第89話 まぁだからなんだって話。そうそう

 昼食休憩を済ませ、俺とノワは歩いて教室に戻る。


「勇者……勇者ねぇ。本当に勇者なのか、あのセイラって子」

「サラリナ・ウィンテスターがあそこまで言ったのよ。本当に勇者なのでしょうね」


 ノワが面白く無さそうに呟く。


「どうしたんだよそんな不機嫌に。そんなにセイラさんが気に入らなかったのか? 確かに態度は悪かったけどさ」

「態度はどうでも良いわ。これから気に入らない存在になりそうなのよ。本当に勇者なら簡単に処罰出来ないじゃない。私の領域を踏み荒らされた時の対処が面倒なのよ」

「そんな不確定な未来のことで不機嫌にならなくても……まだそうなるとは決まってないだろ?」

「いや、なるわね。絶対に」


 俺がどれだけ言っても、ノワは不機嫌な状態のままだった。これ以上は何を言っても意味が無さそうではある。だけど、やっぱり不機嫌そうな顔よりは機嫌が良い顔を見たいものだ。

 そんな普段は考えないことを気まぐれで考えてしまう。


「まぁさ、勇者だからなんだって話じゃないか?」


 俺がノワの顔を見てはっきりと言い切ると、ノワがゆっくりと俺の方を見る。

 今ノワは何を考えているのだろうか、瞳が無だ。適当な事言うんじゃないわよって感じか?


「どうしてそう思うのかしら?」

「それはもちろん俺が居るからだな! 勇者がウィンテスター家の特殊金券だって言うなら、俺はブルノイル家の特殊金券じゃないか。勇者と同じ立場だ。つまり、俺が勇者より凄くなれば良い!」


 自分で言っていても、あまりにもな暴論だとは思う。それでもノワの瞳には温かな色が差し込みだした様に見える。


「今のままじゃ勇者と比べると随分頼りない感じね」

「これからだから! 俺これからの男だから!」

「ふふっそうね。楽しみにしてるわ」


 ノワが貴族令嬢らしくお淑やかに笑う。俺もそれを見て笑う。


 なんて素晴らしい。可愛い女の子とこんなに甘々な感じで話せる日が来るなんて! あぁ日常は輝いている! さいこ――


「まずはCランクね」

「へ?」


 俺が謎のはっちゃけ具合に心の中で浸っていると、ノワがニコニコ笑顔でそんな事を言いだした。


 なんでだろう、さっきまでのお淑やかな笑顔と明確に違う。笑顔なのに、同じ笑顔という顔の形なのに! ノワの後ろに蠱惑的な悪魔が見える!


「勇者に負けないぐらい凄くなってくれるんでしょう? それなら勇者じゃない他の子達にも負けちゃ駄目よね」

「ま、まぁそれは確かに……」


 一理ありすぎる。


「確かこのクラスはミュード・エルノイアが冒険者ランクDで一番高かったはずだもの。それを超えるのは普通よね?」

「あ、あぁ、普通だな……!」


 どころか百理ある。


「じゃあCランクよね?」

「……勿論だぜ!」


 俺の馬鹿! なんであんなこと言ったの! もう引けないじゃん! Cランクて……Cランクて!



 表面上はニコニコしつつも、心のなかでは全力で頭を抱える。そんな面持ちのまま午後の授業も乗り切り、俺はゆっくりと寮に帰った。

 午後の魔法陣の授業は脳内に入りませんでした。フブキ後で復習付き合ってね。


「ただいまー」


 寮の自分の部屋に入って、リオンとショウに向かって言う。


「お待ちしていました主!」

「ようやく帰ったか王よ」


 ショウとリオンが勢いよく俺に駆け寄ってくる。なんだか興奮した様子だ。


「2人共どうしたんだ? そんなに興奮して」

「忘れたのか。今日は我らのベッドを取りに行くのだろう」


 ベッド……ベッド? あ、あれか!


「そう言えばもうあのおばあちゃんの所で買ってから一週間以上経ってるのか」

「そうです主。あのベッドは私達を強くしてくれます。今の私達には必要不可欠な物かと」


 ショウがここまで力説してくるとは珍しい。それほどまであのベッドを楽しみにしていたとは知らなかったな。


「昨日の模擬戦で我自身の弱さに衝撃を受けた。かつての力を取り戻せば、などど言っている暇はない。今は少しでも早く強くならなければならない」


 リオンも真っ直ぐと俺のことを見て力説してくる。たとえ見た目が子猫でも、リオンの心は戦士なのだ。昨日の模擬戦を見て感じるものがあったのだろう。

 俺ですらあの熱い戦闘を見て強くなりたいと思ったんだ。生粋の戦士であるリオンへの影響は計り知れない。


「そうだな、じゃあ早速ベッド取りに行くか!」


 3人を定位置に抱えて寮を出る。

 ラン先生との夕食まではまだ時間があるから、ベッドを取りに行くくらいなら大丈夫だろう。


 向かうはテイマーギルド正面のお店。ラン先生やブルノイル公爵家とも関わりのある、元テイマーギルドマスターが経営しているお店だ。魔物専用の家具を扱っている。


 そのお店は比較的学園から近く、何時間もかかるような距離ではない。

 その為リオン達と一緒に王都の街並みを眺めながら歩き、脳内でこのお店美味しようだね~なんて話をしていればあっという間にお店に到着する。


「すみません~注文してたベッド取りに来ました~」

「はいよ、ちょっと待ちな!」


 お店の奥からおばあさんの声が響く。その言葉に従って、色々と店内に置いてある物を見ながらおばあさんが来るのを待つ。


 この小さな木みたいなのはどんな魔物用の家具なんだ? ていうかこれはどんな用途で使うんだ?


「それは主に小型の鳥系魔物用の家具だよ。手のひらに乗るようなサイズの小鳥が使う事が多いね」


 俺がまじまじと家具をいろんな角度から見ていると、おばあさんがいつの間にか来て目の前の家具の事を説明してくれた。

 

 なるほど、小鳥専用の止まり木か。こういう特定の魔物専用の家具以外にも、汎用型の小鳥系なら誰でも使えるっていう家具も売ってるんだな。


「で、坊主はあの時の坊主だね? あの子は元気にしてるかい?」

「ラン先生ですか? 相変わらずのんびりと自由気ままにしてますよ。元気です」

「そうかい、そりゃ良かったよ。じゃあその子らのベッドを持ってくるから待ってな」


 おばあさんはお店の裏へと行くと、数分で帰ってきた。には小さな袋が1つ。

 おばあさんはその袋に手を突っ込み、「これだこれだ」と言って俺が買ったベッドを取り出した。


「ほら、この3つだろう? 持って帰れるかい」

「収納袋あるので持って帰れます。ありがとうございます。凄くもふもふで気持ちいいですねこれ」

「そりゃそうだよ。どれだけ高級な素材を使ってると思ってるんだい。王族の衣服にだって使われてる素材だよ」

「そうなんですよねぇ……」


 あー怖い。ノワに返済しなければならない金額が増えていく……くっ!


「じゃあ、俺は用事があるのでもう帰りますね」

「はいよ。また何か入用の時はうちに来な。坊主ならまけてやらん事もないよ」

「ありがとうございます。じゃあまた!」


 おばあさんに手を振りながら店を出て、学園へと向かう。

 もう結構暗くなって来ている。寮に戻ってベッドを設置したら、すぐにラン先生の所に行かないと。



 帰りは小走りで帰り、行きよりも断然早く寮に戻れた。


「ただいまー」


 なんとなくいつもの癖で誰もいない部屋にただいまと言い、リオン達の部屋(倉庫)に向かう。


「よーしみんなベッドだ!」


 俺の正面にリオン達が整列する。

 取り出したるは茶色のベッド。リオン達が寝転がっても余裕な、なんなら3人が同時に寝ても平気そうな大きさのもふもふ。

 その肌触りは、ずっと触っていたくなるほど滑らかで、しとしとで、それでいて汗ばんでもベタつかなそうな不思議な感覚だ。


「はい、これがリオンの」

「うむ、助かる。これは……心地良いな」

「はい、ショウのね」

「ありがとうございます。……これは良いですね」

「はい、フブキのだよ」

「わぁ〜ありがとう〜もふもふで気持ちいいねぇ〜」


 1人ずつ渡していくと、全員がすぐにベッドに寝っ転がってダラダラとし始める。

 3人の嬉しそうな声と感情を前にして、俺には外に行ったのに体洗わないの? とは言えなかった。無念。

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