第46話 夢。そうか……

 ネイリア先生に選択授業を書いた紙を渡した後はお昼を教室棟にある学食で食べ、また教室に戻ってきた。

 今日はリオンが付き添ってくれているが、この子が3匹の中で1番食事量が多い。この身体の小ささで俺とまったく同じ量を食べるのには驚きだ。


『睡眠と食事は戦士の身体を作るのに基本であるからな』

『まぁ確かにその通りだね』


 ショウとフブキと違って少し硬い毛の感触を手のひらで楽しみながら、午後の授業をしてくれる先生を待つ。


 確か授業名は『教養学』だ。




 初めての授業に少し浮ついた雰囲気を教室内から感じ、そんな空気に当てられて俺も少しだけワクワクしてしまう。

 これからがようやく学園の生徒といった感覚だ。


 そんな落ち着かない感情をリオンの毛並みで落ち着かせていると、教室の扉が開かれて1人の男性が入ってきた。


「うん……皆揃ってる……?」


 入ってきた男性は細身の男性で、どうにも生気を感じない人だった。頬は痩けて栄養が足りていないように思えるし、目の下には確実に睡眠不足だとわかる程の大きな隈がある。くすんだ緑色の髪の毛ですら、不健康さを表してるように思えてならない。

 左手に持っているただの鞄ですら重たそうにしていて、見ていて不安になる先生だ。多分実年齢は20歳後半~30歳前半なのだろうが、その見た目や行動のせいでもっと年上に見えてしまう。


『あの教師とやらは戦士としての準備が出来てないな』

『いや戦士って……』


 何故だか初対面の教師に説教を思想な勢いのリオンを脳内で静止し、改めて先生の話に耳を傾ける。


「僕は屍様学者のグーリアン……1年7組と8組の教養学を担当するよ……よろしくね」


 グーリアン先生がゆっくりとした動きで黒板に自身の職業と名前を書いた。


 屍の様な学者……? なんだそれ。勉強のし過ぎでやせ細ってしまう、そんな病的な程に学問に興味のある人を模してるのか? もしくは屍自体の研究に特化した職業なのか?


「皆不思議そうな顔してるね……僕の職業の屍様学者っていうのはね……屍みたいにやせ細っていて生気が無い様相をしていると……頭の冴えが物凄く良くなるっていう職業なんだ……不便だよね……」


 常人の倍ほどの時間をかけて長文を話すと、何故かグーリアン先生は死んでしまうのではないかと思う程に真っ白な顔で笑っていた。

 ヒヒッヒヒッと、どうにも俺達の恐怖感を煽るためにわざとやってるのでは無いかと思う笑い方だ。


『ム、つまりは痩せているほどに頭が良くなるということか?』

『えっと、多分そういうことになるのかな?』

『ならば彼は彼なりの戦士としての準備をしているという事か……』

『んーまぁ学者の頭脳は剣士の剣とも言えるし、そうなると思う』

『ならばさっきの我の発言は失言であったな。彼は立派な戦士だ』


 笑って、咽て、また笑う。

 リオンとの脳内会話中も不気味に笑っていたグーリアン先生にクラス中が微妙な反応をしている。


 過労で倒れやしないか? って思いだ。



「ふぅ……久しぶりに笑った。……じゃあ、授業始めるね……ていうか教養学と言っても……この学園に入れてる時点で大丈夫だよね……」


 まぁそれはその通りではあるのだが、そんな事を言ってしまえばこの授業自体が本末転倒になりかねない。


「だからもういきなり将来を見据えた話をしようか……君たちは優秀だよ……1人残らず全員ね……だから将来いろんな所に行くことになると思うよ……」


 グーリアン先生はそこまで言うと、ゆっくりとした動作で鞄から1枚の紙を取り出して黒板に貼った。


「これはこの大陸の地図だよ……スレイン王国は大陸の南東部で……北にアミーリスラ聖国……そして西側は魔の森とズギダリン王国が接してるね……」


 グーリアン先生が取り出した紙は精巧な作りをした大陸の地図で、スレイン王国のある大陸の領土分布が細かく書いてある。

 


 そもそもスレイン王国がある大陸は横に長い四角形で、2対3程度の比率で横に大きい。


 大陸に縦横2本ずつ等間隔に線を引けば、北部・北東部・東部・南東部・南部・南西部・西部・北西部・中央部の9つに分類できる。スレイン王国はその中の南東部に位置し、四大大国の1つとして広大な領土を有している。

 中央部は魔の森が支配し、スレイン王国の北側である大陸東部はアミーリスラ聖国、大陸南西部が獣王国レオリアド、大陸北西部・北部・北東部がユーディリア帝国となっている。

 これが四大大国だ。


 余っている2箇所の内の大陸南部は、魔の森とズギダリン王国が半分ずつ程度占めており、ほんの少しだけ冒険者ギルドの本拠地である中立都市アドベイルムも重なっている感じだ。

 残りの1箇所の大陸西部は小国家群で、30程度の小国がひしめき合っている地域だ。どうやら最近小国家群同士での活動が増えているらしいが、あそこは小さな戦闘が日常茶飯事でもある場所なので仕方ないという見方もある。


 と、まぁこの大陸の地理関係はこんな感じだ。俺自身が知っていた内容もあるが、グーリアン先生の詳しい説明でより鮮明に想像をすることが出来た。


『王よ、随分と楽しそうだな』

『ん? そうかな、そう見える?』

『あぁ、心からワクワクしている、といった感じだな。我にもその感情が伝わってくる。フブキやショウも今頃この王の感情を感じているだろう』

『そっかそっか、リオンたちにはバレちゃうんだね。リオンの言う通り、俺今すっごくワクワクしてるんだよ』

『王が楽しそうで我も嬉しいぞ』


 四大大国のスレイン王国、アミーリスラ聖国、獣王国レオリアド、ユーディリア帝国。それにズギダリン王国や中立都市アドベイルム。


 俺が今まで住んでいたスレイン王国ですら、まだ王都周辺から出たことが無くて未知の場所が多いというのに、世界にはまだまだスレイン王国以外にも魅力的な国はたくさんあるんだ。

 その国の文化らしい景色や、その国にしか居ない魔物、その国独特の考えを持った人達。


 そんな物珍しくて刺激的な世界に触れたい。一員になりたい。自分の居場所を造りたい。


 どうしようもなくそう思ってしまうのだ。


『こんな事を考えてるとワクワクが止まらないんだよね』

『良い夢ではないか』

『夢……これって夢なのかな?』

『あぁ、立派な夢だと我は思うぞ。世界中に自分の居場所を造る……つまりは世界全てに拠点を敷いて密かに支配するという事。それはすなわち世界征服と同義! 我らの王らしい壮大な夢だ!』


 脇の下に両手を入れてブラーンっと四肢を放りだした状態で熱弁するリオン。その可愛らしい見た目とは裏腹に、声には確かな強い意志が宿っているのを感じた。


『いや、ちょ、それは言い過ぎ……!』

『我らリオン、フブキ、ショウは共に王の夢を叶えようぞ!』


 嘘でも冗談でもない。本当に俺の世界征服という勝手な解釈を実現しようと考えていることが伝わってくる。


 俺達は心の深くで繋がっている。

 俺等の誰かが強く願う感情はお互いに伝播する。


 だからこそ、リオンが俺の誇大解釈の夢を叶えると本気で思っているという事も伝わってきているし、それに対して俺が不覚にもワクワクしてしまったのも伝わってしまっただろう。


『王よ、夢は大きく、だ』

『はぁ……分かったよ。夢は大きく生きる事にするよ』



 気づいた時にはグーリアン先生の授業も終わり、クラスの皆が皆それぞれの会話をしていた。

 それに気づかない程には俺もリオンの話に吸い込まれていたということだろう。



 平民の俺が持つには大きすぎる夢。叶えられるはずもない夢。



 でも何故か、俺の見ている景色は色鮮やかになったように感じた。




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【あとがき】(2024年9月12日)

 みなさんどうも。笹葉の朔夜です。


 近況ノートに大陸の図を投稿しました。

 手書きで少し汚いのですが、文章からの想像に追加でイメージしやすくなると思いますので、是非確認してみて下さい。


 他に、『スレイン王国』『王都』『学園』の図も近況ノートに上がっていますが、46話時点では多少のネタバレを含みますので、読み進めて頂いて【あとがき】が出てきたタイミングで読んで頂くのが最も良いと思います。

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