第43話 研究開始。おや……?
クラスメイトやノワ達と分かれ、俺は研究でお世話になる先生の元を訪れている。
教師棟の事務で聞いた先生の部屋だ。何故こんな他の先生が居ない端っこ?
――コンコン
部屋の扉をノックしても返事がない。部屋に居ないのだろうか。いやでも部屋の明かりは付いてるんだよな。一旦離席してるのか?
「んんん……誰?」
他の場所を探そうと思い体を動かそうとした瞬間、ものすごくダルそうな返事が返ってきた。小さすぎて聞き逃してしまいそうな程の声量だ。
よく聞こえたな俺、てか時差凄いな。
「ヴェイルです。研究の話をしに来ました」
「ヴェイル……じゃあ良いや……入って……」
「失礼します」
扉を開けて部屋の中を見ると、見たくないものを見てしまった。
「ちょっとラン先生これは無いですよ……」
「なにが?」
目の前には足の踏み場もない程、あらゆる物が散乱しまくった汚い部屋――汚部屋がありありと存在感を放っていた。
本、本、服、本、食べ物、飲み物、本、本、餌、服、本、下着、なんか良く分かんない置物、本……。
はぁ……入り口付近だけでこれってなんなのこの部屋。どうにかして欲しい……
「って下着ぃぃぃ!?」
「それまだ着てない。置いといて」
「いや置いといてってしたっ、えっ……えっ!?」
女性の下着なんておまっ、母さんのかマイル姉さんのしか見たこと無いんだ俺は! なのにこんな可愛いラン先生の下着っておまえこのっ! 純情な男子になんて刺激物を!
「先生、人が来ることのある場所なんですから下着くらい片付けて下さい!」
「人が来る時は片付けてる」
「いやでも実際に今みたいに寝てたら片付ける暇無いじゃないですか!」
「そういう時は中に入れないで私が出てる」
「いやでも今俺中に――」
「ヴェイルだから良い」
「はっ……え?」
今この人はなんと? 俺だから良いって? なーに言ってんだおい。無害だと思いすぎだろ俺のこと。
……えぇその通り! 別に下着見たからって何も無いですけどね! でも普通に考えて危ないでしょって話なの!
「はぁ……もう良いです。片付けますよこの部屋」
「ええ……やだ」
「やだじゃない、やる」
「う~……分かった」
初めてのラン先生との研究はお部屋の片付けです。はぁ……。
◆◆ ◆◆
3時間後。
「やっと終わった……物ありすぎだよこの部屋」
「ん、ありがとう」
「そもそも先生が全然片付けてくれないからこんな時間かかったんですよ!」
「ごめん……」
俺が少しお説教の意味も込めて強く言うと、ラン先生がソファの上に座りながら、いつもの猫耳フードを深く被って縮こまってしまった。なんだか声もいつもよりか細い気がする。
やってしまった……ラン先生に俺はなんてことを!
「あっ! いやそんな怒ってないですから! つ、次に活かしましょう次に!」
「ん、分かった。おやすみ」
「こいつケロッとしてやがる! 嘘かさっきのは!」
もう油断しない。この人はダメ人間だ。
心の中でラン先生をそう評価し直した。
閑話休題
「それで、ラン先生の研究って何やるんですか?」
部屋を片付ける時に見つけた紅茶とお菓子を勝手に用意し、机に2人分並べて本題に入る。
置いてあった紅茶もお菓子も結構な上等品な雰囲気を醸し出している袋に包まれていた。そこら辺は流石貴族って感じだ。
「基本自由」
「自由ですか? なんか一緒にやる事とかないんですか」
「たまに何かやる。私は自分から魔物をテイムしに行った事がないから、他のテイマーとスタイルが違う」
相変わらずテイムの事になると少し口数が増える先生の話をクッキーをつまみながら聞く。
え? しっかり話聞けって? ラン先生が一切こっち見ないで丸まって寝てるから良いんだよ! なんかもうよく分かんないけどここ実家ぐらい落ち着くんだよ!
「それに私は基本名義を貸すだけ」
「名義ですか?」
「うん。教師の許可が無いと入れない区画があるから」
ほほう? つまりはそこに俺が自由に入れるようにする為だけに、名前を貸してくれると? 好都合過ぎません?
「それって良いんですか?」
「ヴェイルだから良い」
「なんだかさっきから凄い信頼してくれますね」
「うちの子達が信頼してるから。行こうか」
「え? どこにですか!」
急にラン先生が立ち上がったと思ったら、何の説明もなしに部屋を出て行ってしまった。
ホント気まぐれだよラン先生は! 猫過ぎるっ!!
ラン先生の後を着いていく事10分。目的地らしき場所に到着した。
どうやらラン先生曰く、教師棟の裏側から出て少し進んだ所にあるこのエリアは研究エリアらしい。学園全体の左下の部分、つまりは4分の1程度を研究エリアが占めているようだ。
そんなエリアの一角。なかなかの広さを誇るこのスペースが目的地で、1つのクラスが全員入って演習できそうなぐらいの広さがある。
そんなスペースをラン先生が取っているのにも関わらず、この研究エリア全体からしてみたら小さなスペースなのだから、相変わらず学園の大きさにはびっくりだ。
いや、教師の母数を考えたらラン先生のスペースやっぱ相当広いよな?
とかなんとか思いながら周囲を見ていると、ラン先生のスペースの入り口に看板が立てられていた。
『ラン・シュノーレアの楽園』
何だこの看板は?
「先生ここはいったい?」
「うちの子達のお家」
「ホワイトバードちゃん達のですか!?」
いやまぁ、薄々そんな気はしてたけど。
にしても広い。あの子達はこんな広い場所で暮らしてるのか。
少し背の高めな柵で囲われているだけだから、すごく開放的で伸び伸びと暮らせていそうだ。
実際に中に入ってみても、草原が広がっていて、奥に俺の実家ぐらいのサイズの家が1つ建っているだけで自然を感じる空間だった。
周囲の他の先生の人工的な研究スペースを無視すれば、だが。
「でもよくこんな広い場所を使わせてもらってますね」
「私の部屋を小さくして、お給料のほとんどを学園に渡してるから」
「えっ……」
確かに先生にしては部屋が狭かった。特寮があれだけ広かったのに対して、ラン先生の部屋は4m四方くらいだった。だからこそ俺1人で3時間の掃除で終わったのだ。
あの部屋の大きさには何か理由があるだろうとは思っていたけど、まさか自分の子達の為に自分の生活圏を削っていたとは……! なんてテイマーの鏡なんだ!
「流石ですラン先生! どれくらいここ借りるのに払ってるんですか?」
もしかしたら俺もここを借りる時が来るかもしれないからな。後学の為にも聞いておきたい。
「お給料の9割」
「9割…!? えっ、じゃあ残った1割だけで生活してるんですか?」
「残りのお給料は全部あの子達の餌代とか」
「んん? じゃあ先生はご飯とかどうしてるんですか?」
やばい、雲行きが怪しい。
残ったお金はテイムした魔物達に使っている。だからお金がない。そして先生の部屋に置いてあったクッキーと紅茶。貴族らしい袋包。
まさか……
「リン姉さんに貰ったお菓子とか」
「先生、今日は俺の奢りでご飯食べに行きましょう。そうしましょう。ええそうしますとも」
「ん? ありがとう」
こんな事ならあのクッキー食べなかったよ!!!
とまぁ一波乱ありつつも、取り敢えずは俺が責任を持ってノワのお金を使わずに、自腹を切って夜ご飯に行く事にしました。
という事で本題です。
「それでなんでここに連れて来てくれたんですか?」
「うちの子達に会いたかった。後はついでにヴェイルにテイマーの立ち回りを教えようと思った」
ついでが本名であってくれよ。
「みんなおいで」
俺が心の中でツッコんでいる間に、先生が大きくない大声でみんなを呼んだ。
来るんだろうなぁこの感じ。あの大きくない声でも、ラン先生の子達なら全力で寄って来そうだ。
『チュンチューン!』
『ニャーん』
『グッグガッ!』
などなど。ほらね、来たよ。
もうそれは凄い勢いですよ。俺の事見えてないよね、あれ。
あーやだ! 白い鳥こっち向かって来てない!? 見覚えある子こっち来てる! すっごい早い! やだ、やな予感!
『チューーーン!』
「びべぶっ!」
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