第68話 準備。どういうことだ?

「みんなお疲れ様〜」

「お疲れ様」


 ネイリア先生がいる場所に戻ると、俺達に手を振って労いながら迎えてくれた。メリナ先生も手を振ってはくれないものの、薄く笑って出迎えてくれる。


 相変わらずこじんまりしてて可愛い先生には癒されるな。……本人には言えないけど。


 この場にはネイリア先生とメリナ先生の他には、生徒9名しかいない。他のクラスメイトは先に移動しているみたいだ。


「君達とグロウ君の10名があたしのクラスの代表だよ」


 先生は俺達を見渡し、1人ずつ顔を見て話し出す。


「アイファ君は本当に強かったね。その圧倒的な強さを見れるのを、次の模擬戦でも楽しみにしてるよ」

「ありがとう。もちろん私が優勝するから楽しみにしてくれ」


 アイファは相変わらず先生に対しても傲慢な態度を崩さない。そしてそれを誰もが気にしていない。


「ノワ君は特に何もしなかったね。次はノワ君の力を見てみたいかな」

「私が戦う必要がなかったので。それに私戦闘職じゃないですもの」


 ノワはノワらしく、何を言われてもどこ吹く風の態度を崩さない。よそ行きの、彫刻のように変わらない笑顔を見せている。


「ヴェイル君はグロウ君相手によく頑張ったね。最後はテイマーとしての決着を付けていて、先生ちょっとテイマーを見直したよ」

「ありがとうございます」


 先生が俺と俺の職業のことを褒めてくれる。テイマーへの偏見を少しはなくすことが出来たのかも知れない。

 けどまぁ、テイマーってよりかはエンシェントテイマーだからグロウ君と戦えたんだよな。これが身体能力の恩恵がなかったらと思うと……考えないでおこう。



 その後も先生は1人ずつに講評をし、途中で合流してきたグロウ君の講評を最後に初回の模擬戦は終了した。


「えーっと、じゃあ後20分ぐらいしたら次の模擬戦が始まるね。移動しよっか!」


 ネイリア先生に着いて行き、次の会場へ移動する。

 次の会場は闘技場だ。学園に存在する戦闘スペースでは、最も広大で、最もギミックが多い目玉と言える場所だ。


 そこに移動している途中、さっき合流したグロウ君が俺の近くにやって来る。


「ようヴェイル」

「なんだ、腰抜けてたの治ったんだ」

「んだてめぇ! ……ちっ、今は良いんだよんなこたぁ」


 俺が面白半分でグロウ君をいじると、思ったより反撃がこなくて拍子抜けする。それに、なんだかグロウ君の表情が浮かない。言い合いをしていたあの時とは大違いだ。


「どうしたんだ?」

「そうだな、おめぇには言っとこうと思ってよ。ノワ様とアイファ様を守れるのはおめぇだけだしな」


 グロウ君が改まってそんな事を言ってくる。

 声も小さいし、本当にさっきとは人が変わりすぎだ。


「何だよほんとに」

「獣人に気をつけろ。アイツらなんか企んでるぞ。それだけだ、じゃあな」

「は? ちょっとおい!」


 グロウ君はそれだけを言うと、足早に集団から抜けていってしまった。ネイリア先生が声を掛けるも、完全に無視だ。


「どうしたんだよアイツ」

「何かあったのか?」


 俺がグロウ君の後ろ姿を眺めていると、アイファが話しかけてくる。


「いやなんかグロウが獣人に気をつけろ、とだけ言ってどっか行ったんだよ。理由も何も分かんないし、どうしたもんかと思ってさ」

「獣人、か……」

「アイファ?」


 俺がさっきのグロウ君の発言をアイファに言うと、アイファは少し考える様子を見せて、悔しそうな顔をしていた。


「いや、なんでもない。一応気をつけておこう。ノワ・ブルノイルを守ってやれ」

「ん? あぁ分かった」


 そう言うとアイファは俺の所から離れていき、1人少し離れた所を歩き出した。剣に手を添えて、集中しているみたいだ。


 アイファもなんだか様子が変だ。獣人に気をつけろっていうグロウ君の言葉と、アイファのあの反応は何か関連があるのか?



 いくら考えても答えが見つかるわけもなく、あっという間に闘技場に着いてしまう。


「じゃあここが皆の控室だよ。開始までゆっくり休憩しててね! あたしは上の教師用の席に行っちゃうから次に合う時はこの模擬戦が終わった時だよ! じゃあね!」


 ネイリア先生は元気に手を振って部屋から出ていき、それに付いてメリナ先生も退出する。

 やけに俺に視線を送っているように見えるが、気のせいだと思いたい。……なんかしたか俺?



 そんな風に色々考えつつも、俺は控室に備え付けられている椅子に座ってリオン達3人を撫でる。ショウが膝、リオンが肩、フブキが頭の上にいる。


『リオン、アイファはどうだった?』

『アイファは強い。今の我では到底太刀打ちできぬな。我とショウとフブキの3人でいい勝負が出来るといった所だろう』

『リオンの目から見てもそんなに強いんだ』

『間違いなくこの学園の最強格だろうな。やはり訓練を見るだけでは本質は分からないものだ』


 アイファにずっと付いていたリオンに話を聞くと、リオンがアイファのことを手放しで褒める。

 普段人に厳しいリオンがここまで言うのは珍しい。それだけアイファの実力は本物ということだろう。キラニアさん達に3対1で勝つだけある。


『ショウとフブキは模擬戦どうだった?』

『私はあまり活躍の機会がなかったので、もう少し主のために活躍したい所ですね』

『僕は楽しかったしなんでも良いよ~』


 ショウは俺の膝の上でピシッとお座りし、まっすぐに俺の瞳を見つめてくる。本当に誠実な子だ。

 それに対してフブキは俺の頭の上でぐでーっと寝っ転がって、やる気を微塵も感じない。本当にのんびりな子だ。


 そんなうちの子達が超可愛い。


『ははっフブキはフブキらしいな。それにショウはそう言うけど、俺的には凄い役に立ってくれてたと思うよ。でもまぁ、そこまで言ってくれるなら1つショウに頼みたいことがあるんだ』

『はっ。なんでしょうか』


 ショウが尻尾を振りながら見つめてくる。


『次の模擬戦、ノワの護衛に付いていて欲しいんだ。俺に何があってもね』

『ノワ殿ですか? さっきの模擬戦でもそうでしたが、それよりも更に……という解釈で良いでしょうか』


 ショウが俺の言いたいことを正確に理解してくれる。が、少し不満げな感情が伝わってくる。


『そう。あれだけノワとアイファ大好きなグロウが言うってことは、獣人は本当に気をつけるべき懸念事項なんだと思う』


 獣人は俺のクラスの代表にも2人いる。俺等以外の3人の内2人がそうだ。

 グロウ君がらしくもなく、こそこそと俺に注意喚起してきたのは、この2人がいるからかも知れない。


『獣人は俺のクラスにも他のクラスにも沢山いるから、信頼の置けるショウにノワを任せたいんだ。いいかな?』

『はっ分かりました。しかし、主の護衛は良いのでしょうか』


 ショウの不満げな感情はこれが原因なのだろう。本当は俺の護衛をしたいという思いと、俺の願いだからノワの護衛をしなくちゃいけないことへの葛藤だ。


『さっき知ったけど、ノワも気配を消すだろ? そんなノワの護衛には、同じ気配を消せるショウじゃないと厳しい。それに、それを抜きにしても俺はショウの隠密を信じてるから、ノワの事を任せたいんだ。それじゃあ駄目かな?』


 俺の言葉にショウが尻尾を振りながら喜びの感情を漏らす。


『いえ! 主のご期待に添えるよう、誠心誠意ノワ殿をお守りします! フブキ! 主の護衛は任せたぞ!』

『は~い』


 キリッとしたショウに、ふわふわとしたフブキ。2人の温度差に笑みが零れそうになる。


 ふぅ。よし、あと少しで模擬戦開始だ。気合い入れてくぞ!

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