的な魔物は俺によく懐く。

 そして、そんな子たちをテイムしたいからと送る魔力自体が原因で、魔物が俺の魔力に夢中になってテイムできないという矛盾が起こる。だからと言って、俺の魔力量に物を言わせて大量に送るという事をするとびっくりして逃げられる。


「って事らしいですラン先生。どうしようもなくないですかこれ?」

「ん、どうしようっか」


 エンシェントテイマーという点はどうにか隠しながらラン先生にフブキとの会話を伝える。

 そして、2人で対処を色々と考えた。


 エンシェントテイマーの魔力に溺れないぐらい意志が強くて、かつ俺にしっかり懐いてくれる好戦的じゃない魔物ではないとテイム出来ない。

 候補は高ランク魔物ってなる。でも、そうなると普通に強くて勝てなくないか? テイムされる前に殺されちゃわない? 高ランクって基本的に好戦的だよね? 


 なんて問題が出てきた。


「特殊個体」


 またもや出来る事はないのかと思いだした時、ラン先生が静かに言葉を漏らした。そして、俺もその言葉に共感した。


 胸にストンと落ちるというか、それだ! とビビッときた。


 こうして、取り敢えず時間もないので俺がテイムできる魔物の条件は『特殊個体』と言う曖昧なものになった。実際にそれがどんな魔物を指すのかをよく分かっていないし、どうやって見つけるんだって感じでもある。


 けどまぁ一歩進んだから今は良しとしようね。うん。

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