第60話 不思議な少女。なんなん?
心地の良い風が吹く明け方。
俺は今日も今日とて訓練に励んでいた。今日は模擬戦本番だ。
「うーん、なんか動きがぎこちないんだよなぁ」
右上から左下に振り下ろして、返す手で右上に斬り上げる。
うん、流れ的には悪くないと思う。だけどなんだかスムーズじゃないっていうか、父さんみたいに綺麗じゃない気がする。
『ショウどう思う?』
『主の父君の剣を見たことが無いので分かりかねますが……切り返すタイミングで動作が止まってるようにも思えます』
『動作が止まってる、か……』
フブキはいつものように寝ていて、リオンは「気になることがある」と言ってどっかに行ってしまった。
だからショウにアドバイスを貰う。
ショウのアドバイスを元に、今度は2つの型という意識じゃなくてそれが1つの型だというイメージを持って剣を振る。
「そうすると今度は身体が流れるな……」
何かを求めれば何かが足りない。こりゃどうすりゃ良いんだ?
「身体がまだまだ未熟なんだよ?」
「未熟……まぁ確かに俺って筋肉も少ないしな」
未熟。
言われてみればその通りだ。父さんは俺とは違ってムキムキで、剣を振った勢いに振り回されている所を見たことがない。
この子の言うとおりだ。
「ん? この子?」
剣を握ったまま左に顔を向けると、ニコニコ笑顔の女の子がこちらを見ていた。
「どうも初めまして。わたしは1年5組のヴァレア。この前はお姉ちゃんが騒いでたみたいでごめんね!」
ヴァレアと名乗った少女は、手をフリフリと振りながら気さくに話しかけてきた。
ヴァレアは暗い赤色の髪の毛を、頭の右側の高い位置で一つにまとめている。ニコニコ笑顔で親しみやすい印象を受ける。
どっかで見たことあるような?
「えっと、ヴァレアさんはいつからそこに?」
「ヴァレアで良いよヴェイル君! ヴェイル君が走り始めたぐらいから見てたよ~」
「俺もヴェイルでいいよ。ってか走り始めた時からってほぼ最初からじゃん……声かけてよ」
「ヴェイルって呼んで良いの! なんかヴェイルが集中して走ってたから声かけるの悪いと思っちゃってさ。で、さっき剣の振り方で悩んでたみたいだから思い切って声かけたの!」
ヴァレアは屈託のない笑顔で話してくる。本当に声をかけづらくてずっと見てただけなんだろうな。良かったよショウと脳内で会話してて。
あれ? そういえばショウがいない。
ヴァレアが来たタイミングでショウがどこかに行ってしまったみたいだ。ショウってそんな人見知りだったかな?
『おーいショウ、どこいったんだ?』
『申し訳ありません主。私が不甲斐ないばかりに……』
脳内でショウに話しかけると、本当に申し訳無さそうにショウが謝ってきた。深い悔しさの感情が伝わってくる。
なんで?
『どうしたんだ急に? 別にショウが謝ることなんて無かっただろ』
『いえ、隠密と索敵を得意としているのにも関わらず、ヴァレアという少女の接近に気づくことが出来ませんでした』
『ショウがか!?』
詳しく聞けば、ショウはヴァレアが近くに居たことなんて一切気づかなかったらしい。
学園には早起きの生徒や教師も居るため、そんな人達が近くにいればショウが脳内で教えてくれていた。
実際に、今までもその報告が外れている所なんて見たことがない。
「どうしたのヴェイル~?」
脳内でショウと会話してたせいでヴァレアを放置してしまった。そんな彼女は相変わらず曇りのない笑顔で手を振ってくる。
ショウが気付けないほど気配を隠せると分かってしまっては、この純粋なニコニコ笑顔が可愛らしいと思っていたのが、少し不気味に見えてくる。
「あ、いや、なんでもないよ!」
ゴブリン討伐の時もショウの索敵は完璧だった。常日頃からショウが気配察知を失敗したことなんて無い。
そんなショウに一切気づかせずに近づくこの子は何者なんだ……。
改めてヴァレアの事を観察してみても、ただの愛想の良い少女にしか見えない。
身長も俺より全然低いし、体格だって筋肉がついているようにも見えない。小さな村なんかにいたら近所の大人達に可愛がられてそうだ。
体格が小さいから隠密方向に特化しているって考えも出来るか。
俺がまじまじとヴァレアを観察していると、ヴァレアが俺の視線が気になったのか首を傾げて怪訝な顔をした。
やばい、見すぎた。なんて言い訳をしよう。
「どうしてヴェイルの横に居た子は隠れちゃったの?」
「え? あ、ショウの事! あーさっきの黒い子はショウって言うんだけど、ショウは人見知りなんだよ。ヴァレアが急に来てびっくりしたんだと思う」
思わぬ質問に焦りつつも、上手く誤魔化して答えることが出来る。
「そっかぁ人見知りなんだ! だからこんなに隠れるのが上手なんだね! わたしでも気配を見つけられないからびっくりしちゃったよ!」
どうやら俺がヴァレアの事を見ていたのが気になったのではないようだった。
ショウ同様、ヴァレアもショウが見つけられない事に引っかかっていたみたいだ。
やっぱヴァレアとショウは似た者同士なだけかもしれない。
以前ショウも「気配を消すのが日課になってるんです」だったり「常に周囲の様子を観察しています」なんて言ってた。多分ヴァレアもその類だ。
そう考えれば、ショウには申し訳ないがショウよりヴァレアの方が
「でさでさ! ヴェイルって剣使うんだね! お姉ちゃんがヴェイルのこと調べてほしいって言うから調べたんだけど、剣を使うなんて知らなかったよ!」
俺が警戒を解こうとした瞬間、ヴァレアの口から衝撃の言葉が飛び出してきた。
「俺のことを調べた……? それにお姉ちゃんって――」
「あ、これ言っちゃ駄目なんだった! なし! 今のなし!」
「え、いや、ちょっと」
ヴァレアの調べた発言を問いただそうと肩に手を伸ばすと、「なし!」と叫んでヒラリと身を翻して躱されてしまった。
「ごめん、わたしもう行くよ! 多分今日どこかで会うだろうし、剣の修業頑張ってね! あ、あと最後にアドバイス! ヴェイルにはもう少し短めの剣が向いてると思うよ! じゃあね!」
「え、だから調べたって何を……行っちゃった」
ヴァレアは一切こちらの話を聞かずに一方的に喋るだけ喋ると、物凄い勢いで木々の中に飛び込んでいってしまった。
木々が生い茂っているせいもあって一瞬で見失ってしまう。
『申し訳ありません主。やはり、もう彼女の気配は感じられません』
1番近くの茂みからトボトボとショウが歩いて近寄ってくる。
隠れつつもすぐに俺を助けれるよう、気配を消していただけですぐ近くに潜んでいたみたいだ。
『良いよショウ。彼女相当な手練みたいだね』
『はい。少なくともアイファ殿と同等か、状況次第では……』
状況次第ではアイファよりも――ね。正真正銘の化け物ってことだ。
『そんなになんだね。王国随一の学園って名称は伊達じゃないよやっぱり。アイファだって大人顔負けの強さのはずなのに同等の存在が同学年に居るんだもん』
『彼女からは緊張という感情が一切見えませんでした。あるのは好奇心と善意だけ。あの年齢であそこまで感情が完成されているのは珍しいです』
『んー、良い子ではあるってこと?』
『少なくとも害意は持っていなかったと思います。無力な私如きの判断ですが……』
なんだかショウが卑屈だ。ヴァレアを見つけられなかったのが相当響いているのだろう。
俺は一生をかけて努力したことも無いし、生来の誰にも負けない能力なんてものは持ち合わせていない。
だから想像でしか語ることは出来ないが、ショウのように自信を持って自分の
こんな時はどう声をかけたら良いんだろう。
『ショウ。俺はゴブリンの気配だってショウみたいに察知できないし、魔物が大量にいる森に1人で行ったら、確実に魔物に不意打ちされて死ぬ』
『そんなことはさせません。私が主に近づく不届き者は発見し滅します』
俺が殺されると発言すると、ショウははっきりとした声で否定してきた。実に頼もしい。
『でしょ? ほら、俺にはショウが必要だよ。だからそんな落ち込まないでくれ。俺より何倍も凄いショウが落ち込んで下を向いてたらさ、俺なんて地面に埋まらないといけないじゃないか』
『主……!』
落ち込むショウを抱きかかえ、ニコリと笑う。
こんなもふもふで俺のことを癒やしてくれるのに、尚且つ最高に強くて索敵まで出来ちゃう子が無力な訳ないでしょ。
まったく、ショウったら俺の前でショウを見下すなんて許せないよね。
俺の言葉で少しは元気を戻してくれたショウを抱えて、部屋に戻る。
リオンはまだ帰ってきてないし、フブキは気持ちよさそうに寝てるけど、今日は模擬戦だから早く準備をしないといけない。
さぁ、俺と皆でどこまで行けるかな。
あわよくば優勝……は無理だろうけど、せめて誰かの記憶に残るぐらいは頑張ってみようと思う。
頑張るぞーー!
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【あとがき】(2024年9月14日)
どうも。作者の笹葉の朔夜です。
プロローグから読み返してみて、なんだか言葉の使い回しだったりに違和感があったので、プロローグから順次言葉の使い方等の些細な点を修正しています。
物語には何の支障もない程度の修正ですので、ここまで読んで頂いた方達は読み返さなくても全く問題ありません。
つまりはただの報告だけってことですね! 以上でございます!
☆☆☆、♡、フォロー、コメントを頂いけたら私が踊って喜びますので、何卒よろしくお願いします。
これからも当作品をよろしくお願いします!
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