第82話 「眺望」 sideミイナ・グランヴェル
好きな景色は夕日に染まる小麦畑です。
夕日が好きとは言っても、なんでも良い訳ではありません。ほんのりと暗い気持ちになる極端な赤色ではなくて、黄色からオレンジ、そしてピンクにゆっくりと移り変わる夕日が好きです。
わたしはそのお気に入りの景色を見ることを、毎日日課にしてました。公爵領のわたしの部屋からはよく見えたんです。一面に広がる小麦畑が。
◆◆ ◆◆
『それではお待たせしました! 準々決勝第4回戦! アイファ・ディ・スレイン VS ミイナ・グランヴェル戦です!』
合図に従って、私のためだけの従者と一緒に闘技場へと行きます。先程の試合では、わたしの従者が勘違いされてしまいましたが、直ぐに誤解は解きました。もう大丈夫でしょう。
闘技場の中央に着けば、従者がわたしの為のお紅茶を用意してくれます。
真っ白の机に真っ白の椅子。更には真っ白の花瓶とお花を置いて、そこに黒色のティーカップを置けば完成です。絢爛で純白な白の中に映える黒色のカップ。とっても美しいです。
従者が注いでくれるのはわたし特製のお紅茶。リラックスできる成分を多く含むように抽出しました。力作です。
「アイファ様お久しぶりです。今日は宜しくお願い致します」
「久しぶりだな、ミイナ・グランヴェル。変わってないようで何よりだ」
「人は思ったより変わりませんよ。身近で大きな事が起こらない限りは」
「ふっ、そうだな」
わたしの言葉にアイファ様は何も反応を見せません。まぁでも、この程度の揺さぶりで動揺を見せるような者は、王族にも貴族にも必要ありませんよね。
「じゃあそろそろ始めようとするか」
「ありがとうございます。そうしましょう」
わたしがお紅茶を飲み終わるまで待って下さりました。お母様の事で大変でしょうに素晴らしいお方です。
審判役の先生が軽く説明をし、従者に新しいお紅茶を注いで貰って戦う準備をします。
あ、勿論お紅茶の種類は変えましたよ? すぐに必要になると思います。
「――開始!」
審判の合図でアイファ様が動き出します。
それに合わせて、従者が隠し持っていた杖を取り出して応戦します。彼は一応先の馬人族の子との戦いでは、良い戦いを演じてくれました。
ですが、勿論アイファ様のお強さに敵うわけもありません。数回攻撃を交わし合えば、致命傷を貰って倒されてしまいます。
「あら、使えない子ですね」
「従者は倒したぞ。次はお前だ、ミイナ・グランヴェル」
アイファ様がわたしを戦場へと誘います。ですが私はお紅茶を飲んでいたいですし、ここからの景色は存外好きなのでこちらにアイファ様を招待したいです。
「アイファ様も一杯いかがですか?」
「ここは戦場だ遠慮しよう。後でなら幾らでも付き合おう」
「私にとってはこのテーブルが戦場なんです。どうしても嫌でしたら、そこから私に攻撃して下さい。あの斬撃があるでしょう?」
「そうか……では正式なお茶会は後で招待を寄越してくれ」
アイファ様はそう言うと、剣を構えて大技を放つ溜めを作ります。挑発しておいてなんですが、このままでは倒されてしまいます。対策しましょう。
「痛いが我慢してくれ『覇ど――』」
「『お茶会招待』『武装は禁止とさせて頂きます』」
アイファ様が覇道という大技を放つ前に、私の能力が発動します。
『お茶会招待』。これはそのままの意味で、対象1人だけを強制的にお茶会に招待します。難点としては、私と一定値以上の知り合いであることが条件という点。偶発的に出会った相手には使えないのは不便です。
『武装は禁止とさせて頂きます』。これもそのままの意味です。お茶会に招待した人と、わたしの武装を強制的に解除する能力です。安全にお茶会を楽しむための技ですね。
「何をしたミイナ・グランヴェル」
「どうしてもアイファ様とお茶会がしたかったのでご招待しました。わたしが出来る精一杯の戦いです」
アイファ様の鋭い眼光がわたしの瞳に突き刺さりますが、わたしは努めて笑顔を保ちます。正直怖いですね。アイファ様に睨まれるのは。
「はぁ……そうか。それで、どうすればここから出られるんだ? お前を倒せば良いのか?」
「それが無理なのはアイファ様にはお分かりですよね? 『お紅茶に争いは似合いませんわ』」
静かにお紅茶を楽しむまで戦闘が禁止になる技です。
ここまで出した3つの技は、どこまで行っても、相手にお紅茶を楽しんで頂くためだけの組み合わせです。なんともわたしらしい戦い方です。
馬人族の方はここまでする必要もありませんでしたし、アイファ様はご招待できて良かったです。
わたしは今回のやり方とは違いますが、馬人族の方にも楽しんで頂いたお紅茶をアイファ様に提供します。
あの方は無礼にもお紅茶を跳ね除けたので、お顔にかかってしまいましたが、アイファ様はそんな酷い御方ではないので大丈夫でしょう。
「こちらのお紅茶をどうぞ。わたしの力作ですのよ」
「いただこう」
アイファ様がゆっくりとお紅茶に口をつけます。
アイファ様に重なって、この部屋の窓から見える光景が目に届きます。数えるのも億劫になるほどの人達がわたしとアイファ様の戦闘を観るために来ているんです。
その人達からしたらわたしの戦闘方法は面白くないでしょう。強制的にわたしの空間に誘拐して、強制的にお紅茶を飲ませる。この空間ではわたしに絶大的な補助が掛かっているので、武器無しで勝とうなんて無茶です。お茶だけに。
こほん。ですが、そのお茶を飲みきればアイファ様の負けです。
「ごちそうさま。美味しかったぞ」
カチャン。
食器が擦れる音が静かに部屋に響きます。
「どうした? 何をそんなに困惑している」
「あ、いえ、その……」
おかしいです。
あのお紅茶は耐性のない巨人族が倒れるアシッドポイズンスパイダーの毒腺と、その独特の風味を消すための霊活消臭草を、私特製の培養紅茶液Fで醸造した一品ですよ。
毒自体は無味無臭で、培養紅茶液Fの爽やかな風味と丁度いい苦みが舌と鼻を楽しませてくれていたはずです。対策なんてしようもありません。
アイファ様は部屋の窓の外を見て、ふっと笑います。
「毒はな、効かないんだ」
「そんな……」
「お前のこの空間と同じ様に、私だけの職業能力だ。毒や呪いは武の王には効かないんだよ。正面からの戦いでしか武の王は倒せない。それが摂理であり、民衆の望みだからだ」
あまりにもわたしの天敵過ぎる能力に絶句していると、お部屋が薄くなって消えていきます。
お紅茶を飲み終わってその後の会話を楽しめば、お茶会は終了です。わたし専用の舞台は必要なくなるのです。
「紅茶は美味しかった。今度は毒が入ってない物を飲ませてくれ」
「……分かりました。最高級の一品をご用意致しましょう」
「では、行くぞ」
「はい、わたしも」
わたしは腰の魔法袋から様々な道具を取り出して投げたり自身に使ったりします。どれもこれもわたしが手間ひまかけて
わたしは親交のある貴族子息たちにも模擬戦で負けたことはありません。それだけわたしの力作達は凄いからです。勿論無理をすれば寝込みますが、それだけで戦闘職に勝てるのだから良いでしょう。
「まぁでもアイファ様には勝てませんよね」
「十分だろう」
「そうですね」
こうして私はアイファ様に負けました。
目的は達成できたから良しとしましょう。
王妃派閥はもうしばらくすればおしまいです。
それが分かれば十分です。
本当の力も隠しながらここまで来れましたしね。
崩れ落ちる過去の覇道を、私は窓から眺めましょう。
「勝者! アイファ・ディ・スレイン!」
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【準決勝第1試合】
サラリナ・ウィンテスター VS ガウル・ウルフガンド
【準決勝第2試合】
ヴァレア・グーでぃリア VS アイファ・ディ・スレイン
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