第47話 あ、やべ。あわわわ
入学してから5日が経過し、ようやく週末である金曜日の放課後だ。
昨日は初めて授業が始まって、教養学と貴族学をやった。そして今日は1日かけて王国学をみっちりやらされたわけだ。ふっつーに疲れた……。
まぁ学園の授業は月曜日~金曜日であり、土日は休日となっている。つまり明日が初めての休日というわけだ。
濃かった1週間の疲れを癒やすために何をしようか今から考えることが多くて大変だ。
・フブキ、リオン、ショウの部屋の飾り付け。
・ラン先生との研究。
・冒険者活動。
・ノワへの返済と俺の夢のために金策もしたい。
なんてところだろうか。
そんな風に優雅な休日の構想を練っていると、帰り際にノワから爆弾を落とされてしまった。
「そういえば公爵家から連絡があったわよ。ヴェイルのお母様が公爵家に移ったらしいわ。もちろんナイル君やお父様含めて家族全員でね。今月末には出産予定だから念の為にもう公爵家で暮らして貰うわ」
「あー! ありがとう! 本当に気にかけてくれてたんだな!」
「当たり前じゃない、ヴェイルの頼みよ? まぁそういう事だから、マイルさんにも伝えて上げなさい。同じ学園なんだから連絡ぐらい取り合ってるでしょう?」
同じ学園なんだから連絡取り合ってるでしょう? でしょう? でしょう……?
やっべぇ……マイル姉さんのことすっかり忘れてた……。
全身から血の気が引く感覚がする。俺は今確実に白い顔をしている。……ノワ様、どうしましょう!
「もしかしてまだ顔も見せてないの?」
「……う、うん。忘れてた……」
「はぁ……何やってるのよ。マイルさんって確か相当なブラコンよね? 早く顔出しに行きなさい」
「えっ今から!?」
「当たり前でしょう――!」
――バチンッ!
「いってぇ!!」
疲れで眠たかった目がぱっちりと覚めるぐらい思いきり背中を叩かれ、俺は気まずい気持ちを押し殺してマイル姉さんの所に行くことになった。
まずい。学園に入る前、ブルノイル公爵家に行くってなっただけで落ち込んで泣いていたマイル姉さんだぞ。それに同じ学園で頻繁に会えるじゃんって言ったのも確か俺……だった気がする。
「うわぁ……姉さん怒ってそうだなぁ……」
ノワに教えて貰って初めて知ったが、マイル姉さんは2年2組らしい。
「はぁ……向かうか」
考えれば考える程に憂鬱になってくる気持ちを奮起させ、一歩一歩確実に地面を踏みしめて歩いていく。
確実に確実に、歩幅は足と同じくらいの大きさで、ゆっくりゆっくり……。
無駄な足掻きをしても1年の教室と2年の教室は全然離れていないため、すぐに目的地に到着してしまう。目的地の2年2組に到着だ。
開いている教室の扉から中を覗く。授業が終わってからある程度の時間が経っているので、教室の中には半分程度の人しか居ないみたいだった。
「えっと、姉さんは……」
「おや、君は?」
マイル姉さんの事を探して2年2組の教室を見渡していると、教室の中から見覚えのある女性が話しかけてきた。
大きな槍を担いでいるイケメンな女性。いつぞや特寮の闘技場で見た先輩だ。
「アイギラ先輩……!」
「確かヴェイルだったか? よくアタシの名前覚えてたな」
「アイギラ先輩こそよく俺の名前覚えてますね」
「まぁな、私は記憶力が良いんだ」
ん? 俺ってアイギラ先輩に名前名乗ったっけか? んー確か名乗ってないような……いや、でも実際知ってるんだし覚えてないだけで名乗ったのか……?
「で、内のクラスになんの用なんだ?」
「え、あ! あの、俺の姉がこのクラスで、姉に会いに来たんです」
「姉……姉か……だれだ?」
アイギラ先輩はうーんと唸りながら必死に考えていたみたいだが、流石にそこまでは言ってないから知らないですよってな。逆に言ってないのに知ってたら怖いわ。
……もしかしてこの人天然か?
「えっと、マイルって言うんですけど知ってますか?」
俺が未だに唸っているアイギラ先輩にマイル姉さんの名前を告げた瞬間、なぜだかアイギラ先輩の顔が一瞬曇ったような気がした。
だがそれは本当に一瞬で、俺の見間違いだとしてもおかしくない程の時間だった。
「あーマイルの事だったのか! 確かに言われてみれば似てるな! 呼んできてやるよ! おーいマイル!」
「あ、ありがとうございます!」
マイル姉さんを呼びに行ってくれたアイギラ先輩の表情はいつもどおり明朗でさっぱりとしていた。
「気の所為か……?」
なんだかもやもやしつつ教室の入口で待っていると、数分もしないで教室の中から騒がしい何かが近づいてくるのが分かった。
ドタバタガシャガラーンと、激しい音をたてながら近づいてきている。
「ヴェーイールー!!」
「えっ、ちょっ、マイル姉さん!」
「遅ーーい!!」
「ぐはぁ――ッ!」
飛び込んでくるマイル姉さん。
後ろに傾く視界。
薄れる意識。
あぁ、神さま、マイル様。全力疾走で飛び込んでくるのだけは…
…やめて……バタッ。
◆◆ ◆◆
目が覚めると、そこは知らない天井だった。
「いたっ……」
「ほらまだ起きんな、頭打って倒れたんだからなお前」
身体を起こそうとすると頭と腰に痛みが生じて、つい倒れ込んでしまう。
ふかふかのベッドに少し暗めの木製の天井。……そして心地よく鼻をくすぐる花の良い匂い。
「あの、ここは?」
俺が寝転がっているベッドの脇に座っているアイギラ先輩に尋ねる。状況的にアイギラ先輩が俺をここに運んでくれたんだろう。
「ここはアイツの部屋だよ」
「アイツ……?」
アイギラ先輩がクイクイと親指を向けた方向を見てみると、部屋の隅っこで壁に向かって座り込んでいるマイル姉さんがいた。
「マイル姉さん!?」
「ヴェイルに怪我させて落ち込んでるんだよ。慰めてやってくれ」
アイギラ先輩が肩を竦めながら説明をしてくれた。マイル姉さんの突進で倒れた俺に対して責任を感じているらしい。
はぁ……そんなこと気にする必要ないのにな。マイル姉さんは悪くな、悪く、悪……いな。いや普通に悪いわ。
あんな勢いで突進してこられたら避けるわけにもいかないし、受け止めるのも厳しいでしょ。俺悪くなくない?
「アイギラ先輩、あれは自業自得では?」
「なんでそんな事言うの酷いよヴェイル~~!!!」
「あ、来た」
俺に慰めて貰えると思っていたら突き放されてしまった。そんな衝撃にたまらずマイル姉さんが飛びついてくる。
「ちょっ……ッ!」
「見捨てないでヴェイル~~」
マイル姉さんがベッドに居る俺の真上に乗って子供みたいに泣きじゃくっている。
なんだか幼児化してないか?
「いたたた。姉さん……飛び込まないでって、学んでよ……」
「うぅ、ごめん」
泣いているマイル姉さんの頭を撫でつつ、アイギラ先輩が用意してくれたお菓子や紅茶でご機嫌を取る。
アイギラ先輩の手際の良さには驚きだ。きっと兄弟でもいるのだろう。
そんなこんなでようやく落ち着いてくれたマイル姉さんに本題を話す。
「それで、ヴェイル。私に会いに来た理由は?」
「随分な変わり身だねマイル姉さん」
「も、もう良いでしょ! さっきの事は忘れて!」
まるでさっきの事は無かったかのように随分と偉そうに仕切るもので、ついつい意地悪を言ってしまった。これ以上いじったらそれこそ本当に拗ねてしまうので、今はとにかく本題を話そう。
「俺もさっきノワに教えてもらったんだけど、ナイルも父さんも母さんもブルノイル公爵家に移ったみたいなんだ。母さんがもうそろそろ赤ちゃんを産むから、安全を考慮して俺がノワに頼んでたんだ」
「えぇそうなの!? 大変じゃない! いつ産まれるのかしら早く行かないと!」
「ちょっと姉さん! まだだから落ち着いて!」
何も話を聞かずに飛び出していこうとするマイル姉さんの手を掴んで止める。
幼女化の次は話聞かない系か! マイル姉さんこんなんじゃ無かったろ!
「どうしたんだよマイル姉さん。産まれるのは月末らしいからまだ全然平気だよ」
「ごめんヴェイル。ちょっとまだ本調子じゃなくて焦っちゃった」
「本調子……?」
「ううん! なんでもない! 月末ならまだ平気だね。でも、ブルノイル公爵家に移ったなら、挨拶も含めて明日か明後日一緒に母さんの所に行きましょう」
冷静になった姉さんがまともな提案をしてくれる。
そうそう、この冷静ではっきりと決断してくれる感じがマイル姉さんだ。
「んーじゃあ日曜日にでも行こうか。ノワには俺から言っておくよ」
「うん、そうしてくれると助かる。えっと……今日は本当にごめんなさい」
まだ俺に対して引け目を感じていたのか、マイル姉さんがしおらしく謝ってくる。もうそこまで気にしてないんだし、マイル姉さんに頭を下げられるのはどうにもむず痒い。
「あーもう良いってマイル姉さん。しばらく顔出さなかった俺が悪いんだし」
「あ、そうよ……そうじゃない! なんでこんなに長く顔出さなかったのよ! どれだけ私が寂しかったと思って……!」
「やべ、ミスった。じゃあねマイル姉さん! アイギラ先輩! また今度!」
「待ちなさいヴェイルーーー!」
こうして日曜日にマイル姉さんと2人でブルノイル家に行くことになった。
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