第39話 ラン先生。んん?

「はい、この子」

「ちょっと待ってね」


 ラン先生がゆっくりとした動きで腕の中で寝ていた子を渡した。

 先生の髪の毛と対象的で黒い猫だ。良く見てみると、所々に白い光る点が散らばっている。まるで夜空に輝く星のような見た目をしていて非常に綺麗な子だ。


『主、なんだか私と被ってますね』


 ショウの不満そうな声が聞こえた気がするが気のせいだ。あの子は猫でお前は獅子だぞ。……猫と獅子、うん別物だな。


「ちょっとラン! この子夜空猫じゃない!」

「そうなんだ」

「そうなんだってスレイン王国の歴史上でも数回しか確認されていない程の希少種よ! 希少種として有名なホワイトバードと比べても圧倒的に希少な魔物よ!」

「ん、また珍しい子」


 俺に対して終始冷静な態度だったリンさんが、ラン先生に対しては激しく取り乱している。それに比べてラン先生は相変わらずのマイペースさを発揮している。


 そんなラン先生が取り乱しているリンさんを放置して、こちらに話しかけてきた。


「ヴェイル、テイム出来たんだ?」

「はい! お陰様で最高に可愛い子をうちの子に出来ました!」


 取り乱しているリンさんの事なんて視界に入ってないかのように、ラン先生がフブキの頭を撫でている。リンさんもそれに慣れているのか、黙々と作業をこなしている。

 

「ん、マスター想いの賢い子だね。大人しく撫でられながらも私のこと警戒してる」

「え? フブキがですか?」


 3匹の中で一番人懐っこいであろうフブキがラン先生を警戒するのか? さっきだってリンさんの笑顔にやられていたんだけどな。

 ラン先生の事を疑うわけではないが、本当か確認してみよう。


 俺もラン先生に続いてフブキの頭を撫でながら、脳内で語りかける。


『なぁフブキ、ラン先生の事を警戒してるのか?』

『警戒っていうか、怖いって思ったの~』

『怖い? 先生は温厚というか何にも興味なさそうで全く危なくない感じだろ?』

『ん~なんだろう~。何の理由も無いのに、たった1度見ただけで安心しちゃう所かな~』

『いや、それは俺の時もそうだったような気がするんだが?』

『主様は理由あるから良いの~』


 そう言うとフブキは俺の腕の中で寝始めてしまった。これ以上は何を聞かれても答える気はなさそうだ。


「この子は良い子だよ。大切にね」

「もちろんです! 先生の子も可愛いですね」


 取り敢えずフブキのことは置いておいて、ラン先生の魔物の話題に変える。

 ラン先生がチラリと受付台での転んでいる夜空猫を見ると、その視線に気づいた夜空猫が小さく鳴いた。


「うん、可愛い」


 普段表情の変わらないラン先生が夜空猫に向けた小さな微笑みは、それはもうすごい破壊力だった。







「はい、これで登録は完了よ。たまには実家に帰ってきなさい」


 学園の事やフブキ達のお家についてラン先生と会話していると、夜空猫の登録を完了させたリンさんがラン先生に話しかけた。それと同時に夜空猫もラン先生の頭に飛び乗っている。


「うん。気が向いたらね」

「気が向いたらって……はぁ、まぁ良いわ。とにかく元気に過ごしていれば良いのよ。また今度お母様と一緒に貴女の家に行くわよ」

「ん、よろしく。じゃあ行こうヴェイル」

「ちょっ……リンさんありがとうございました! また何かあったら来ます!」


 ぼんやりとしたラン先生に半ば強引に手を引かれ、俺はギルドを後にした。リンさんはその光景に慣れているのか半笑いで手を振ってくれた。




「あのーラン先生、いつまで手を繋ぐんですか?」

「あ、ごめん。忘れてた。姉さんああなると話が長いからつい」


 とだけ言うと手を離してくれた。

 母親以外の女性と手を繋ぐのなんてほとんど無い経験のため、少しだけドキドキしてしまった。


 ……あれ? ほとんどないっていうか初めてか? いやいやいや、あれ? 小さな頃に……いや、無い。学園入ってからなら……あ、アイファに握られたじゃないか! ……あれは握手か? う、うーん。


「ヴェイル」

「はい!」

「お店着いた」

「え、もう?」


 ラン先生が指を差す方を見ると、こじんまりとして古い見た目の木造の建物があった。小さくて古いと言ってもボロボロということではなく、隠れ家のような雰囲気を醸し出している意図した古い建物という感じがする。


「さっき話してたおすすめのお店。私の子達もここのお店の商品が好き」


 少しだけ饒舌になったラン先生がこのお店の魅力を教えてくれた。普通の家具と比べると少しだけ値は張るが、どうやら相当質の良い魔物用家具なんかが売っているらしい。


 ラン先生が躊躇なく店の中に進んでいったので、その後に続いて恐る恐る扉を潜る。

 初めて行くお店はなんだか緊張してしまう。これ共感できる人多いんじゃないだろうか。


「おばあちゃん、来た」

「んん? あぁなんだい嬢ちゃんか。いらっしゃい」


 小さな木製の円形椅子に座って猫を撫でているおばあちゃんにラン先生が話しかけた。見た目80歳くらいの優しそうなおばあちゃんだ。


「今日はこの新しい子とヴェイルの子のを見に来た」

「あぁそうかい、好きに見て回りな。それにしても……また髪の毛が白くなったね」

「この子で10体目。また希少種」

「じゃあもう完璧にかい?」

「ん、そう」


 ラン先生が猫耳帽子を脱ぐと、真っ白な先生の髪の毛の全貌があらわになった。

 ラン先生の髪の毛は汚れや灰色っぽい色は一切入っておらず、例えるなら手間暇掛けて育てられた昆虫から取れる、高級で肌触りの良い糸の様な髪の毛だ。透き通るぐらい真っ白で、細くしなやかな髪の毛。


「もう青色の面影はないね。まぁそれも綺麗で良いじゃないかい」

「うん。もう慣れた」

「そうかい。ほれ、頼まれてたものだよ」


 髪の毛の話はそこそこに、おばあちゃんがラン先生にこぶし大の何かを渡した。


「もう出来たの」

「当たり前だろう? 私を誰だと思ってるんだい」

「元ギルマス」

「そうさ、私のツテを使えばそんな物簡単に手に入るよ」

「ん、ありがと」

「はいよ」


 ん? おばあちゃん今なんて? 元ギルマス?


「それでそこの坊やは何の用だい?」

「あ、はい! えっとこの子達のお家を作りたくて! お家って言ってもトイレとか寝る所とか少しの装飾で! その――」

「あーあー落ち着くんだよ。元ギルマスって言っても、今はただのババアさ。気にすんじゃ無いよ」


 あーまた言った! 元ギルマスって言った! てことはこの人貴族だよ……しかも相当権力あるぞこれ。


「ヴェイル。おばあちゃん貴族だけど平民に優しい」

「ラン嬢ちゃんの言う通りだよ」


 なぜだかラン先生からも説得をされる。いや、貴族って事にも緊張するけど、それよりもテイマー界隈の最前線でバリバリに戦ってきたであろう事が推測できる事に対して緊張してるんだ。


「おばあちゃんよりノワ・ブルノイルの方がよっぽど危険」

「言えてるね。あの子が上司になってからやりづらいったらありゃしないよ」

「え? ノワが上司ですか?」


 おばあちゃんの口から急にノワの名前が出てきた。それもノワが上司と言うではないか。もし本当にそうなら、意外な繋がりに驚きを隠せない。


「そうだよ。坊やは冒険者ギルドと商業ギルド以外のギルドのトップが国だって事は知ってるかい?」

「はい。知ってます」


 テイマーギルドに行く前に考えてたことだしな。


「厳密に言うとね、国とは言ってもトップが国王ってわけではないんだよ」

「はい。でもそうすると誰が? ……あっ」

「理解したみたいだね。随分物分かりの良い坊やだよ」


 ノワが上司とはそういう事か。

 トップが国と言っても国王ではない。じゃあ誰なら任せることが出来るのか。それは王国に長い間仕えてくれた忠臣達で、国がトップを務めていると言っても過言ではない程度の権力を持ってる家だ。


 そんな家はこの国に3つしかない。


 グランヴェル公爵家、ウィンテスター公爵家、そしてブルノイル公爵家。


「ブルノイル公爵家は古くからテイマーギルドを影で支えているのさ。だからノワ・ブルノイル様は、実質的にテイマーギルドのギルマスよりも上のトップ層って事だね」

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