第53話 話し合い。お!
「私達の安全とノワ様の評判の為、ですか……?」
母さんがノワの言った言葉を繰り返す。
あれ? 母さんってノアのことノワちゃん呼びじゃなかったか? ノワの両親がいるからかな?
「はい。まず初めに明言しておきますが、引っ越しの費用は私が全て持ちます」
「いや、それは……!」
マイル姉さんの時もそうだったように、母さんがノワの発言に待ったをかけた。が、ノワもマイル姉さんの時に学んだようで、先手を打って静止する。
「いえ、これが当然の道理なんです。それを今から説明します」
「……分かりました」
「ヴェイルは私の推薦――特殊金券という物を受け取って王立学園に入学しています」
「これだな」
失くさないようにいつも身に付けている金券を取り出して、父さんと母さん、マイル姉さん、ナイルに見せる。
父さんと母さんは驚いた表情だが、姉さんはあまり驚いていないようだった。まぁ学園に通っていれば、誰かの銀券や金券を見ることもあるか。
ナイルは良く分からないといった表情だ。
「それが特殊金券ですか。それがどうして私達の安全とノワ様の評判に繋がるんでしょうか」
「この特殊金券は、私、引いてはブルノイル公爵家の格を示す物でもあるんです。特殊銀券や特殊金券は、自身の家を代表しての推薦と同義であり、私で言えば、ヴェイルの評価はそのまま私の評価に繋がります。これは学園の話ではなく、貴族社会での話です」
貴族社会での話、か。なるほどな、だんだん話が見えてきた。
俺が大きなミスをしたら、あんな奴をブルノイル公爵家は推薦したのか。となり、ブルノイル公爵家絡みで俺になんか不利益があれば、あんな平民1人も守れないのか。って難癖をつけられるってわけだ。
「貴族社会では、自身の権益を拡大する為や、政敵を貶める為ならば、人の命を命と見ず数字でしか見ません。そこに倫理観なんてものは存在しないのです」
「という事はつまり……ヴェイルが狙われる可能性があるってことですか?」
母さんが不安そうな表情でノワに聞いている。父さんは静観の構えで、ナイルは母さんにつられて悲しそうな表情だ。マイル姉さんは何を考えているのか無表情だ。
「端的に言ってしまえばそうなります。警備が万全な私を攫うより、ヴェイルを攫ってしまった方が労力が少なくて済みます。そして、強者の多い学園に在籍しているヴェイルよりも、スラム街に近い場所に住んでいるヴェイルの御家族ならば尚更です。生まれたばかりの赤子となればもう……」
ノワが申し訳無さそうに眉を落とした。
ノワにしては珍しい表情だ。何にも動じないと思ってたけど、違うんだな。人の心はあった。
だが、そんなノワの表情を見て母さんもナイルも表情が暗い。
相手が公爵家の人だから強くも言えないし、それにそうなるとは思わなかったから1度許可してしまっている。かと言って自分の息子や家族が危険だと言われて何も文句がない訳でもない。
そういった感覚なのだろう。
「母さん、そんな心配しなくて良いよ。ノワ、皆を呼んでもいいか?」
「えぇそうね。呼んで良いわよ」
そんな家族の様子を見て、ノワの許可と共にうちの子達を呼ぶことにした。勿論うちの子達ってのはリオンとショウとフブキのことだ。
本人達は大事な話し合いの場だからと遠慮していたのだが、こうなれば俺が少しでも安全だという事を母さん達に見て貰った方が良い。
うちの子達は強いから見て貰えば多少は安心するだろう。
『リオン、ショウ、フブキ。ちょっと俺の所まで来てくれないか?』
『分かった王よ』
『御意』
『は~い』
急な俺の発言に不思議そうな表情をしている皆に「少し待って」とだけ言って、静かにうちの子達が来るのを待つ。
優雅に紅茶を啜っていれば、あっという間にくるだろう。
ゴク、ゴク。
俺の考えの通り、2度ほど紅茶に口を付けると、ドアが小さく開いた。
「ドアが勝手に動いた!」
「ナイル、ドアの下の方を見てごらん」
「え? わぁ、猫だ!」
ナイルが勝手に開いたドアにびっくりしていたので、すぐにネタバラシをしてあげた。ナイルはお化けとかがめっぽう苦手なんだ。
確かに人が来る高さに視線を合わせてたら、リオン達の低さじゃ視界に入らないよな。
「皆に紹介するよ。茶色の子がリオン、黒い子がショウ、白い子がフブキ。この子達は俺がテイムした子達なんだ。俺なんかより全然強いし、頼りになるから俺の身は大丈夫だ。それとナイル、残念ながらこの子達は猫じゃなくてライオンなんだ」
「ライオンなの!?」
「ガウ~」
俺がそっとナイルの膝の上にフブキを乗せてあげると、フブキが気を利かせて可愛らしく鳴いてくれた。ライオンの迫力のある鳴き声を幼くして、可愛い方向に全振りした感じに。
「もふもふだね、ヴェイル兄さん!」
「だろう? この子達の毛並みは最高だぞ」
「ちょっとヴェイル、私にも触らせなさいよ」
「じゃあマイル姉さんはショウね」
って感じでしばらくノワと俺を除いた皆が、触れ合い体験をして楽しんでいるのを眺める。
うちの子達も俺達の言葉が分かるし、もともと人間に対して友好的な事もあって、不快な感情は伝わってこない。フブキなんて可愛がられて超喜んでる。リオンも満更ではなさそうだ。
しばらくして触れ合い体験が落ち着くと、俺は本題に入る。
「母さん、父さん。俺は自分で特殊金券を貰うことを選んだ。だからもし襲われたとしても、それは俺の選択のせいでノワのせいじゃない。それに学園は楽しいよ。まだ同級生とはあんまり関われてないけど、入学前からノワとアイファとは楽しく過ごせてるし、これから友達も増えると思う。だから、俺が安心して学園生活を送れる為にも、母さん達には安全な所で暮らして欲しいんだ。……駄目かな?」
俺は今少し卑怯な言い方をした。
本当に安全の為に母さん父さんナイルには引っ越して貰いたい。だけど、母さん達はノワにお金を出して貰うのを躊躇うだろう。後で俺が払うんだって言っても、それはそれで息子に払わせるのは……って躊躇うことになると思う。
それなら、母さん達の俺への愛情を利用するような形にはなってしまうけれど、俺の為に引っ越して欲しいって言った方が、まだ母さん達の気も楽になるのではないか。
そう考えたんだ。
「ヴェイルの為……。ありがとう、ヴェイルあなたは優しいわね」
「優しいとかじゃないよ」
「ノワ様、少し考える時間を下さい。ザユードとゆっくり話をしたいです」
「はい、時間はまだたくさんあります。公爵邸にいる間に考えて頂ければ十分です」
「ありがとうございます」
こうして1度話し合いは終了し、今日は解散することになった。
ミルガーさんとルフィーラさんは執務へと戻り、ノワは何か用事があるようで自室にマリエルさんと向かった。
俺達一家もそれぞれに宛てがわれた部屋に向かうことになった。父さん母さんナイルだけでなく、ミルガーさんの好意で俺とマイル姉さんも泊まっていく事になったのだ。
学園にはブルノイル公爵家が連絡を入れてくれているらしく、明日の朝3人で学園に向かう手筈だ。
日が落ちてお風呂に入り、そして夕食を食べた後。俺は割り当てられた部屋のベッドに寝っ転がり、月を眺めていた。
特に何があった訳でもないのに、無性に月を見たくなった。
「どうしたの主様~?」
「ん~なんでもないよ。月って綺麗だなって思ってさ」
「そっか~綺麗だよね~」
耳の中に響くフブキの声に、なんだか脱力するかのような心地よさを感じながら、闇夜を淡く照らす月を眺める。
また明日から学園生活が始まる。友達たくさん作りたいな。
そう願いながら、深い眠りに落ちていった。
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