第54話 「眠猫」 sideラン・シュノーレア

 ラン・シュノーレア。

 シュノーレア侯爵家の三女で、スレイン王立学園の教師。


 それが私だ。


「ほらラン、お昼食べ行くわよ」

「ん、分かった」


 金曜日のお昼。3年生の授業終わりに、職員専用の休憩スペースで休んでいると、メリナちゃんが隣りに座ってきた。


 メリナちゃんは幾何魔法学の教師で、難しい魔法陣に関係する学問全般を担当している。私より何倍も頭の良い先生だ。

 それに私と違って大人の女性という見た目をしてるから羨ましい。


 3歳しか変わらないのになんでそんなに大きいの……


「どうしたのよ、そんな恨めしそうな目をして」

「なんでもない」


 危ない。思ってたことが顔に出ちゃってた。


「そう言えばランの所は研究生がやっと入ったんだって?」

「うん。ヴェイル」

「ヴェイルって言う子なのね」


 メリナちゃんが研究について聞いてきた。

 メリナちゃんの所は、魔法陣を学びたい生徒が毎年たくさん来るから大人気だ。毎年誰も来ない私とは違う。


 でも今年はヴェイルが来てくれた。


「そのヴェイルって子はどんな子なのかしら?」


 メリナちゃんが興味津々といった様子で聞いてくる。そんなに気になるようなことかな?


「ヴェイルは凄い。自分がテイムした魔物と意思疎通が出来てる。私みたいな一方通行じゃなくて、完璧な双方向。それだけでテイマーとしての戦闘手段の幅が広がる。隠密行動が得意な子がいれば、時間差なく情報を入手出来るし、何より連携に隙がなくなる」

「相変わらずテイマーの話になると饒舌ね。それに私はテイマーの事は詳しくないけど、ランがそれだけ褒めるってことは相当優秀なのねその子」


 メリナちゃんにも饒舌になってるって言われちゃった。確かヴェイルにも言われた気がする……恥ずかしい。

 まぁでもヴェイルが優秀っていうのは同意見だ。


「うん、本当に優秀だよヴェイルは。それにお部屋を片付けてくれるし、寝過ごしても優しく起こしてくれる」

「んん? ちょ、ちょっと待って? 今なんて言ったの?」


 なんだろう。特に変なことは言ってないのにメリナちゃんが驚いてる。メリナちゃんは相変わらず感情豊かで可愛い。


「ヴェイルは優秀?」

「じゃなくてその後よ!」

「お部屋の片付けしてくれるし起こしてくれる?」

「そうそれ! え、入学したてのヴェイル君と同棲してるの!?」


 なんでそうなるんだろう。同棲してくれたら楽だけど、特寮のご飯が食べられなくなるから駄目に決まってるのに。


「してない。特寮のご飯食べられなくなる」

「いやえ、特寮? じゃあなんで片付けに起こしてって……え?」

「落ち着いてメリナちゃん」


 こういう時はメリナちゃんのほっぺをつまむと目が覚めてくれる。だから軽めにムニーって両頬を引っ張る。


 メリナちゃんは背が高いから大変だ。私が低いわけじゃない。


「……はっ! ごめんなさいラン。思考停止してたわ」

「うん」

「それにしてもそのヴェイルって子は要注意ね……ランに変な虫がつかないようにしなくちゃ……」

「何か言った?」

「ううん! なんでもないわよ! さぁご飯食べましょう!」


 あっという間に到着した食堂で、メリナちゃんがご飯を奢ってくれるので、美味しい食事に舌鼓をうつ。

 今日はウルフ肉みたいだ。少し雑味があるけど、逆に大味さが柔らかいパンを引き立ててくれている。ウルフ肉の時はお肉じゃなくてパンが主役だと私は思ってる。



 テイムした子達の住むスペースを学園から借りてるのと、あの子達の食費やら何やらでお金がないから、メリナちゃんには毎日毎日助けてくれて感謝しないとだ。


 メリナちゃんのお陰で今日もお昼ご飯が食べられた。


「メリナちゃんありがとう」

「良いのよラン。幼馴染なんだから助け合って行かないと」

「私何もしてない」

「生きてるだけで癒やしだから良いのよ」

「変なの」


 メリナちゃんはいつも私にそう言う。私が気にしないように冗談を言ってくれている。


 本当に優しいなメリナちゃん。でもいくらご飯が美味しいからって可愛い顔がニヤけすぎてるよ。





 お昼を食べたら自分の部屋に戻る。今日は午後に授業がないから暇だ。特にやることもないし、どうしようかな。


 取り敢えず窮屈な服は脱いで適当にそこら辺に投げておく。また後で洗おう。


「眠い……」


 今日はポカポカしてて昼寝には絶好の日だ。寝よう。



 うとうとと微睡んでいると、私の事を常に守ってくれてるサラマンダーちゃんが寄り添ってくれる。


 私の魔力量じゃまだ出来ないけど、いつかはこの子にも真名を付けてあげたい。


「おやすみ……」








「……起きて……い~」

「んみゅ……ママもう少し……」

「誰がママですか! ヴェイルですよ!」


 強く揺さぶられて目が覚める。

 あれ……ここ家じゃない……? んんん……ママじゃない……?


 目を開いてよく見てみると、ここは実家ではなくて学園だったし、ママじゃなくてヴェイルだった。



 ヴェイルが紅茶を用意してくれている間に、さっき適当に脱ぎ捨てた服を着直す。まだ今日だから着替えなくて大丈夫。


 窓から外を確認すると、まだ夕食には早いぐらいの明るさだった。いつもはもう少し遅く来る。

 どうやら相談事があるみたいだった。



 紅茶を飲みながらどんな相談なのか聞いてみると、今までの私の常識を壊すような信じられない内容だった。


『テイマーなのに身体能力が向上する』


 これはおかしい。いや、おかしいという言葉では表すことが出来ない程に異常。


 異端。確実にそう言える。



 私は、私の職業が少し異常である事、そして私の育った環境が特殊であるという事が影響して、テイマーについては知らないことがないと言ってもいいほどに調べている。

 私は学園教師というツテや、侯爵家の娘という地位を活用しているので、この国で1番詳しいと自負している。


 

 そんな私でも、テイマーの身体能力が向上するなんて事は聞いたことがない。見たこともない。噂に触れたことすらない。


 よくよく考えてみれば、ピーちゃんの突進を正面から受け止めているのに悶絶していない時点で普通じゃないのだ。

 幼い頃から訓練しているムキムキな生徒とかならまだ分かる。でもヴェイルは、確かに同年代に比べて大人びてはいるものの、それは精神面や少し身長が高いせいであって、筋肉量自体は少ない。


 そんな諸々の話をヴェイルとして、メモ用に使っていた紙とペンをしまって紅茶を飲む。





 いったいどうしてなんだろう。


 どうやったらテイマーの身体能力が向上するんだろう。

 力だけじゃなくて防御面でも強くなってる。

 足は早くなってるのかな?

 肺活量なんかも向上してるかも。

 簡単には確認できないような能力も?


 それ以前に双方向の念話も凄い。

 そもそもヴェイルの子達は高い精度で人間の言葉を理解してる。

 あの3匹の子達自体もちゃんと強い。

 いくらゴブリンと言ってもあの体格で圧倒するのは強い。

 成長したら相当強いかも。


 私のサラマンダーちゃんがあの3匹を警戒してるのも気になる。

 サラマンダーちゃんが警戒するような魔物って事?

 テイマー同士は相手の子が真名かどうか薄っすら分かる。

 あの3匹の名前は多分真名。

 サラマンダーちゃんに警戒される魔物3匹をテイム。

 そしてそんな3匹に真名を付けている。




 ヴェイルは本当にただのテイマー?




 私の脳裏にそんな考えが浮かび上がった。

 王立学園に入学できるようなテイマーという時点で、何か特別なのは確定。でも、正直それはブルノイル公爵家の特殊金券持ちだから、という線も否めなかった。


 だけど、今まで私がヴェイルと関わってきたこの1週間で、それだけじゃない事にはだんだん気づいてきた。


 どうにかヴェイルの職業の秘密を知れないかな。気になる。



 私がそんな事を考えていると、姿を消しているサラマンダーちゃんに軽く頭を叩かれた。


 痛い。……分かってるよ。誰にでも秘密はあるよね。私だってサラマンダーちゃんの事黙ってるんだもん。

 だから今は諦める。私がサラマンダーちゃんの事を言う時か、ヴェイルが自ら教えてくれる時か。


 その時まで待つことにした。



 はぁ、たくさん考えたらお腹が空いてきた。もうご飯を食べ行っちゃおう。


「ヴェイル……ヴェイル!」

「はい! なんでしょう!」

「お腹減った。ご飯食べ行こう」


 今日の晩御飯はなんだろう。




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【あとがき】

 1章完です。


 明日から2章始まります! 

 アイファの事や、ヴェイルの母の出産、新しい家の事なんかもまだまだありますね。


 2章お楽しみに~!

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