第40話 家具。へぇ

 衝撃の事実だ。まさかノワがテイマーギルドとそんな深い繋がりがあったとは。


 俺がまさかの事実に驚愕している間にも、おばあさんの愚痴は止まらなかった。


「ブルノイル家はどの時代もやりにくいのさ。あの腐れジジイも相当酷かったよ」

「もしかしてそれって……?」

「ブルノイル公爵家先代当主だよ。アイツは普段は飄々としている癖に、本気を出せば誰も勝つことが出来ないのさ。あのジジイを御せるのはババアだけだろうね」


 公爵家の先代当主様とその奥様をジジイババア呼ばわりってやばいだろ。


「……まぁそんな事は良いよ。それで、その子達の家だったね」


 俺の様子に気づいたのか、おばあさんが話を止めて3匹の事をまじまじと見だした。そんなに見る? ってくらい見てる。


「ライオンかい?」

「そうです可愛いですよね! この子達のお家を作ってあげたいんですよ!」

「家かい……それは一軒家って意味じゃなくて、その子達が生活する場所の事って理解で良いのかい? だとしたら希望はあるかい?」

「この子達の生活する場所って意味の方であってます。希望は――」


 希望、希望か……とにかくうちの子達が不便をしない空間にしたい。その為にはトイレと寝床と……あれ? それぐらいか?

 お風呂は俺と一緒の所を使えばいいし、意思疎通の出来ない動物とは違って、お腹が空いたら教えてくれるから常時餌を置いておく必要もない。


『皆トイレと寝床だけで大丈夫?』

『大丈夫だよ~』

『うむ、問題ない』

『問題ありません』

 

 本人達に聞いてみても、他には無いようだ。

 よくよく考えてみたら必要不可欠な物は意外と少ないんだな。


「トイレと寝床、ですかね」

「……そうかい」


 特に変なことは言ってないと思うのだが、何故かおばあさんは面白そうな顔をしてお店の裏に行ってしまった。なんだか変な人だ。


「ラン先生、俺変なこと言いました?」

「ううん。けどその子達と会話してた」

「えっ、分かるんですか?」

「分かる」

「なんで分かるんですか?」


 この感じだと、どうやらおばあさんにもうちの子達が会話出来るという事がバレているかもしれない。


「そりゃあ、あんな挙動不審に見つめ合ってニヤけてたら誰にだって分かるよ」

「えっ!?」


 おばあさんいつの間に! てか俺が挙動不審にニヤけてるって? そんな訳ないでしょ。


「挙動不審だなんてそんな――」

「挙動不審だよ」

「挙動不審」

「ラン先生まで……」


 はいはい分かりました挙動不審ですよ。


 ……気をつけよう。


『主様元気だして』

『うぅ……ありがとなフブキ』



 閑話休題。



 フブキに慰めて貰った所で、気を取り直しておばあさんの話を聞こう。


「それで裏に行ってたのは何か取ってきたんですか?」

「そうそう、これだよ」


 おばあさんは手に持っていた一冊の本開き、複数並んでる絵の内の1つを指差した。

 横に長い円形のクッション? ……あ、足がついてるな。ベッドか?


「ベッド……ですかね?」

「そうだよ。変な形をしてるのが多いから人間には馴染みがないだろうけど、これは魔物専用の寝具だ。絵の下を見てごらん」


 おばあさんに言われ絵の下を見てみると、絵一つ一つにその寝具の詳細が書かれていた。


 例えば、


  名称:もう燃えないよ。やったね!

  サイズ:直径5m

  特徴:耐火


 なんて感じ。


 名前の印象半端ないなこれ。それに耐火の特徴を持ってるって事は、火を纏ってる魔物でもふかふかのベッドで寝れるってことか。めっちゃ良いじゃんそれ。……って5m! 50cmじゃなくて!?


「これそんな大きいんですか!?」

「そうだよ。絵だけじゃ分からないだろう?」


 うちの子達のベッドを想像していた事もあって、50cm程度の物だと思っていたが、まさかの5mとあっては開いた口が塞がらない。おばあさんの言う通り絵だけでは何も判断できない。


「魔物は特性から大きさから何もかもが違うんだ。それに同じ魔物でも、生活している環境によって快適だと感じる条件は違うんだよ」


 おばあさんが俺の様子を見てか、補足説明をしてくれた。


「同じ魔物でもですか?」

「あぁそうだよ。私達だって暑い日は少し寒いと感じるくらいまで涼みたいけれど、逆に寒い日は少しでも寒いと感じたら温まりたくなるだろう?」

「あー確かにそうですね」

「だから、私みたいな魔物馬鹿が魔物専用の家具店をやってるのさ。ほら、そこの椅子にでも座ってゆっくり決めな。なんでも作ってやるよ」


 おばあさんは簡単に説明を終えると、自慢げに笑いながら本を閉じて俺に手渡してくれた。


 なんか凄いかっこいい人だ。


「ありがとうございます。また決めたら声をかけますね」

「はいよ」


 おばあさんの言葉に甘え、店内に置いてある椅子に座って寝具を決める。どうやらラン先生も一緒に決めてくれるようで、俺の隣に座って一緒に本を覗き込んでいる。


「んーどんなのが良いですかね?」

「本人に聞くのが一番」

「あー……まぁ確かにそうですね」


 そりゃそうですよね。普通の魔物とは違って意思疎通が出来るのだから、本人に聞くのが1番だった。

 となれば善は急げだ。もうバレてるんだし、ブルノイル公爵家の傘下なら大丈夫だろ。


『皆はどんなベッドが良い?』

『我は寝れれば何でも良い』

『僕は真っ白でふかふかなのが良いな~』

『私は主に選んで頂ければ何にも勝る幸甚です』

『分かった。ちょっと考えてみるよ』


 リオンは特に希望がなく、フブキは白でふかふか、ショウは俺が選んだ物なら何でも良いみたいだ。

 そうなるとフブキには希望通りの物を選ぶとして、分かりやすいようにリオンとショウのも色は茶と黒で本人達と同じ色にしようか。


「なんて言ってる?」

「フブキが白のフカフカ、後の2人は何でも良いみたいです」

「じゃあこれ」


 ラン先生が指差したのは、ただの真っ白なクッションだった。円形で直径60cmぐらいのふかふかなやつ。

 よく詳細を見てみれば、何色か選択できるみたいだ。丁度いい事に茶と黒もあった。


「これですか?」

「うん。これホワイトフローリアの羽」

「ホワイトフローリア!?」


 ホワイトフローリアと言えば、魔物界隈で有名な衣服や寝具なんかに使われている高級なヤツじゃないか? 歩いた所を真っ白の花畑に変えるという特殊な性質を持つ羊の毛だよな!


「ブルノイル公爵家なら平気」

「平気……って買えって事ですか!?」

「そう」

「いやいやいや、流石に高すぎますって!」

「平気」

「いやだから……」


 なぜだかラン先生がこれでもかとホワイトフローリアの寝具を勧めてくる。

 感情の表出が希薄で、言ってしまえばボケーっとしているラン先生がこれだけ推してくるのはなんでだ!?


 でも3匹で1個ならまだしも3匹分あるんだぞ!? 皆平等にしたいから同じくらいの物を買いたいんだよなぁ……でもこれは無理でしょ。

 勿論俺の持ち金じゃ買うことなんて出来ない高さだから、ノワに頼ることになる。ノワには遠慮せずもっと使って欲しいと言われているけれど、こんな高級品は流石に申し訳なさ過ぎる。


「ヴェイルの愛情はその程度――」

「えぇ買いましょう!!!」

「はいどうもー」


 あ、違、おばあさん! なんか紙書いてる! 公的そうな紙書いてる! それ買わなきゃ契約違反になるやつ!?






 挑発に乗るからこうなるんだ……。


「ヴェイル良かったね」

「何がですか……」


 結局は自分が勝手に挑発に乗って買ったというのに、何だかラン先生に騙されたような気がしてしまう。


「ん、これでその子達が強くなる」

「え?」


 えーっと、えー……強くなるって言いました? 今そう言いましたよね。……なんで? 

 あ、もしかして俺に高いのを買わせちゃったから申し訳なく思ってるのか? 感情表現の苦手な先生の精一杯の冗談ってこと?


「いやいや先生、寝具で魔物が強くなる訳が無いですよ。冗談で和ませようとしてくれてありがとうございます。別に挑発に乗ったのは俺ですし、先生が悪いなんてこと無いですから」


 さっきまでの騙された云々の思考は放棄して、先生の気遣いに感謝する。良くも悪くも素直な先生なのだから、本当に愛情を説いてくれただけなのだろう。


 そう思い笑顔で先生に弁明していると、ラン先生が心底不思議そうな表情をしながら首をコテンと傾げた。


「強くなるよ?」

「えっいやいや……まさかぁ……」


 真剣な表情の先生を見てまさかと思い、おばあさんの方を見てみる。

 すると、おばあさんは面白いものを見たとばかりに豪快に手で膝を叩きながら口を開いた。


「あー坊主本当に面白い子だね! 本当にあの寝具で寝ると強くなるんだよ!」

「え……えぇぇぇぇぇ!!!」



 騙されてませんでした、と。

 ごめんなさいラン先生、と。

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