第67話 決着。づがれだー!

「死ねやぁ!」

「あっぶな!」


 グロウ君の鋭い蹴りが俺の頬を掠める。

 グロウ君が氷の玉をすべて避けていた事からも分かるように、グロウ君の動きはとても素早い。俺は避けるので精一杯で、反撃もろくにできない。


 やっぱりこれが本物の戦闘職との差なのか? というか、グロウ君って何の職業なんだ。

 ノワの研究の相談会の時もグロウ君は来てなかったから分からない。今分かってるのは少なくとも剣士じゃないってことだけだ。


 グロウ君の一撃一撃を避けたり、軽くダメージを貰いつつも大きな一撃を喰らわないでいる。過去最高に集中してると自信を持って言える。

 そんな俺の粘りに、グロウ君が後ろに引いて1度息をつく。


「避けてばっかで反撃しねぇのかぁ!?」


 グロウ君は俺のことを嘲るように、守り姿勢をしている真似をする。


「反撃しなくてもいいんだよ俺は!」

「けっ! だせぇだせぇだせぇ!」

 

 グロウ君が俺に肉薄し、顔面目掛けて拳を突き出す。俺はそれを剣で受け止め、逆に押し込み斬りかかる。

 するとグロウ君は俺の押し込みに合わせて半身下がり、一瞬の溜めを作って蹴りを放った。


 その蹴りは空を切る音をさせて、俺に物凄い速さで迫る。

 押し込んだせいで、その蹴りの速さと威力に反応は出来ても体が動かない。後ろに引いてくれない。


 それならばと、俺は無理やり身体を横に捻ることでグロウ君の蹴りを避ける。だが、無茶な避け方をすれば次の行動も遅くなる。


「はっ!! 弱ぇ! 弱ぇなおい!」


 体勢の崩れた俺を見て、グロウ君は狂った獣のように口を弧にして、更に苛烈な攻撃を仕掛けてくる。


 右足での蹴り。それを無理に伸ばした剣で受け止めようとすると、攻撃を辞めて逆側に左手での攻撃が飛んでくる。

 どれもこれも顔を執拗に狙った攻撃だ。だけどなんで今足を引いたんだ?


 まぁ良い。俺的にはラッキーだ。それにしてもなんで顔をそんなに狙うかね! 


「なんで顔ばっかを狙うのって聞いても良い!」

「っるせぇ! 俺がてめぇを気に食わねぇからだよオラ! 『炎舞』ゥゥ!!」


 グロウ君がその言葉を発すると、全身から炎が薄っすらと漏れ出して、グロウ君の動きが更に早くなった。


 それに動きも変わった。


 今までのグロウ君は拳闘士らしく、一発当てて引く、一発当てて引くを繰り返していた。

 だけど、今は地面に両手をついて回転しながら蹴りを繰り出してきたり、空中で一回転して両拳の叩きつけをしてきたりする。

 他にも俺が避けたり、攻撃を受け止めたりするのに合わせて、次の一手が流れるように繰り出されてくる。全ての動きが繋がっている。

 

 剣一本の俺に対して、両手両足で無造作に攻撃しているグロウ君では、手数の差がありすぎる。

 熟練の剣士ならば、グロウ君の手数が増えた中に出てくる隙を突くのだろうが、俺には難しい。避けることに精一杯で反撃なんてしようものなら、その隙に俺がやられる。


 くっそ。なんであんな粗雑な力強い動きなのに、踊ってるみたいなんだよ。


「ぐっ――ッ!」


 必死に距離を取ったり避けたりして凌ぐが、俺よりもグロウ君の方が圧倒的に素早いし一撃も重く、段々と避けきれなくなって脇腹に大きな一撃を貰ってしまった。

 その強力な一撃で俺は吹き飛び、地面を転がる。硬い地面を転がって、全身を強く打つ。


「ぐっ……いってぇ」

「ほら見てみろ! 俺はお前より強い!」

「……そうだよ。俺よりグロウ君の方が強い……。でもグロウ君は大事な事を忘れてるよ……」

「何をだ。はっ、今更負け惜しみを言って俺の気を逸らそうたって無駄だぜ! ……直ぐにとどめを刺してやるよ!」


 グロウ君は自身の勝ちを確信し、ゆっくりゆっくり歩み寄ってくる。指の骨を鳴らし、首の骨を鳴らし、己に対する恐怖を相手に染み込ませるように向かってくる。


 その意識は俺だけに集中している。

 人間は好きなものより憎いものの方が見てしまうものだ。

 ここが戦場でもそれは変わらない。



 だから後ろから近づく存在に気づかない。


「グルル!」

「にゃ~ん」

「な――ッ!」


 グロウ君にショウの爪の一撃と、フブキの氷の一撃が直撃した。その攻撃でグロウ君が地面に倒れる。


 そう、俺は戦いながら脳内でずっとショウとフブキに話しかけていた。正確には心配されて脳内がクソうるさかった。

 ショウとフブキは俺とグロウ君が戦闘している間に、残った3人との戦闘を素早く終わらせていたのだ。しっかり見せ場も作って、3人も満足して退場してくれたとショウから聞いた。

 見てないからそれが本当かは分からないけど。

 


 フブキとショウがグロウ君を踏みながら、うつ伏せに倒れている俺に近よる。俺に身体を擦り付けてゴロゴロ言っている。かわいい。


『主! ご無事ですか!』

『主様~大丈夫~?』

『大丈夫大丈夫。治癒魔法陣のお陰でなんともないよ』


 まだ身体は痛むが、軽く動く分にはなんの問題もない。だから2人を心配せないように、笑顔で頭を撫でる。

 そして、俺は静かに立ち上がる。


「グロウ君。俺の、俺達の勝ちだよ」

「う……てめぇ……」


 ショウがいつでも攻撃できるよう牙をむき出しにし、フブキが頭上に魔法陣を待機させる。俺もそれに合わせて剣を手に持ち、構えはしないものの注意を向ける。


「俺は剣士じゃなくてテイマーだってことを忘れてたんじゃない? 俺は最初から1人で戦うつもりはなかったよ。仲間と協力するべきだからね」

「……くそっ!! なんで俺が負けんだよ、なんで俺が一緒じゃねぇんだよ!!」


 グロウ君の悲痛な叫びが周囲に響く。一緒じゃないってなんだ?


「一緒って、別にノワとアイファと仲良くなりたいなら話しかければいいじゃん。別に俺が独占してる訳じゃないだろ」

「ッ……それが出来たら、苦労しねぇよ……」


 急にグロウ君の態度がしおらしくなる。少し照れたような気まずそうな。そんな感じ?


「はぁ……? もしかしてお前緊張してノワとアイファに話しかけられないから、仲良くしてる俺が羨ましくて絡んできたのか!?」

「あぁ!?」


 グロウ君は鬼のような形相をして俺のことを睨むが、その瞳は細かく揺れ動いている。明らかな動揺だ。


「まじか……」

「なんだよそうだよ! 悪いかよ! あんな高嶺の花のお二人に話しかけるなんて無理に決まってんだろ、あぁ!?」

「いやいやいやいや、声かけるだけだから! おはようございますで良いんだから! こんな絡み方出来るやつがそんなんも出来ねぇのかよ! ビビリか!」

「純情って言えよおいこらてめぇ! ぶち殺すぞ!!」

「おぉやってみろよチキン野郎! アイファとノワに話しかけてからイキれよばーーか!」


 魔法陣で回復したグロウ君が俺の胸ぐらを掴んでくる。俺もくだらない理由であんなブチギレの暴言をくらったのかと思うと、沸々と怒りが湧いてきて応戦する。


「私がどうかしたのか2人共」

「いや、コイツがアイファとノワに話しかけられないって言うから――」

「いやそんなの当たり前だろ。てかアイファ『様』とノワ『様』だおい――」


 唐突な女性の声。凛としていて良く周囲に通る綺麗な声。

 俺とグロウ君はその聞き覚えのある声の方へと、仲良く振り返る。そして、グロウ君が大きく目を見開く。


「どうしたんだ? グロウもそんなに目を見開くな。目が乾くぞ」

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!? ア、アイアイ、アイファ様ぁ……?」


 気づけばアイファがすぐ横に立っていた。

 そして俺に少し遅れて気づいて、ゆっくりと脳が理解したグロウ君の大絶叫があたり一面に響き渡る。


『ショウなんで言ってくれないんだよ! グロウ君程じゃないけど俺も驚いたぞ』

『いえ、言いました主。ですが主はグロウ殿との言い合いに夢中で聞いていませんでした』

『あー……それは俺が悪いな……』


 ショウへの文句が非常にお門違いだったので、気まずくてなんとなくキョロキョロと周囲を眺めてしまう。

 そこで気付いたが、アイファの近くにはノワ、キラニアさん、ミュード・エルノイア君、キキ・アイビュードさんが居た。グロウ君が腰を抜かしてへたり込んでるのは見なかったことにする。


「アイファどうしたんだその3人は?」

「さっき合流したんだ。少し戦ったが、予想以上に強かったから倒さないで勧誘した。クラス代表はなるべく強い方が良いからな」


 アイファの堂々たるその言い草に、後ろの3人が気まずそうにする。1対3をして勝ってなお、強かったから生かすというその発言に何も言えないのだろう。

 明らかに自分達を下に見ている発言だが、そこに不快感はなく、逆にカリスマ性を感じているのかもしれない。俺もそう思ってる。


「キラニアです。ヴェイル君、だよね?」

「ミュードです。アイファ様には手も足も出ませんでした」

「……キキ」

「ご丁寧にどうも。ヴェイルです。アイファとは友達です。よろしくお願いします」


 あ互いにクラスメイトなので初対面ではないものの、ちゃんと話すのは初めてなので軽い自己紹介をした。


 それにしてもあのノワの研究そうだんの時に強そうだと思ったミュード君とキキさんは、アイファに強いって言われるくらいには本当に強かったんだな。

 それにキラニアさんも気になってたけど、アイファが目をつけるぐらいには凄いみたいだ。


 個人的にはやっぱり同じ平民もキラニアさんが気になる所だ。


『終了だよーーーーー!』


 腰を抜かしてへたり込んでいるグロウ君を除いた6人で楽しく談笑していると、ネイリア先生の魔道具でおおきくなった声が響き渡った。どうやら最初の模擬戦が終了したようだ。


「よーーし! まずは俺達全員初回突破だー!」

「やったなヴェイルくん」

「やったわねヴェイル」

「嬉しいねミュード君、キキちゃん」

「うん、嬉しいね」

「……嬉しい」

「じゃあ先生の所に行こう!」


 皆が皆、それぞれの表現方法で喜びを表しつつ、最初いた場所に戻る。次はいよいよクラス代表全員が集まった試合だ。頑張るぞ!




 ……あ、グロウ君腰抜かしたままだ。ま、いっか。

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