第58話 対立。えぐいな

 「少し待ってくれないだろうか」


 アイファが声を発した。

 先程までの状況とは違い、現在この場は静寂に包まれている。だから俺以外の1年生もアイファが居ることに遅れた気が付いた。



 アイファの存在に気づいた瞬間、アイファと先輩方2人の間にいた生徒達が左右に避けて空間が出来上がる。

 そうなると、必然的に俺も先輩方と向き合うことになってしまった。


「貴様はアイファ・ディ・スレインか」


 アイリス先輩は相手が王族であると気づいても不遜な態度を崩さない。

 たしかに学園では無闇矢鱈と自身の爵位を振りかざす行為は認められていないが、それにしても王族に対して怖い物知らずな対応だ。


 だが、そんなアイリス先輩の対応にアイファはなんの反応もしない。


「それで、なんの用だ?」

「先程2人で話していた罰とは何のことだろうか。もし本当に罰を与えようとしているなら辞めて頂きたい」

「ほう? 王族とは言え、1年が4年に口答えをするか?」

「口答えではなく要望、と言って貰えるか? それに、王族に対し少々不敬が過ぎるな」

「ここは学園だ。我々秩序を重んじる風紀委員が権力に屈するとお思いか?」


 2人の間に険悪な空気が流れる。辺りの空気は明らかに重くなり、心做しか暗くなったようにも感じる。

 そんな俺に同調するように、周囲で見守っている1年生達の表情も苦々しい。

 



 しばらく続く両者の沈黙、そしてそれを傍観しているレイナルド先輩。頼むから仲裁してくれよ……それとも俺が行くか?


 そんな風に何故か俺が多少の焦りを感じながら見ていると、痺れを切らしたのかアイリス先輩が動いた。


「アイファ・ディ・スレイン。スレイン王国の第一王女であり、剣の申し子と言われている。民からの信頼も厚く、時期女王という声も多く聞こえる……」


 アイリス先輩がゆっくりゆっくりアイファに近づき、手が触れる距離まで来たその時――


「王族という尊い立場に居るお方に対し、無礼な態度をとり大変申し訳ありません」


 ――胸に付けてあったブローチを外し、アイリス先輩が膝をついた。


「いや、良いんだ。……ふっ、それにしても貴殿は貴殿の父君、グーディリア辺境伯に似てきたな。王族だろうと権力を笠に着た行動は許さない……秩序を守る風紀委員として正しい行動だ」

「お褒め頂き光栄でございます。ですが私のような未熟者は、まだまだ父に遠く及びません」


 え? ちょっと待ってどういうことだ?


 さっきまでバチバチに言い合っていた状況は、いわば茶番ってことか? いや茶番とは違うんだろうけど、お互いの想定している目的地があった会話劇って事だよな。


「そうだな。貴殿の父君は大変素晴らしいお方だ、王も深い信頼を置いている。貴殿も私やミエイルにとってのグーディリア辺境伯になれるよう、楽しみにしているよ」

「はっ。アイファ様のご期待に答えられますよう、鋭意努力して参ります」


 そんな風にやり取りを終えると、「失礼します」と言ってアイリス先輩はアイファの元を去っていった。去る時にはまたブローチを付け直していた。


 二転三転もしたこの状況に、俺達1年は開いた口が塞がらないが、奥にいるレイナルド先輩は何ともない表情をしていた。恐らく、はじめからこうなる事が分かっていたのだろう。


 

 つまりは、今回の騒動は俺達に学園内での立ち回りや、暗黙の決め事を周囲する為だったと言えるのかも知れない。


・王国の品位を落とすような行動はしない

・生徒会と風紀委員は対等の立場である

・秩序を守るのは風紀委員の領分である

・権威を笠に着ない

・誰が相手だろうと風紀委員はそれを取り締まる

・そしてそれを王族が肯定している


 これらをあの2人は、いや3人は咄嗟の状況で判断して実行したのだ。

 最初からアイファが居ることを知っていたのか、知らずに臨機応変な対応をしたのか。それは定かではないが、どちらにせよ王族、風紀委員会副委員長、生徒会副会長の名に恥じぬ聡明さだ。


 ……てかアイリス先輩、熱いだけのバカじゃなかったんだな。



「では私達はこの場を去る。節度ある行動を心がけるように。行くぞレイナルド」

「はいはい、アイリス様の仰せの通りに――」

「巫山戯たことを抜かすな」


 こうして嵐は過ぎ去り、嵐が過ぎた地域には新しい川が出来ていた。


「なんだその例えは?」

「えっ口に出てた?」

「あぁ出てたぞ。アイリスも相当な傑物だが、ヴェイルくんも大概だな」

「いやーあはは……」


 恥ずかしーーー! 上手く例え話できたと心の中でドヤってたの恥ずかしーーー!




 思わぬ羞恥に悶絶していると、アイファに腕を引かれた。


「ほらヴェイルくん、どうやら皆が譲ってくれるらしいぞ。掲示板をささっと見てしまおう」

「ちょっアイファ! 引っ張らなくても行くってば」


 周囲の視線に晒される中、アイファに手を引かれて掲示板の前まで行く。


「誰だアイツ?」

「なんでアイファ様があの男子の腕を引っ張ってんだ?」

「私あの男の子見たことある」

「私も。確か私が見た時はノワ様と居たわ」

「あのブルノイル公爵家のか!? ……なんなんだよあの男子」


 そんなひそひそ話が周囲から聞こえてくる。

 絶対アイファも聞こえてるでしょ。なんで手を離してくれないのさ。


 周囲の声と俺を引っ張るアイファの姿に集中していると、いつの間にか掲示板に着いていた。まぁそんな遠くない場所だったんだから当たり前だ。


「へぇ『1年最強は誰だ!』か。何とも俺達の意欲を煽ってくる文句だな」

「寮移動の採点項目にもなっているから学生達は必死だろうな。その心を上手く煽る良い宣伝だ」


 そっか、アイファに言われて気づいたけど、遠い将来だけじゃなくて寮の移動にも関係してくるのかこれ。

 魔法陣で職業能力を高めた以上、多少なりとも入学時から生徒たちの強さの上下は変わっているだろう。教師的にはそれを見るための催しなのかもしれないな。


「なになに、午前中はクラス内で上位10名の計100名を選出した後、50人ずつ2グループに分かれてサバイバル戦をして8名ずつ、計16名を選出する。その後、サバイバル戦終わり次第16名でトーナメント戦を開始して、昼食休憩を挟みつつ上位6名を決定する。か」

「8時開始の18時終了予定となっているな。これは楽しい催しになりそうだ。ヴェイルくんは優勝を目指すのか?」


 アイファが当然のことかのように聞いてくる。なんの悪意や裏の意図もない純粋な疑問だ。


「いやぁ……俺は戦闘に向いてるとは言えないから優勝は無理だよ。本当に良くてトーナメントに参加できれば良いかなって感じ。アイファは優勝?」

「随分と消極的だな。私は勿論優勝を目指す。それに、あの紙には書かれていなかったが毎年上位6名は教師と戦うことになる。今から想像するだけで闘気が漲るな」


 トーナメント前で負けることなんてこれぽっちも考えてないね。自分の優勝を信じて疑っていない。流石は武闘派な王女様なだけある。




 掲示板で模擬戦の内容を確認し、アイファを気遣って掲示板を見れていない学生の為にすぐにこの場を後にする。


「それにしても、トーナメントに出れるだけで500名の中で最強の16人って事だな。卒業したら引く手数多だろ」

「そうだろうな。王城でも毎年トーナメント上位6名の話は話題に出る。卒業まで努力を怠らず、問題を起こさなければ良い就職先は確約されたと言っていい」


 実際に王城の中で生活してきたアイファがこう言うんだからそうなんだろう。

 王城内で話題に出れば、もし王城勤務が出来なくても公爵家や侯爵家、辺境伯家、伯爵家という上位貴族、極秘施設なんかの就職が確定だ。将来安定、神。


「羨ましいよなぁ~」

「ヴェイルくんは別に大丈夫だろう? 私やノワ・ブルノイルが居るじゃないか」

「でもそれって自身の強さってよりかはコネじゃん。なんかねぇ?」


 学園がコネ入学感ある俺としては、正式に自分の実力で認められたい。そう思ってしまう。


「コネも実力の内だ。戦闘力だけが全てじゃない。人を引き付ける魅力や、その後も継続して関わりを続けるだけの魅力を持っていれば、それは単純な戦闘力よりも強力な武器になるぞ」

「まぁ確かにね」


 アイファの言葉は的を得ている。

 


 ……修行するかぁ。




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【あとがき】(2024年9月12日)

 みなさんどうも。笹葉の朔夜です。


 近況ノートに『大陸』『スレイン王国』『王都』『学園』の図を投稿しました。

 筆者が執筆する際の資料を活用しましたので、手書きになっています。少し汚いのはすみません。


 皆さんの想像を補強してくれると思いますので、是非読んでみて下さい。

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