第56話 月曜日。おお!
「おはようございます、ヴェイル様。起床の時間でございます」
身体を軽く揺さぶられ、深い睡眠に落ちていた意識が段々と覚醒してくる。
「あえ……フブキのかき氷……」
「ヴェイル様、おはようございます」
寝ぼけてボーっとする思考に軽く混乱しながらも、アインさんが俺を起こしてくれているという状況を理解すると、次第に意識が鮮明になってくる。
そうだ、俺ブルノイル公爵家に泊まったんだった。
なんだか超ぐっすり眠れたな。昨日寝る前にマリエルさんが出してくれた紅茶のお陰かな?
「朝食のご用意が出来ておりますので、お着替えなされたら食堂にお越し下さい」
「あ、はい分かりました。ありがとうございます」
流石公爵家という事もあり、豪勢に部屋備え付けの洗面台があるので、そこで顔を洗って制服に着替える。
「主様僕のかき氷ってなに~?」
なんだかフブキが足元で意味の分らないことを聞いてくる。
「ん? 何だそれ? 俺そんな事言ってないぞ」
「え~言ったよ~」
「そうか~? 寝ぼけて言ったのかも知れないな。特に深い意味はない!」
「主適当ですね」
「王よ適当すぎないか?」
とまぁ雑談をしながらも身支度を整え、食堂に向かう。勿論フブキとリオンとショウも一緒だ。
「すみません遅くなりました」
部屋に入ると既に俺以外の全員が揃っていたので、謝ってから席に座る。
俺そんなに遅かったのか。申し訳ないことしたな。
「おはようヴェイル君。なに、別に気にしなくて良いよ。僕達もさっき集まったところさ」
「おはようございますミルガーさん。そう言ってもらえると助かります」
俺が席につくと料理が運ばれてくる。
様々な種類のパンに、甘そうなパン生地のデザート、薄く切られた肉に、魚料理やサラダまである。
正直言って絶対に全部は食べ切れない。
「ヴェイル様。フブキ様、リオン様、ショウ様のお食事は羊肉で大丈夫でしょうか?」
アインさんがわざわざ腰を曲げて、俺の顔の高さに近づくようにして質問してくる。
そこまで丁寧にしなくても、と思わなくもないが、それがアインさんの仕事なのだから遠慮するなとこの前リオンに言われてしまったので、気にしないことにする。
ご飯に関しては念話で本人に聞けばいいよね。
『3人共羊肉で大丈夫?』
『大丈夫です。私は何でも食べられますので』
『大丈夫である。むしろ好物だな』
『大丈夫だよ~』
3人共大丈夫なようなので、アインさんに伝えて持ってきてもらう。俺より食べることも忘れずに伝える。
フブキ達のご飯も来たので、公爵家の皆と俺の家族皆で楽しく会話しながら食事に舌鼓を打つ。
食後にはメイドさん達が入れてくれた紅茶を楽しんだりして、学園に行くまでの時間を優雅に過ごす。
母さんや父さん達もミルガーさんやルフィーラさんとの会話が増え、段々と緊張がほぐれてきているのが分かる。母さんなんかは、ノワと話すのなら一切緊張していないみたいだ。
マイル姉さんは相変わらず目が泳いでいるので緊張しているようだが、聞かれればしっかりと返答している。
ナイルなんかは持ち前の愛嬌で速攻馴染んでいる。流石だな。
なんて両家の関わりを謎の上から目線で観察していれば、あっという間に学園に行く時間になる。
今日はノワとマイル姉さんとの3人で馬車通学だ。
「じゃあ、父さん母さん行ってくるね」
「行ってきますお父さん、お母さん」
「2人共気をつけていくんだぞ」
「気をつけてね。マイル、ヴェイル」
「ナイルも良い子にしてるんだぞ~」
「うん! 行ってらっしゃい!」
3人に見送られて馬車が進み出す。
学園の裏側は貴族街に隣接してるので、思った以上に時間がかからずに到着するだろう。学園の貴族出身の生徒で、家に一時帰宅してる人しか通らない道だからスムーズなのだ。
「乗せて頂いてありがとうございますノワ様」
「どういたしまして。というかマイルさん、別に私に敬語じゃなくて良いんですよ? ヴェイルなんて敬いの欠片すらありませんから」
ノワが優しさでそう言うが、マイル姉さんにとっては逆効果だ。朝食中の会話で少し緩んでいた緊張の糸が、ピンッと張り詰めるのが見て取れる。
「い、いえ! そんな滅相もない! 平民が公爵家のお方にそんな事するなんて無礼すぎます! ヴェイルは叱っておきます!」
「姉さんそんなにノワ怖くないってば」
「う、うるさいわね! 私は良いのよこのままで!」
マイル姉さんが必死の形相で俺に訴えかけてくる。
ノワの前でその態度のほうが失礼では? と思わなくもないが、姉さんの心臓のためを思って黙っておく。
「マイル姉さんは昔から異常に貴族の事を敬ってるから、ノワも気にしないであげてくれ」
「マイルさんがそっちの方が良いって言うなら気にしないわよ」
「ありがとうございます」
馬車の中でそんなひと悶着を終えると、学園に到着する。ここからは、俺ノワとマイル姉さんは二手に分かれて自分の教室へと向かうことになる。
マイル姉さんは2年5組で、俺とノワは1年7組だからな。
すれ違う学生にノワが挨拶される所を眺めながら教室に向かい、数分で教室に到着する。
到着した教室には、久しぶりに見る人物が座っていた。金色の長髪を高い位置で1つ縛りにした彼女だ。
「お! アイファ! やっと学園来たんだな、久しぶり!」
「む、ヴェイルくんとノワ・ブルノイルか。久しぶりだな、心配をかけただろう。今日からまた学園に通うからよろしく頼む」
たった数日学園に来ていなかっただけだが、理由も何も聞いてなかったから心配だった。何事もなく学園に来れているようで良かった。
「アイファ、貴女は今どっちなの?」
「どっち……なのだろうな」
「そう、まぁ良いわ。好きにしなさい」
「……すまない」
ノワとアイファが神妙な面持ちでやり取りをしている。俺には良く分からないが、そのやり取りだけでただならぬ状況なのが理解できる。気軽に質問できるような雰囲気でもない。
それに久しぶり……と言っても数日ぶりだけど、せっかく3人揃ったんだ。仲良くしたい。
「はいはい2人共。なんか俺には良く分かんないけど、暗い顔はやめてくれ。せっかく3人で集まれたんだからさ。はい、アイファにはリオン! ノワにはショウ! この子達をもふもふして元気を出しなさい!」
「ちょっとヴェイル、私は別に……!」
「ヴェイルくん、私も……いや、ありがたく頂戴しよう。リオン、よろしくな」
アイファは断ろうとするものの、薄っすらと微笑んでリオンを受け取ってくれた。リオンもアイファの事は気に入っているようで、触られたり抱かれるのにも何も文句は言わない。
ノワは若干文句を言いつつも、そんなアイファの様子を見てショウを静かに撫でている。ショウも基本的には他人に触られるのを嫌がるのだが、ノワに触られるのは嫌じゃないみたいだった。
『フブキは俺と一緒にいような~』
『そうだね~』
俺は残ったフブキをこれでもかと優しく撫でまくり、癒やしを貯める。
傍から見れば子猫3匹を撫でている3人組だ。学園の中でもここだけ別空間みたいだな。
「今日は2人にリオンとショウを貸してあげるよ。うちの可愛い子達の可愛さを堪能してくれ」
「あぁ分かった。ありがとうヴェイルくん」
「仕方ないわね。よろしくショウ」
ノワはショウの背中を撫でながら言葉だけで挨拶し、アイファはリオンを持ち上げて顔の高さを合わせて挨拶していた。
こんなところにも性格の違いって出るんだな。
ゆっくりのんびりほのぼの空間を構築していると、教室のドアが開いてネイリア先生が入ってくる。
「はい皆揃ってるね? 今日は連絡事項があるよ。明後日の水曜日に、全クラス合同の模擬戦をやるんだけど、そこでの上位6名には生徒会と風紀委員会への推薦が貰えるから頑張ろうね」
全クラス合同の模擬戦に生徒会と風紀委員会。
また忙しくなりそうな予感だ。
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