第88話 三公爵の特殊金券。なんだろう
模擬戦が終わった翌日。日が昇り始めた頃に起床し、顔を洗って汗をかいても良い服装に着替えて外に出る。
模擬戦では、色々と学ぶことや事件があった。だがそのせいで、俺の生活が変わるわけでも、学園の何かが変わるわけでもないだろう。
だから俺は日課にした走り込みと剣の型の練習、リオン達との模擬戦なんかをする。
ヴァレアが急に来たり何か事件が起こったりすることもなく、順調に日課の特訓が終わる。
部屋に戻ってお風呂に入る。特訓でかいた汗を流し、学園の制服に着替える。窓から外を見れば、生徒たちが続々と学園に向かって行っている。
「俺達もそろそろ行くか。今日は誰が一緒に来るんだ?」
「我は森で特訓してくる」
「僕が一緒にいるよ~ショウも特訓したいんでしょ~?」
「フブキ……主、私もリオンと同じく特訓して参りたいと思います」
「了解。じゃあフブキ一緒に行こうか。2人も怪我しない程度に頑張るんだぞ」
「あぁ、分かっている」
「はっ」
こうしてリオンとショウは窓から外に飛び出していき、俺はフブキと学園に向かう為に寮の入口で2人を待つ。
3分ほど待っていると、2人が一緒に歩いてきた。
相変わらず吸い込まれそうな程に綺麗な黒髪をそのまま垂らして揺らしている少女と、黄金の輝きを放つ髪の毛を高い位置で一本で結んでいる少女。
「2人共おはよう」
「おはようヴェイル。今日はフブキなのね」
「おはようヴェイルくん」
ノワとアイファはいつもと変わった様子はなく、普通に挨拶してくる。流石は貴族と王族と言うべきか、2人共あれほどの事がおきたのに何も気にしていない様子だ。
2人と一緒に歩いて教室に向かう。
「私は来週からまたしばらく居なくなるから、朝は待たなくて良いからな」
「そうなんだ。また家の事情とか?」
俺がそう聞くと、アイファは苦笑しながら首を横に振った。
「いや、王家の兵と共に狼人族の村に行くんだ。ガウル・ウルフガンドは国家反逆罪を仄めかした大罪人とは言え、れっきとした狼人族長の息子だからな。こういう事があったので処刑をした、という事後報告では軋轢を生じさせる可能性がある」
「本当に厄介ね。また狼人族というのも頭を悩ませる問題よ」
「そうだな。だが一度私が手を出した以上、最後まで私が面倒を見るのが筋だろう。他に気になることもあるしな」
「狼人族の村かぁ。頑張れアイファ」
「ありがとうヴェイルくん。その言葉だけでなんとかなりそうだ」
模擬戦の事件はあの日だけで終わるような大きさではなく、人族と狼人族の一族間での話し合いにまで発展したようだ。
歴史では、過去に狼人族との問題があったというのも学んだ気がする。ノワが行っていた頭を悩ませる問題というのはそういう事なのだろう。
王族かぁ……大変そうだな。
俺はそんな面倒くさい立場にはなりたくないものだ。そう思って歩いていれば、教室に到着した。
今日は魔法陣の講義が丸一日入っていたはずだ。魔法陣はフブキも扱っていたし、丁度いい。しっかり学ぶことにしよう。
◆◆ ◆◆
お昼休憩。
そう、お昼休憩というのは午前中の勉学で疲れた心身を休ませるために必要な時間だ。決して緊張する相手とぎこちなく談笑しながら食事を楽しむ時間ではない。
この場には三公爵の娘全員と、それに連れられるように隣りに座っている人間が俺を入れて3名いる。つまり計6名が1つの円形テーブルを囲んで食事をしている状況だ。
「じゃあ紹介するわね。彼女が私の特殊金券よ。諸事情あって今まで学園には来ていなかったのだけれど、今日から正式に学園に通うことになったわ」
金髪を頭の両サイドで結び、それをくるくると巻いている少女。王族を除いて王国でも最上級の権力を持つ少女。サラリナ・ウィンテスター様が一人の少女を紹介する。
「サラリナの特殊金券のセイラ・シグレよ。よろしくどうぞ」
サラリナ様に促されて自己紹介をした少女は、ノワと同じ黒髪をしている。顔立ちはここら辺ではあまり見かけない感じで、倭国の偉人と似たような雰囲気を感じさせられる。
まぁでも凄く美少女だと思う。顔面が整い過ぎている公爵家の娘達と並んでも劣っていない。まぁ言うまでもなくノワの方が綺麗だけど。
その少女は自己紹介が終わると軽く頭を下げ、直ぐに椅子に座った。そこには権力者に対する敬意も畏怖も無いようだった。というかむしろ、自分と自分以外でしか考えていないとまで感じさせる程だ。
その態度にビビットさんが驚きすぎて口が全開になっている。
「ご覧の通りセイラは権力に興味がないのよね。だから先に同じ公爵家の2人には言っておこうと思ったの。それにこの前2人の特殊金券とは会ったでしょう? 私だけ紹介できてないのは何か不服だったのよね」
「そんな下らないことで私を呼び出さないで。私は勇者なのよ? 早く勇者パーティを探さないといけないの。ここに居るメンツは私の仲間じゃなさそうだもの」
セイラさんが俺達を見渡してそんな事を言う。流石の俺でもその態度はどうなの? って思うぐらいだったが、ビビットさんの驚き方を見れば落ち着いてくる。
それに、無礼な態度よりも聞き捨てならない単語がセイラさんの口から聞こえた気がする。
彼女勇者って言わなかったか?
「セイラだったかしら? 1つ聞きたいのだけれど良いかしら」
ノワが他人に好まれそうな当たり障りない笑みを浮かべてセイラさんに質問する。非常に胡散臭い笑顔だ。
「何?」
「貴女さっき勇者って言ったわよね。どういうことかしら? まだ聖国は勇者が降臨したという宣言をしていないわ。この国の王にも公爵家にもその情報が届いていないもの」
ノワは俺と同じ疑問を抱いたようだった。
そう、本当に勇者がこの世に出現したのなら、聖国が堂々と宣言するはずなのだ。それがいつもの事だから。歴史の通例だから。勇者は聖国の管理の元、世界を救っているから。
「聖国とか私はどうでも良いのよ。鬱陶しいだけじゃない。私は私が聖国に行きたいって思った時に行きたいの。迎えに来られたら迷惑なのよ。だから女神に言って聖国に知らせないようにしてもらったってわけ」
「そう。じゃあ貴女は女神様と会ったと言うのね?」
「会ったわね。凄く綺麗な方だったわよ。……ってそんな事どうでもいいの。私は勇者。必要なのは仲間だけなの。じゃあ私は仲間探しに行くわね」
そう吐き捨てて、セイラさんは特寮の食堂にあるVIP席から出て行った。
「な、なんですかその態度! ミ、ミイナ様が居るのにふ、不敬ですよ! さ、流石の僕だって怒りますよ!」
ビビットさんが、たった今空席となった席に人差し指を向けて憤慨する。怒りで顔を赤くし、怒りすぎて言葉がスムーズに出ていない。
「ビビットさん、わたしの為に怒ってくれて嬉しいです。でももうセイラさんは居ませんよ」
「え?」
ミイナ様の言葉でビビットさんが正気を取り戻す。そして空席に向けていた指をゆっくりと下ろし、一切の音を立てずに静かに席に座った。
怒っていた時よりも顔が真っ赤だ。トマトみたい。
「4人には不快な思いをさせてしまったわね。でもあの子と学園内で会ってたらもっと大変なことになってたわよね。それを防ぎたかったのよ」
「そうね、私だったら確実に不敬罪にしてるわね」
「わたしは景色を汚されなければ不敬罪になんてしませんよ。ただ少し錬金の評価をして貰うかもしれません」
「……2人共学園内であの子に会ったら大目に見て貰えると助かるわ」
あのサラリナ様が少し疲れているような表情をして、ノワとミイナ様に軽く頭を下げた。あのサラリナ様がだ。
「サラリナ・ウィンテスターともあろう人が私達に頭を下げるなんてらしくないわね。そこまであのセイラという少女が大切なのかしら」
「頭を上げて下さいサラリナさん。らしくないですよ」
「セイラが言った通り、彼女は勇者よ。これは間違いないの。ウィンテスター公爵家として保証するわ。……勇者が世界に出現するということの重要性が分からない2人じゃないわよね」
サラリナ様の真剣な表情に、部屋の中が静寂に包まれる。
勇者の出現。それを聞けば、貴族でなくとも状況が理解できる。世界の状況が。
それをすぐに理解できるように俺達は育てられている。複数の教科書にも書かれているし、絵本にもなっている。世界各地にある教会で説かれてもいる。
『勇者が出現する時。それは世界が終焉へと向かっている時だ』
この一文が。
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