第81話 本当の本気。遠いな

 シュラさんの身体を囲うようにして出現している赤いオーラ。それは霧のような見た目をしているが、シュラさんの姿を隠すものではなく、逆に強調している。

 それに対してヴァレアは自分を2人出して、お互いが距離を取っている。2人共全く同じ服装、武器を持っており、立ち姿までが完全に同じだ。


 そんな2人のヴァレアとシュラさんで縦長の三角形が出来上がる。


 数の上では単純にヴァレアが2人になったので、ヴァレアが圧倒的有利に見える。

 だが、シュラさんは少しも臆しているようには見えない。より狂気的な笑みを深めてぴょんぴょんと跳ねている。



 そんな中、様子見を辞めて先に仕掛けたのはシュラさんだった。

 シュラさんは元々存在していた方のヴァレアに向かって真っ直ぐ跳ねた。距離を取ったことで溜める余裕が出来たので、前回見せてくれた大砲のような一撃を繰り出す。


 あの時の一撃をヴァレアも見ていたのだろう。先程まで正面から受け止めていたヴァレアも、そんな危険な真似はしないようで、体を捻って最小限の動きで横に避けた。

 もう1人のヴァレアがその後隙を狙ってシュラに追撃を仕掛けようとするが、シュラはすれ違って直ぐに四肢を使って着地し、速攻切り返して突撃しなおした。あまりにも人間離れした動きだ。


『これは凄まじいですね。シュラさんの速度が明らかに上がっています。ヴァレア選手は2人に増えましたが捉えきれていません。あの切り返しは無茶じゃないですか?』

『あの速度を出してからの急停止、切り返しての急発進は異常だな。本来なら急停止の後は隙が大きくなるからあまり多用は勧められないのだが、あれだけの速度と練度があれば別物だ。同格相手なら無類の強さを誇るだろう』

『シュラ選手、さすがの強さですね』


 解説でシュラさんの事が褒められる。

 確かにシュラさんの速さは相当なものだ。俺がヴァレアと戦闘した感じ、ヴァレアも相当速い。それなのに、そのヴァレアが2人がかりでもシュラさんを攻撃できないでいる。

 避けることに集中して攻撃に集中できていないみたいだ。


 シュラさんは飛ぶ、着地、別方向に飛ぶ。を何度も繰り返し、たまには全く攻撃に関係ない方向にも飛んで、加速を重視した動きをしている。


 その結果、シュラさんの速度は着々と増していき、次第にヴァレアが避けきらなくなってきた。

 元々存在していた方のヴァレアには傷が増えていくが、それに対して2人のヴァレアの攻撃は、シュラさんに掠りはしても致命傷を与えられないでいる。


 これはシュラさんの勝利だ。


 誰もがそう思ったその瞬間、シュラさんが口から血を吐いて地面に倒れ込んだ。


「は?」


 俺は突然のことに言葉が口から漏れる。それは俺からだけでなく、俺の周囲の観客からも。


 誰もが何が起こったのか分からない。観客もシュラさんも。


 2人のヴァレアはにっこりと笑って、ゆっくりとシュラさんに近づく。双剣を逆手に持ちながら、ゆっくりと。

 シュラさんはこのままではまずいと思い立ち上がろうとするが、脚が言うことを聞かずに地面に膝をついてしまう。機動力とそこから来る強力な一撃が強みのシュラさんでなくとも、こうなってしまっては勝ち目がない。


 そのままヴァレアがシュラさんの首に剣を軽く当て、審判の声で試合が終了した。


「何がどうなったんだ?」

「どうもなにも、ヴァレアが勝ったのよ。それだけでしょう」


 俺の動揺と同じく、観客席全体にも困惑の波が広がっていく。

 それに対して、ノワはあまりにも当然のことの様に事実を言ってのける。


「いや、それはそうなんだけどさ……なんで急にシュラさんが倒れたのかって思ったんだよ」

「なに、そんな簡単なことで悩んでたの?」

「簡単って、ノワには分かるのか?」

「勿論よ。見ている全員も、勿論ヴェイルだってずっと勘違いしてるのよ」

 

 ノワはクスリと笑いながら闘技場を指差す。

 戦闘するには丁度いい広い空間に、その戦闘をどこからでも見えるように360度囲った観客席。石や土をメインの材料として作られた場所。


 なんか変な所あるか?


「……何をだ?」


 結局ノワの言いたいことが分からずに、俺は渋々諦めて不貞腐れたようにノワに聞く。


「ヴァレアの得意な戦術よ。あの時、ヴェイルはヴァレアの何に脅威を感じて私を逃がそうとしたのかしら?」

「何って索敵と隠密……あ」

「分かったみたいね」


 そうだ、そうだよ! なんで忘れてたんだ!

 ヴァレアがあまりにも堂々と正面切っての戦闘をするものだから忘れてたけど、ヴァレアは隠密や索敵でショウが敵わないぐらいの達人じゃないか。

 うちのショウだって他のうちの子に負けないくらい強いけど、正面切っての戦闘を強要すればリオンの方が強いし、フブキにだって負けるかも知れない。それはショウの強みが隠密と索敵にあるからだ。

 

 そんなショウと似通った人物が、このだだっ広い障害物のない闘技場で1対1をしていたのか? 始めからハンデを背負ってるようなものじゃないか。

 それに急にシュラさんが倒れた理由も分かった。毒だ。

 隠密を得意とする者は、暗器の扱いにも慣れていることが多い。それに、辺境伯家に所属しているレベルで隠密を得意と言えるという事は、毒なんかの扱いも達人級だろう。


「俺達の時のヴァレアは本当に本気じゃなかったんだな」

「そうよ。だから姉のアイリスに怒られたんでしょう」

「確かに……この実力を知ってればあれは納得だ」


 そんな風にヴァレアの本当の強さに驚愕してれば、準々決勝最後の試合の開始準備が終わる。


『それではお待たせしました! 準々決勝第4回戦! アイファ・ディ・スレイン VS ミイナ・グランヴェル戦です!』


 2人、いや相変わらず3人の人物が出てきて、闘技場中央に集まる。審判はもう3人いることに触れない。


「――開始!」


 2人の熱い試合が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る