第63話 予想以上の強さ。へぎゅっ

 模擬戦が始まった。


 俺とノワは岩山の頂上に潜んで気配を消し、フブキがその俺達の近くに一緒に居て、ショウが周囲の様子を警戒してくれている。


「さて、どうするか」


 この模擬戦、普通にクラスの代表10名に入るだけなら、一生隠れてやり過ごせば何の問題もない。

 が、普通に自分の成績に加味される行事であることは明確なので、ただ隠れているだけでは成績が良くならない。


「どうするも何も、どうにかこっちが人数有利になるような相手と戦うしか無いでしょう」

「いやまぁそれはそうなんだけど、全体が見渡せるこの場所から離れたくないってのもある」


 この岩山は明らかに、意図的に全体を見渡せるような作りにされている。自然生成の岩山の頂点が、四方全てを完璧に見渡せるようになっているわけがない。


 俺のそんな思考に同意するように、ノワも口を開く。


「そこは問題ないわよ。これだけ良い立地なら、あっちから出向いてくれるわ」

「確かにな。でも、だとしたらなんで俺達みたいに開始と同時にこの場所を取っておかないんだ? 強い場所は取っておいた方が良いだろ」

「それはもちろんね。けれど、ここは激戦区になるのは確定だもの。それに、私とヴェイルとアイファのグループが向かうって分かりきってる所に行くのは勇気がいるわよ。けど、始まってしまえば私達と戦う大義名分が出来るわよね」


 ノワがニコリと笑って後ろの坂道を見る。それに合わせて俺も坂道を見ると、遠くに小さな人影が見えた。


『主! 2名こちらに向かってきます!』


 俺が気づいたタイミングにショウの言葉が重なる。ノワの言った通り、早速敵のお出ましだ。


「じゃあ頑張ってねヴェイル」

「は?」


 ノワの言葉に振り返ると、ノワの姿が見えなくなっていた。


『ショウ! ノワが消えた! どこに居るか分かるか!』

 

 咄嗟のことに、脳内でショウに語りかける。索敵ならショウが1番だ。


『ノワ殿ですか? ……主のすぐ近くの岩に潜んでますね。流石の隠密です。私でも危うく見逃すところでした』

『アイツ隠密できんの!? くそっ先に言っといてくれよ!』


 俺の脳内に、底意地の悪い小悪魔のような笑顔を見せてくるノワの姿がありありと浮かぶ。



 まぁいい、まだあの2人が登り切るまで時間がある。一旦ノワが隠密能力を黙ってたことは置いといて作戦を考えよう。


 ノワの隠密は逆に言えば、守るべき存在が相手から見つかりにくくなって良かったと思おう。だけど、ショウに見つかる程度の隠密だ。ヴァレアみたいにショウより凄い例が居る以上、100%安心とは言い難い。


『ショウはノワのそばに居てやってくれ! あの2人は俺とフブキで迎え撃つ! 最悪俺達が負けそうになったら、ショウだけ離脱して隠密しながら暗殺してくれ! あっ暗殺って言っても殺しちゃ駄目だぞ!』

『御意。ご武運を』


 ショウとの会話を終え、俺は腰の剣を抜いて立ち上がる。フブキも俺の頭の上で脱力していた手足を戻して普通に座る。


『ねぇねぇ主様~ここ坂道だから僕の魔法転がせば良いんじゃない~?』


 相変わらず間延びした声でフブキが語りかけてきた。うっかり戦闘中ということを忘れて気を抜きそうになるが、意思を強く持って耐える。


 くっフブキ……強敵だな。


 なんて茶番は置いて、フブキの言ってることは一理ある。巨大な何かを転がせば、この1直線の坂道なら超有効だ。

 

『ナイスアイデアだ! よし、やっておしまいなさいフブキさん!』

『お~! 行くよ~』


 フブキが俺の頭の上で立ち上がり、魔力を込め始める。フブキの頭上には直径1m程の魔法陣が浮かび上がり、これから魔法を打つということが目視で明確に分かる。


『この程度の魔法でこれだけ時間掛かっちゃうんだ~『巨大氷玉ジャイアントアイスボール』~』


 脳内にフブキの技名が響いた瞬間、魔法陣が淡く光りだして魔法陣と同じ幅の氷の玉が射出する為に顔を出した。それも1つではなく4つ。


「ちょっ! あっ!」

「やべぇだろそれッ!」


 結構頂上に近い所まで登ってきていたクラスメイト達を、4つの氷の玉が感覚を開けて襲いかかる。


 だが、玉よりも道が広いのもあってクラスメイト達は直撃せずに避けている。

 それでも無理な体勢で避けているので、次玉に掠ったり転んだりして多少の怪我はしている。


『あ~倒せなかったね~』

『いや、少しでも削れただけで十分だよ』

『じゃあ次はどうしようか~』

『魔力が持つならあの技連打して欲しいかな』

『主様の魔力貰って良いなら出来るよ~主様魔力量多いから~』

『ん? そうなのか。まぁ俺は魔力の使い道ないから良いぞ。じゃんじゃん使ってくれ』

『やった~』


 そのやり取りの間にもクラスメイトは近づいてきている。あと50m程だ。


 俺の頭上、正確にはフブキの頭上だが、またもや魔法陣が浮かび上がって、同じ技が飛び出す。今度は魔法陣も複数だ。


 魔法陣とクラスメイトの距離が近くなっているのもあって、避けるのが大変そうだ。

 それに密度が高い。避けるだけでなく、無理やり剣や身体で氷を受け止め、小さくないダメージを喰らいながらも進んできている。


 でもなんでそんなダメージ喰らってまで突っ込んでくるんだよコイツら。ってかそのデカさの氷の玉なんで壊せるんだよ強いって。


「ヴェイルー!!! アイファ様になんであんな言葉遣いを許されてるんだー!!!」

「なんでノワ様に気に入られてるんだーー!!!」


 えぇ? 嘘でしょ。まさかの突っ込んできてる理由それ!? いやいやいや、それで模擬戦の成績を棒に振るような無策の突撃する!?


「覚悟しろー!!」

「この野郎ーーー!」


 目がキマっている。

 確実に俺を殺しに来てる目をしてる。ガチだ、これガチだ。氷の玉直撃してるのに突っ込んでくるの怖すぎるって。


「う、うおおおおお! 来るなら来やがれ!」

「ヴェイルぅぅぅぅ!」

「この野郎ぉぉぉぉ!」


 幽鬼の様に近づいてくる2人に向けて剣を突き出し、いつでも来られても受け止められるように構える。

 普通に考えれば、交代しながら魔法を撃ち続けるのが最善なのだが、二人の気迫に押されてそんな当たり前の発想が出てこない。


氷の礫アイスショット~』

「えっ――?」


 急に脳内に響いたフブキの声に、つい口から声が漏れてしまう。

 そして、フブキから氷の礫がクラスメイト2人の頭に目掛けて飛んで行った。


「へぎゅっ!」

「ぶびょうっ!」


 クラスメイト2人は見事に後ろに吹き飛ばされる。


『フブキ!?』

『あそこまで近づいてくれたら速度が速い氷の礫で倒せるよ~2人共巨大氷玉でフラフラだったしね~』

 

 言われてみればそうするのが一番簡単だったと気づいた。


 駄目だな、敵の異常な様子につられて迎え撃つという選択を安易に取ってしまった。指揮する立場として、その考えは良くない。常に冷静に何が最善かを考えられるようにしないと。



 反省しつつ倒れた2人に視線を向けると、意識はぎりぎり保っているようだが腕につけていた腕輪が赤色に光っていた。

 

 つまり、この2人は退場だ。


「くそっ……! テイマーだって聞いてたから甘く見てた……」

「なんだよその魔法……やるじゃん。じゃあな、頑張れよ」


 クラスメイトの2人は、そう言葉を残してゆっくりと歩いて山を下っていった。


 そして、2人の言葉に俺は思い違いをしていることに気づいた。

 2人は成績を棒に振るために無策で突撃してきたんじゃない。俺がテイマーだと知って、普通に無策で突っ込んでも勝てると思ってたんだ。


 つまりは『舐められてた』。




 改めてテイマーという職業に対する世間の反応を思い出す。それと同時に言い難い悔しさがこみ上げてくる。


 家族にノワやアイファ、そしてテイマーギルドやラン先生の俺の職業に対する反応のせいで忘れていたが、普通は世間のテイマーに対する反応はあんなものだ。

 これに関しては、入学してから今まで接してきた人達がおかしい部類だ。


「もっと積極的に戦っていこう。テイマーだって強い事を知らしめるんだ」


 新たな夢を心に刻み、ノワとショウが隠れている岩に向けて歩き出す。


 まだまだ模擬戦は始まったばかりだ。

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