第52話 公爵邸再び。はぁ……

「でっかぁ……」


 さぁ、やって来ましたブルノイル公爵邸。



 俺はもう何度目か分からない訪問なので慣れたが、マイル姉さんは初めて見る公爵邸に口が開きっぱなしだ。


「ほら行くよマイル姉さん」

「あ、ちょっと引っ張らないでよ!」


 マイル姉さんの腕を引っ張って公爵邸の中に連れて行く。このままだとびっくりしすぎて進まなそうだったからな。


 公爵邸の扉をマリエルさんが開けると、最初に見えるのは大きの広間だ。相変わらずいくらするのか想像したくもない調度品が綺麗に並べられている。


「何あの壺……なんで水晶で出来てるの!?」

「姉さん、いちいち全部に驚いてたら日が暮れるよ」

「だってこんなお屋敷来たことないんだもの! 伯爵家のお友達のお家でもこんなんじゃなかったわよ!」


 とまぁ高い調度品に怯えたり驚いたりしているマイル姉さんの様子を楽しみながらノワの後を着いて行くと、一際豪勢な扉の前に到着した。


 ここは確かミルガーさん、つまりは領主の執務室だったはずだ。


「あわ、あわわ……他より豪華な扉……」


 姉さんから「あわわ」とかいう聞いたこともない言葉が聞けた所で、マリエルさんがノックをする。


「ミルガー様。ノワ様、ヴェイル様、マイル様をお連れ致しました」

「入れ」


 俺の知るミルガーさんとは違う命令的な言葉が部屋の中から聞こえた。

 そして、それに一切動じずにマリエルさんが扉を開いて部屋の全貌が明らかになる。



 部屋の内装はいつも通り派手すぎず質素すぎない調和の取れた執務室なのだが、正面に構えられた執務机には両手を机の上で組んで、そこに顎を乗せているミルガーさんの姿があった。


 えーすっごい偉そう……いや、偉いのか。それにしてもやっぱ様子おかしいよな。


「よく来たなお前達。私はブルノイル公爵家当主、ミルガーブルノイルだ。公爵だからと緊張しすぎず、適度に肩の力を抜いて過ごしてくれ」

「え? はい、お久しぶりですミルガーさん」

「ここまでの馬車での移動疲れただろう? ゆっくり休むと良い」

「ありがとうございます?」


 いつもとは違って領主っぽい言動に、少しむず痒い感情になる。

 礼儀正しく行くのが良いのか、それともいつも通りの方が良いのか……。どうしたんだミルガーさん。


「あ、あの! こ、この度は私達のような平民をブルノイル公爵様のお屋敷に及び下さり、誠にありがとうございます!」

「ちょ、姉さん!?」


 さっきまで置物のように固まっていたマイル姉さんが、土下座しながら超丁寧な挨拶をしだした。緊張で声が震えているし、大量に冷や汗をかいているのが分かる。


 もしかして俺の微妙な反応で俺が挨拶に困ってるとでも思ったのか?


「お父様……」

「ひっ……ノワ!? これは違くてっ!!」


 マイル姉さんの緊張した姿を見たノワが、笑顔でミルガーさんに近づいていく。

 その笑顔は、確かに笑っているはずなのに笑っていると感じられない笑顔で、心の深い所から恐怖心が湧き上がってくる。


 うわぁ、目が笑ってない……


「お父様」

「……はい」

「謝罪」

「はい。驚かしてごめんなさい」

「え? ……え?」


 ミルガーさんの急な変容ぶりに、マイル姉さんが口を全開にして混乱している。

 今朝からなんだか不憫だ。


「あーノワ、もしかしてこれは俺が来た時にもあったあれか?」

「えぇそうよ。私の友人で初対面の相手にはいつもやるのよお父様」

「だって僕公爵なのに威厳がないんだよぉ! ノワにもルフィーラにも馬鹿にされてるんだもん! 最近はヴェイル君も友達って感じだしさぁ!」

「だもん、じゃないですお父様。それにヴェイルに友達みたいに接してくれって言ったのお父様でしょう? というか、それでマイルさんを怖がらせたら尚更駄目でしょう」

「う……はい」


 どっちが親だよもう。なんてツッコミは心のなかにしまっておいて、とにかくワタワタして落ち着きのないマイル姉さんのフォローをしなければ。


「姉さん。ミルガーさんはお茶目で面白い人だよ。さっきのも少し驚かそうとしてただけなんだ」

「でも公爵様で……」

「大丈夫大丈夫。娘のノワにキモいって言われて倒れちゃう感じの人だから」

「そうなの?」

「そうそう」


 普通ならこれは不敬発言と捉えられなくもないが、まぁミルガーさんなら大丈夫だろ。ブルノイル公爵家はなんかもう平気だ。

 そうそう。「ちょっとヴェイル君?」って幻聴が聞こえる気がするが気のせいだ。


「そういう事よマイルさん。気にしないで」

「ノワ様もそう言うなら……はい」

「あぁ、また僕の威厳が」

「お父様うるさい」

「はい……」


 可哀想なミルガーさん。

 後で一緒にお風呂入りましょうね。慰めますよ。




 なんて茶番をしていると、扉がノックされた。


「ヴェイル様の御家族をお連れ致しました」

「お、丁度良いな。入っていいぞ~」


 どうやらアインさんが俺の家族を連れてきてくれたようだ。


 扉が開くとアインさんの他に、ナイル、父さん、そして父さんの手に掴まっている身重の母さんが入ってきた。


「久しぶりねヴェイル……って言ってもまだ1週間ね。マイルもおかえりなさい」

「ただいま母さん」

「ただいまお母さん」


 ミルガーさんに進められてゆっくりとソファに座った母さんが、自然と安心する朗らかな笑みで迎え入れてくれた。

 1週間しか離れていなかったって言うのに、やっぱり母さんに会えると落ち着くな。


「おかえり、マイル、ヴェイル」

「おかえりヴェイル兄さん! マイル姉さん!」


 続いて父さんとナイルが歓迎してくれ、なんだか凄く久しぶりの一家団欒のような感じがする。何度も言うが1週間だけなのに。



 その後すぐにアインさんとマリエルさんが紅茶を8個出してくれたので、皆でソファーに座ってテーブルを囲みながら談笑を始めた。


 ん? 8個? 俺、ナイル、マイル姉さん、母さん、父さん、ノワ、ミルガーさん。やっぱ7人だよな?


 と思い辺りを見渡すと、しれっと正面に座るミルガーさんの横にルフィーラさんが座っていた。


「ルフィーラさんいつの間に!?」

「やっと気づいたわねヴェイル君」

「本当にいつから居たんですか」

「皆がソファーに座った時ね」


 ルフィーラさんは扇を広げると、口元を隠して上品に笑っていた。


 本当にこの人は神出鬼没過ぎる。それに今あの扇広げた時にシャキンって金属音がしたぞ。なんの素材で出来てるんだ……。


「ヴェイル君、ルフィーラの事は気にしたら駄目だよ。長年一緒にいる僕でも気づかない時があるんだから」

「あら、それは夫失格ね。誰かに乗り移ろうかしら?」

「それは辞めてくれルフィーラ!」

「ふふっ冗談よ。私がこんなにおもしろ……かっこいいあなたから離れるわけないじゃない」

「おもしろ……?」


 相変わらずの夫婦仲を見せて貰った所で、ノワが立ち上がった。どうやら出発前の話をするみたいだ。


「今日皆さんをお呼びしたのは他でもありません。私、ノワ・ブルノイルからヴェイルと御家族に提案があるからです」

「提案、ですか」

「どんな提案なんでしょうか」


 ノワの唐突な話に、父さんと母さんが少し身構える。勿論敵意や嫌悪感がある訳ではないが、平民からしたら貴族からの提案とは少しばかり警戒してしまうのだ。それが当然と言って良い。

 俺もノワからの提案じゃなければ、貴族からの話には警戒する。


「先にヴェイルとマイルさんにはお話したのですが、皆さん今住んでいるお家から引っ越しませんか?」

「引っ越しですか!?」

「それは急に言われましても……」


 父さんは驚き、母さんは困惑している。俺とマイル姉さんの反応とそっくりだ。


「はい。費用はこちらで負担します。理由は皆様の安全と、私の評判の為です」


 こうしてノワによる説得が始まった。

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