第50話 異常ですよね。ですよね
ゴブリン討伐の依頼から帰ってきた直後、俺はラン先生の部屋に来ていた。
それも今日あった出来事について相談したくて居ても経っても居られなかったのだ。約束の夜ご飯にはまだ早すぎるが仕方ない。
「ラン先生入りますね~」
先生に貰った鍵を使って部屋の中に入る。
鍵を貰った次の日は、鍵を使うのを躊躇って外で待っていたのだが、いや、まぁうん。普通に寝坊されたのだ。
それからはラン先生からのお願いもあって鍵を使って部屋に入って、夕飯だよ~って起こす役割も担っている。
例の如く散らかっている部屋を進み、奥にあるベッドに寝転がっている先生を揺らして起こす。
「先生起きて下さい~」
「んみゅ……ママもう少し……」
「誰がママですか! ヴェイルですよ!」
まさかのママ発言に更に強くラン先生を揺らすと、ようやくラン先生が薄っすらと目を開けた。ぼんやりとした表情で俺のことを見つめている。
「んん……もうそんな時間……?」
「あーいや、今日はちょっと早く来ました。相談したいことがあって」
「……ん、分かった。起きる」
今日は素直に起きてくれたので、俺は戸棚から紅茶を取り出して紅茶を入れて待つ。ラン先生は相変わらず下着姿で寝てるので、着替える間に紅茶を入れるのが定番と化してるのだ。
ささっと2人分の紅茶を入れてソファに座れば、すぐにラン先生がやってくる。
「おまたせ。相談って?」
「はい、今日先生の課題でゴブリンの10体討伐に行っていたんです」
「うん」
「そしたら――」
俺は事の経緯を細かくラン先生に伝えた。
課題に関してはしっかりリオン、ショウ、フブキ達との連携を確認したこと。俺自身がどれだけ戦えるかを知る為にゴブリンと戦ったこと。その威力がおかしかったこと。
「なるほど。それはおかしい」
「ですよね」
「テイマーに身体能力が向上したっていう報告はない。テイマーの中でも異端な私の職業でもそれは無い」
ラン先生はいつもの如くテイマーのことになると饒舌だ。それに今回は紙を取り出してなにかをメモしている。
「ヴェイルは小さい頃から訓練してた?」
「父さんに剣術を教わってたりはしましたけど、訓練とまでは言えないと思います。型や動きを教わっただけです」
それに俺は父さんと違って筋肉が付きにくい体質で、どちらかと言えば細いって言われるくらいの体型だ。訓練も楽しくなくて嫌々やっていた記憶がある。
そんなんだからしっかり訓練したとは口が避けても言えない。
「ゴブリンはFランクで最低級の魔物。だから子供でも体格の良い子なら倒すことが出来る」
「はい。本にも書いてありました」
「でも、それは倒せるってだけ。一撃じゃない」
ラン先生のペンが止まり、透き通った水のように綺麗な青色の瞳が俺の目を射抜いてくる。
「全力で剣を振ってゴブリンの頭部を完全に破壊するぐらいの威力は、職業を授かりたての剣士くらいの筋力がある。それに、ヴェイルの話を聞く限り、目も良くなってるし、思考力も上がってる」
「……確かに」
ラン先生に言われて思い返してみれば、ゴブリンの飛びつきをしっかり確認し、そして避けて頭部に攻撃するまでの思考が出来ている。
今までならあの動作中に咄嗟にそんな事を考えられない。
「それに、前私の楽園に来た時、私の
「いや、あれは相当痛かったですよ!」
「それはそう。ピーちゃんは学園受験生の魔法と正面からぶつかれるぐらい硬いし突進力がある。なのにヴェイルは普通に痛がるぐらいで平気だった」
「それは……」
じゃあ何だ? つまり俺は防御力、攻撃力、視力、思考力が上がってるって事か?
「これは予想だけど、多分ヴェイルは人間としての能力が全部上がってる。気づかないだけで、肺活量とかも上がってるはず」
「いや、そんな事って――」
「心当たりない? 例えば変に気が大きくなってるとか」
「気が大きく? あ……」
そう言えばリオンに乗せられて俺には不相応過ぎる夢を見ていたよな。もしかしてあれが気が大きくなってるってことか?
「心当たりがあるみたい。人間は無意識上でも自分が強くなったと感じたら、精神面に驕りが出てくる。つまりはそういう事だと思う。でもそれは決して悪い事じゃない。自分を強いと信じるのも大事」
「はい」
ラン先生は一旦紙とペンをしまい、紅茶を一口飲んだ。それをみて俺も紅茶に口を付ける。小休憩だ。
身体能力の向上、思考力の上昇。そして俺がまだ気づいていないであろう能力の上昇……。
それは単純に喜ばしい事だし、俺もリオン達と一緒に戦闘に参加できるってことになる。1人だけただ見てることしか出来ない寂しい思いをしなくて済むし、まぁ男としても自分が強くなるのは嬉しい。
が、問題はどうしてこんな事になってるかだ。
俺は自分を強くするような訓練をみっちりやっている訳でもない。それに今日の森でのゴブリン討伐で特別な事もなかった。
なにか、なにか手がかりはないのか……。あ、そう言えばショウとフブキが変なことを言ってたよな。
『大丈夫だよ主様〜僕達がいるしね〜それに主様強くなってるから〜』
『大丈夫だ王よ。フブキも言っていたが王は強くなっている。なんの問題もない。胸を張れ』
あの時は、2人は俺が緊張してるのを解すために言ってくれているんだと思っていた。
でも今になってあの言葉を振り返ってみれば、あまりにもそれが当然だと確信してるかのような言い方だったようにも思える。
フブキとリオンは俺が強くなっているのを知ってたのか? でもどうして……。
「……イル……ヴェイル!」
「はい! なんでしょう!」
「お腹減った。ご飯食べ行こう」
名前を呼ばれて顔を上げると、ラン先生がひもじそうな表情で俺の顔を覗き込んでいた。うるうるした瞳が俺に訴えかけてきている。
どうやら長時間1人で考え込んでしまっていたみたいだ。これ以上考えたらラン先生が空腹で倒れてしまう。仕方ない、これで切り上げて寮に帰るか。
それに俺が強くなった理由もなんとなく分かった。帰ってからフブキにでも聞いてみよう。
「じゃあ行きますか」
「うん」
飲んでいた紅茶を片付け、ラン先生と一緒に特寮へと向かう。楽しい楽しい夕食の時間が待っている。
◆◆ ◆◆
食事を終えてラン先生を自室へと送り、特寮へと帰ってきた。今日のステーキは絶品でたまらなかった。ラン先生も目をキラキラさせて食べてたよ。
「主様おかえり~」
「ただいまフブキ。あれ? あとの2人は?」
「リオンは王城に行ったよ~アイファさんに会ってくるんだって~。ショウは気になることがあるからって言って出てった~」
「そっか、まぁもうすぐ帰ってくるだろうから大丈夫か」
フブキならぽやぽやして帰る時間忘れそうだが、ショウとリオンなら大丈夫だろう。それにフブキもそうだけど強いしね。
それに丁度良いから2人を待つ間にフブキにあの事聞いちゃおうか。
「フブキに聞きたい事があるんだけどさ、もしかしてフブキって俺が強くなってるって知ってたのか?」
「ん~? 知ってたよ~?」
俺が少しドキドキしながらフブキに聞くと、フブキは何だそんなことかとでも言いたそうな程に気軽に答えた。
「知ってたのか! じゃあもしかしてなんで俺が強くなってるのかも知ってるのか?」
「勿論知ってるよ~だって主様は僕達をテイムしたじゃん~」
「やっぱり……!」
フブキが可愛らしいお腹を見せながらゴロゴロと寝転がっている。それに反して俺の胸は高鳴りが収まらないでいた。
俺は、エンシェントテイマーは……テイムすればするほど、俺自身も強くなる……!?
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