第84話 三大公爵家。どうしたんだよおい

 サラリナ・ウィンテスター様の様子が何処かおかしい。

 そんな事はこの模擬戦が始まる時に分かっていた。


『私は私の信じる道を行くわ。だからあなた達も道を間違えてはいけないわよ。……必ず優勝するわ。以上』


 国賓の方たちがいる場所に背を向けて発せられたこの言葉。公爵家であろうと、周囲に不敬だと責め立てられること間違い無しのこの行動をとった時からおかしいとは思っていた。


 学園で聞くサラリナ様の噂は、貴族への誇りを誰よりも持っており、誰よりも大切にしている。曲がった事が嫌いで、貴族なら貴族らしく生きろという言葉を良く言うのだとか。

 貴族と関わりのない平民からすれば、その態度には恐怖を感じるのかも知れないが、貴族と関わりの多い平民からすれば、しっかりとした態度で接していれば非常に良い人だと言われている。


 確かに中央図書館で初めて会った時も、騒ぎの中心にいる俺を見て怪訝な表情をしていたが、事実を知れば俺のことを庇ってくれたのだ。悪い人じゃない。


 そんな彼女が宣誓の時には国賓席に背を向け、模擬戦ではとある大問題を国王と王妃に向かって吐き捨てた。異常だ。


 ガウル・ウルフガンド君の反逆意思と、彼にそれを唆して薬を提供した存在がいる事を。そして、それをしっかり調べろと言い捨てた。まるで王家が捜査をきちんとしないとでも言いたいかのようだった。



 観客席にもサラリナ様とガウル君のやり取りは聞こえていた。

 それは、あまりにもガウル君の様子に狂気さが滲み過ぎていて、ただ事ではない雰囲気を感じ取ったからだ。だから何が起こってるか把握しようと、観客席は異様な静けさに包まれていた。

 つまり、静かに話していたサラリナ様の言葉はともかく、大声で話していたガウル君の言葉は聞こえていたのだ。


 今までも今年の模擬戦は観客を混乱させる出来事が多かったし、俺も何度か困惑した。けれど、今の観客席の様子はそれら以上だ。

 国の中枢を担う公爵家の一員が言うその言葉、その態度。それに異常性を感じないような人物はこの場に居ない。だからこそ、貴族と関わりのないただの平民が聞くよりも何倍も混乱に包まれる。


「サラリナ・ウィンテスター……やってくれたわね。あの言葉だけでも相当思い切った事だと言うのに……」


 珍しくノワが怒りの感情を隠そうともせずに言い放つ。


「どうしたんだよノワ。落ち着けって、らしくない」

「どうしたも何もあの女は無責任にも全てを国民にバラしたのよ。貴族社会にある膿を、問題を、国民に不安を与える情報を!」


 ノワは怒り心頭といった表情のまま席を立ち、闘技場の裏側へと歩いていく。

 俺もそれについて行く。


「ちょっともう少し説明してくれよ。俺さっぱり分かんないんだけど!」

「あの女の所に行ったら話すから付いて来なさい」


 ノワはそれだけを言うと早歩きで控室のある方向へと向かう。

 ノワの口からも出ていたように、あの女、つまりはサラリナ様の所まで行くのだろう。


 スタスタと歩くノワの後をついて行く事数分。サラリナ様のいる控室に到着した。道中で警備の兵士に聞いたから間違いない。


「入るわよ」


 ノワはノックもせずにドアを開けながらそう言い放った。俺も気まずいながらに、それに続いて中に入る。


「あら、貴女も来たの。ノワ・ブルノイル」

「お久しぶりですね。ノワさん」


 部屋の中には、従者の他にサラリナ・ウィンテスター様、ミイナ・グランヴェル様、ビビット・サライラエさんが居た。

 ミイナ様は分かるけどビビットさんはなんで居るんだ?


「ミイナ、貴女も来てたのね」

「はい。お邪魔してました。先程の事で少々聞きたいことがあったので」

「私もよ。さぁ、全部説明しなさいサラリナ・ウィンテスター」

「そうね、説明するわよ。ヴェイルも一緒でいいからそこに座りなさい」


 サラリナ様はそう言うと、丁度空いていた2つの席に俺達を促した。

 丁度2つ空いていた? もしかして俺とノワが来るのを予想して待っていたのか?


「必要な人が揃ったから話をしましょうか。まずは詳しくお互いを知らない2人も居ることだし、自己紹介ね。私はサラリナ・ウィンテスター。ウィンテスター公爵家の次女よ」

「わたしはミイナ・グランヴェルです。グランヴェル公爵家の次女です。それでこっちはビビット・サライラエ。わたしの金券をあげた方です」

「ぼ、ぼくはビビットサライラエです! サラリナ様には模擬戦のお相手をして頂きありがとうございました!」


 3人が順に挨拶をしてくれる。

 どうやらビビットさんはミイナ様の金券だったようだ。ノワと俺の関係と同じということだ。


「私はノワ・ブルノイルよ。ブルノイル公爵家の三女で、こっちはヴェイル。私の金券よ」

「ヴェイルです。よろしくお願いします」


 不機嫌そうなノワに続いて挨拶をする。

 それにしても俺の紹介を不機嫌そうにやらないで欲しい。気まずいじゃないか。


「それじゃあノワ・ブルノイルが私達を殺さない内に話しましょうか」

「そうしなさい」


 サラリナ様が冗談交じりにそう言うと、事の経緯を話し出す。


「私は不正や貴族らしくない生き方が許せないのよ。だから私は常に貴族社会を見張っていたの。特に最近きな臭い王妃派閥はね」

「自派閥も見張っていたんですね。サラリナ様の監視網は厳しいですから第1側妃派閥のわたし達も動きづらいんですよね」


 サラリナ様の力説にミイナ様が口を挟む。ノワが国王派と言っていたのを合わせれば、三公爵の立場が明確になってくる。


 サラリナ様はミイナ様の口出しを意に介せず、話の続きをする。


「入学前の2月の事よ。あの女……王妃子飼いの部隊の一員が、ガウル・ウルフガンドに接触した――」

「王妃様が!? あっ、すみません……」


 急に出てきた公爵をも超える超権力者の名前に、驚いたビビットさんが声を出して話を遮ってしまう。俺だってなんとか我慢できたが内心は驚きの感情で満たされている。


 だけどこの驚きは仕方ない。

 さっき起こった問題と、その問題を起こした張本人のガウル君に接触した人の名前で王妃様の名前が出てくる。という事はそういう事になってしまう。


「――気にしなくて良いわ。話を戻すわよ。そこで2人が何かの取引をしていたのを確認したのよ。よく調べてみたら、禁止薬物を改良した何かしらの薬をガウル・ウルフガンドに渡しているじゃない。これは許せない行為よ」


 サラリナ様が拳を強く握って力説する。心の底から憤慨している様子だ。


「そう、それで? だからって国民に不安を与える可能性のあるあの場で言うべきじゃなかったわ。いったい何を考えて行動に移したのかしら」


 サラリナ様に負けないほどの怒りを滲ませた声で、ノワがサラリナ様に詰め寄る。

 これほどまでに怒っているノワは初めてだ。普段何があっても気にしないスタイルのノワがこんなに感情を露にしている。だから余計にそこまで怒る理由が気になってしまう。


「だから私は貴族、それもそれを束ねる王族の不正を正すために――ッ!」

「そこに国民を巻き込む必要があるのかと話しているのよ! それもこんな大々的にすれば派閥間の勢力闘争に余計な油を注ぐだけじゃない――ッ!」

「まぁまぁ、2人とも落ち着いて下さい。ほら、このお紅茶でも飲んで深呼吸ですよ。サラリナさんは感情論で話しすぎです、明確な行動理由を話して下さい。ノワさんはサラリナさんと話すときだけ己を忘れてしまいますね、いつもの冷静さを取り戻して下さい」


 会話に熱がこもり過ぎてきた2人を見かねて、ミイナ様が紅茶を何処からか取り出して注いで2人を仲裁する。

 確か模擬戦の時にも紅茶をアイファに振る舞っていたはずだ。紅茶が好きなのかな?


「申し訳ないわねミイナ。取り乱したわ」

「……そうね、私も落ち着くわ。ありがとうミイナ」

「いえ、良いんです。このために私は来たんですから。はい、お2人もどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 

 ミイナさんは俺とビビットさんにも紅茶を用意してくれ、一旦の紅茶休憩となった。この紅茶は何処か心が安らぐ感じがする。冷静に話すにはぴったりだろう。


「そのお紅茶はリラックス作用を意識して錬金ったつくったんです。ちょうどいいですよね」


 その言葉にサラリナ様とノワは苦笑して、突然の三大公爵家会合は後半戦に入った。

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