第83話 「鬱陶」 sideサラリナ・ウィンテスター
大きな問題がある。
それは大人の汚い世界か、世界が求める汚さなのか。
そんな事を考えても、結局辿り着くのは不快な感情のみ。
私は許せない。
貴族は貴族らしく生きるべきだ。
職権乱用、賄賂に隠蔽。何が正しくて何が間違っているのか。
その境界線を知らない奴、飛び越える奴、境界線を自ら引こうとする奴。
貴族は偉い。
貴族は特別だ。
だがそれには責任が伴う。
貴族は貴族でなくてはならない。
貴族は傲慢でなくてはならない。
だが貴族はその責務を全うしなくてはならない。
王族が座する場をちらりと見ながら、闘技場の中心へと歩を進める。
王妃派閥、国王派閥、第1側妃派閥。
王妃派閥は王妃とアイファ様を中心に、私の家であるウィンテスター公爵家などが存在する。
国王派閥は国王とアルフォンス様を中心に、ブルノイル公爵家などが存在する。
第1側妃派閥は第1側妃とミエイル様を中心に、グランヴェル公爵家などが存在する。
国の中で派閥が分かれているのは良い。お互いがお互いを監視しあい、より自派閥を成長させようと高度な文明を開拓しようとする。
だが、そこに膿が湧いては国の中で無益な共喰いを始めて、国が自壊の一途を辿るだけだ。
『それでは準決勝に参ります! 準決勝第1試合! サラリナ・ウィンテスター VS ガウル・ウルフガンド戦です!』
国の未来を憂いて溜息を吐いていれば、戦闘が始まる。
眼の前に立つのはガウル・ウルフガンド。狼人族族長の息子であり、分不相応な態度をとる馬鹿だ。
職業『絶牙極爪大狼』。私独自の情報筋を使って調べたその職業は、自分の種族である狼という特徴を最大限に伸ばし、生まれつき持っている牙と爪という天然の武器を強化するという彼ピッタリの職業。
改めて言おう、そんな天からの恵みのような職業に慢心し、傲慢にも力と自尊心に溺れた馬鹿だ。
いや、そう誘導された馬鹿だと言うべきか。
「死ねやサラリナ・ウィンテスター!」
「お行儀が悪いわよ」
迫りくる凶悪な爪を交わす。粗放な一撃では私を捉えることは出来ない。
すれ違いざまに姿を消す。狂った狼は血眼になって私を探すけれど、私を見つけられない。
国の膿は誰かが排除しなくてはならない。
それが国の中枢を担っていたとしても、国が自壊するよりはマシだ。だから私は入学した時、いえ入学前から怪しい人物を監視していた。
「どこに行ったぁ!!」
「見つけてみなさい」
力に溺れているのか、別の何かに溺れているのか。強靭な肉体があってもそれを活かす脳が足りない。そんな狼を背後から剣で斬り、すぐに姿を消す。それを繰り返す。
前回の試合の硬さは、相手の攻撃を確認して一瞬体毛を硬化させていたというカラクリを知っている。だから私の攻撃を確認できなければ体毛を硬化できない。
ノワ・ブルノイルと彼女が連れてきた少年は気にする必要は無かった。
ノワ・ブルノイルは良くも悪くも貴族らしくない。だから責務を全うしているとは言えないが、彼女の周囲では悪事が起こらない。起こってはいるのかも知れないが、表に出てこない。そういう生き様もあるのだろうと半ば諦めている。
ヴェイルという少年も不思議な少年だ。貴族を貴族と思っていない。魔物を魔物と思っていない。差別される人種にも何の含みを持たない。彼は存在を『そういうもの』としか捉えていない。好き嫌いのある博愛主義とでも言うべきだろうか。だから問題ない。
「死ねやぁ!! 傲慢なウィンテスター家が!」
「その言葉そっくりお返しするわ」
何度も何度も、おちょくるように斬っては消えてを繰り返す。
狼の入学時に比べて著しく下がった自制心も冷静さも、どんどんと無くなっていく。薬で消え入ってしまった理性は無くなり、今では入学時のマシな姿はどこにも見えない。
ミイナ・グランヴェルは要注意だ。
深窓の令嬢、そんな言葉が似合う彼女だが、心の深い場所では何を考えているのか分からない。優しげで従者からの信頼も厚い彼女だが、彼女は静かに全てをみている。
彼女は彼女の興味があるもので知らないことがない。彼女から逃げたいなら、興味を持たれないようにしないといけない。興味を持たれた時点で彼女の監視から逃れられはしないからだ。
「逃げんな! 隠れるな! 俺様と戦え!」
「無様ね」
私が鼻で笑いながら背中を斬ると、狼の僅かに残った冷静さは消え失せる。狂い、全てを壊すためだけに動いている。滑稽で哀れだ。
獣人の族長達は入学前から要注意リストに入っていた。
獣人は人間に比べて長命な者もいるため、人間より長く歴史を語る。その為、人間よりも大昔の戦争の傷を忘れない。
だからか、心の底で劣等感や反骨精神を抱えている者も少なくない。勿論それは人間にも言えることだが、母数から割合として多いという話だ。
「オラァ! どこに居やがるんだぁ!!」
「どこかしらね」
族長の子供7人。
そのうちシュラ・ミミアリア、キューラ・フラウベア、フリーナ・ランコンリア、バビディ・ハーピリアの4人は気にする必要がなかった。
シュラ・ミミアリアは戦いにしか興味がない。戦いという名目で悪に誘われればそちらにも行くだろう。だが、その本質は無垢な少女だ。正しく導けば問題ない。
キューラ・フラウベアとフリーナ・ランコンリアは悲惨な幼少期を過ごしているみたいだが、その影響で人間よりも獣人の事を好んでいない。問題なしだ。
バビディ・ハーピリアは気性が荒く、時々問題を起こしている。今回も少し関与しているみたいだけど、その本質は自分を大きく見せたい、滑られたないという気持ちからだ。大きな悪に傾くことはないから問題ない。
問題は残る3人。
ガウル・ウルフガンド、ミーミャ・キャングル、メイズ・ノーンブルウ。
この3人は人間への恨みが強い。生まれてから今までに何かがあった訳では無い。教育の過程で歪んでしまった負の産物とでも言えばいいかもしれない。
別に親が悪意を持ってそう育てたわけではなく、族長の子どもとして歴史を、過去に起こった出来事を知っておくべきだと教育しただけ。そこに自身の家庭環境や生まれながらの性質が悪い方向に働いてしまっただけ。
ただそれだけ。引き返せるタイミングはいくらでもあった。
「あの女に見つかったのが運の尽きなのよ」
「グアァ――ッ!」
どこに隠れているのかも、どこから出て来ているのかも分からない。冷静に観察すれば対処できる事なのに、狂ってしまった狼は私を見つけられない。
だから簡単に背後を取られて膝をつく。どれだけ自分を強化しても、それを扱うだけの脳を残していなければ意味が無い。欲に溺れたあの女や私の親と同じだ。
「なんでだ……なんで俺様が負けるぅ!」
「そんな物に頼ってるからよ。アナタは不幸ね。そんな物を掴まされて。おおよそ『アナタを勝たせるための物』なんて甘い言葉を囁かれたのでしょう? 騙されたのよアナタは」
「だま、す……!? 俺をか!? あの女ぁぁ!!」
その女にやられたのと同じ様に、私の言葉に踊らされているのに気づかない。気づけない。
「憎いでしょう、悔しいでしょう」
「ふざけんな殺してやる! 俺が、俺様がこの国の王になるのを邪魔しやがってぇぇ!!!」
「そうよね、さぁ言ってご覧なさい。誰に何を囁かれたの、誰に何を貰ったの。私が協力してあげるわ。言いなさい」
狂った狼は顔を真赤にして震えながら、大声で叫んだ。
「あの女は薬を俺様に渡したんだ! お前はこの国の王になるべきだ! 強化薬だからこれを使って王になれって!!」
「誰なの、その女は」
「知らねぇ! 俺が知ってるのはバックにデカい組織がいる事くれぇだ!」
「そう、じゃあさようなら」
そう言って顎に蹴りを放つ。
狂って怒って頭に血が上った状態で強い一撃を貰えば、簡単に意識を刈り取れる。
予想外の状況に審判が困惑して終了の合図をかけられないでいる。狼が口にした話が本当なら大問題だからだ。
だから私は審判の拡声の魔道具を奪って代わりに言う。
「試合は私の勝ちよ! そして国王陛下に王妃様、先程の話聞いていましたよね?」
国王達がいる場所には、他にもスレイン王国の貴族や他国の貴族なんかの来賓も来ている。
その空間には、より臨場感を味わって貰うために闘技場の音声が拾われる仕組みになっている。だから彼ら彼女ら全員がさっきの話を聞いていたはずだ。
「彼は明確な反逆の意思を持っています。そして、それを助長した存在も仄めかしていました。是非、厳正なる捜査をお願いします」
私はそれだけを言って闘技場を後にする。
これだけ大々的に悪事を明らかにし、大勢の監視がある場所で問題を正してくれと発現した。これを国王は、王族は黙認できない。隠蔽されようとしている事実を見過ごすことが出来なくなる。
そんな事をすれば、民からの信頼を大事にしている王族の威信に関わるからだ。
さぁこれで逃げるのが難しくなったわよ。
私は許せない。
幾度考えても辿り着く不快な感情の元を断たなければ。
派閥に生まれた膿は排除しなくてはならない。
そう、貴族は貴族らしく生きなくてはならないのだ。
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