第64話 「憂鬱」 sideアイファ・ディ・スレイン
「少し席を外そう」
私はそう言ってヴェイルくんとノワ・ブルノイルから離れる。
周囲を見渡せば、仲良く作戦を練っている者達や、いきいきと1人で会場に歩きだしている者もいる。
「私は何をやっているんだろうな」
全てにおいて中途半端。切り捨てる判断も、突き進む判断すらできない。第1王女の名が聞いて呆れる。
『アイファ、貴女は今どっちなの?』
『私は私の信じる道を行くわ。だからあなた達も道を間違えてはいけないわよ。……必ず優勝するわ。以上』
脳裏に浮かぶは2人の少女の言葉。
どちらも私と同じ、大きすぎる権力と責任を一身に背負っている少女。
だが私とは違ってその2人は折れない強靭な芯を心に秘めている。
「ノワ・ブルノイル。サラリナ・ウィンテスター」
なんとはなしに名前を口ずさむが、それに対する返答は当然の如く返ってこない。
2人は私と違って『個』として警戒されている。公爵家の一員でも、公爵の娘でもない。ノワ・ブルノイルとサラリナ・ウィンテスターとして。
『ノワ・ブルノイルには関わるな』
『サラリナ・ウィンテスターに媚を売っておけ』
そんな言葉が至る所から聞こえてくる。王城の中だって例外じゃない。
『第1王女殿下は本当に素晴らしい!』
『第1王女殿下こそがこの世の宝でございます!』
そんな言葉が周囲から聞こえてくる。聞こえてくるのは私の周囲だけだ。
「確かに虚ろだ」
いつしか母に言われた言葉を反芻する。
酷く空っぽで、敷かれたレールだけを進む後ろ姿を思い浮かべながら。
◆◆ ◆◆
模擬戦が始まった。
私と一緒に行動するのはリオン。ヴェイルがテイマーした魔物の内の1体だ。
「それにしてもリオンは話せるのだな」
「あぁ隠していてすまない」
リオンは私の肩に乗り、耳元で小声で話している。小さな子猫の見た目に反して、武人のような硬い言葉遣いだ。その見た目との差に、少し笑みが溢れる。
それにしても一部の魔物が人語を介するという話を聞いたことはあるが、ここまで鮮明に意味の解釈違いもなく話せる魔物が居るとは思わなかった。
非常に驚愕する事実ではあるのだが、私が今最も気にしているのはそこではない。
「リオンよ、あの話をヴェイルくんに言ってしまったか? いや、言っていたとしても貴殿は悪くない。一方的に話したのは私なのだから」
「あの話とは以前王城で会った時の話だろうか?」
「そうだ」
以前、リオンとは王城で会った。私が学園に行けていなかった時だ。
私が空き時間に訓練場で訓練に励んでいると、近場の門から騒がしい声が聞こえてきた。
どうやらテイマーの使役する猫が勝手に入ってきたらしい。これは普通に一大事だ。王城は機密情報も多い。魔物を使役している悪人が情報を盗むために魔物を寄越したのかも知れない。
そんな予想をしながら、私はその話の発生源に顔を出しに行った。すると、見覚えのある猫が兵士に捕まっていたのだ。
「すまない! その猫は私の知り合いだ! 開放してあげてくれ!」
咄嗟にその場を仲裁し、猫は私が預かった。それがリオンだ。
「あの時は助かった。まさか捕まるとは思わなかった」
「王城は常に厳戒態勢なんだ。これからは気をつけてくれ」
「分かった。それであの話のことだったな」
リオンがあの事について口にすると、柄にもなく緊張が胸を締め付ける。
「王には言っていない」
「王とは、ヴェイルくんの事か?」
「うむ」
リオンのその言葉に私はそっと胸をなでおろす。私はまだヴェイルくんと一緒に居られる――
『私の元に帰って来る覚悟が出来たのね』
――そんな甘い考えを抱いてはならない。全てにおいて中途半端。そう評価をされてはいけない。
「どうしたアイファ」
「いや、なんでもない。ヴェイルくんに話していないならそれで良いんだ。敵を探そう」
リオンとの会話はそこで終わりにし、周囲に居るであろうクラスメイト達を探す。
周囲からクラスメイトの気配はするが、顔を出してこない。これ程までに鋭い花の香をさせておいて隠れられていると思っているのだろうか。
岩場に隠れて私から逃げようとしているのか、私が隙を見せるのを伺っているのか。どちらにせよ、倒してしまえば問題ない。
「そこに隠れているのは分かっている。出てこい」
私が愛用している剣を腰から抜き岩場に向けると、2人の女がおずおずと出てきた。
「アイファ様、見逃していただけませんか?」
「私達ではアイファ様に叶いません」
2人は困ったように話しかけてくる。最初から戦わずして諦めるとはなんとも情けない。
「私達は戦闘職ではないんです」
「勝てるわけがありません」
確かに2人は武器を持ってはいるが、その武器を構えようともしないし、持っている立ち姿のバランスが悪い。あのままでは、咄嗟に攻撃された時に対応できない。
本当に戦闘に関しては初心者みたいだ。が、あまりにも私のことを舐めている。
「そうか、戦闘職ではないんだな。だからこそ残念だ」
「いったい何を――ッ?」
2人の少女が疑問符を浮かべている間に私は距離を詰め、手に持つ剣で右の少女を斬った。
そして、私の小さな合図に合わせて、リオンが左の少女に光る爪の一撃をくらわせた。
「ベイリラ男爵令嬢、ジェリアン子爵令嬢。2人の私への評価がそこまで低いとは思わなかった。やはり重要なのはお母様か?」
「な、そんなことは……それに、私達の事をご存知で……?」
「当たり前だろう。2人共私にとって大切な国民だ。それも貴族令嬢という私に近い立場に居る者達だ。私が知らない訳がないだろう?」
私の言葉を聞いて2人が目を背ける。いや、何かに引け目を感じて目を見れないだけか。
2人は貴族令嬢。それも正確には私と同じ王妃派閥だ。違う派閥ならまだしも、同じ派閥の貴族は全員覚えている。
2人の職業は『草花錬香師』と『半言霊操術士』だ。
方や幻覚を齎す作用を持つ花を精製すれば幻覚を見せる香りを生み出し、方や魔力を乗せた言葉で対象を操ることが出来る。
「お母様に伝えろ。今更逃げも隠れもしないから過度な干渉は控えてくれ、と」
「分かり、ました……」
「申し訳ございません」
治癒の魔術で傷が治ってきた2人をもう一度切り捨て、腕の魔道具が光るのを確認する。
戦意のない2人を無慈悲に斬るのは心苦しいが、戦闘不能状態にしなければこの2人はまた私を狙ってくる。それが命令なのだから仕方ない。従わなければ彼女達自身がどうなるか分からない。
なら、私が斬ってやればいいだけだ。お母様もこの2人が私に勝てるとは思っていない。
「ありがとうございます。ではこれで」
2人はそう言うと恭しく頭を下げてこの場を立ち去った。
「次の敵を探そう」
リオンにそう語りかけ、次のクラスメイトを探す。恐らくだが先の2人の他にもお母様の息がかかったクラスメイトが居る。
そいつらに先手を取られるぐらいなら、こちらから見つけ出して倒せば良い。結局は倒さなければ10名には入れないのだから。
ヴェイルくんとノワ・ブルノイルがいる岩山を回るように歩き続け、20分ほどで計10人のクラスメイトを倒した。そのうちの4人が大なり小なりお母様の息がかかっていた。
非常に順調だ。このまま行けばあと10~15分程度で初回の模擬戦が終了するだろう。
そう考えた時、新しい敵と接敵する。今度は3人組みたいだ。
3人組の中で唯一私と会話をしたことのある男が代表して前に出てくる。他の奴らとは違って、即戦闘になるわけではないみたいだ。
「アイファ様お久しぶりです」
「久しぶりだなミュード・エルノイア。それにキキ・アイビュードとキラニアだったか?」
私は記憶の中からクラスメイトの名前を引っ張り出し、特徴と照らし合わせて口にする。
「初めましてアイファ様。アイビュード男爵家長女のキキ・アイビュードと申します。以後お見知り置き下さい」
「は、初めまして。キラニアです。平民です」
キキ・アイビュードは貴族令嬢らしく華やかに、キラニアは緊張した面持ちで精一杯頭を下げている。
さて、どうしたものか。これだけ穏やかで感じの良い3人とは戦闘をしたくないものだ。脱落させては申し訳ない。
それにこの2人の家は中立派だしな。
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