番外編 マリエルの日常



 【前書き】


 ばんがいへーん。

 息抜きに書きました。

 ちょい長です。

 

 読まなくても本編に支障はないけど、読んだ方が色々と分かるかも?

 気楽に楽しんでって下さい。


--------------------




 私の名前はマリエル。心の底から敬愛するノワ様の専属メイドです。

 メイドです。えぇ、はい。私の生涯でこれ以上の栄誉はないでしょう。


 専属メイドはブルノイル公爵家のお方達1人につき1人ずつです。つまり、三女ノワ様、当主ミルガー様、当主夫人ルフィーラ様、長女ミュレイア様、長男シュルウ様に1人ずつ。5です。

 合計で数百名の従者が働いているブルノイル家でたった5名の人材なのです。


 あぁ、その栄誉を考えただけで濡れます。





 私はノワ様の為なら命も惜しくありません。ノワ様の為に死ねるのなら本望というものです。ノワ様は気高く、思慮深く、酷く残忍で、異様な程にお優しい方ですから。


 ですが、ノワ様の事を深く知らない人からすれば、ノワ様は不気味なのだそうです。二面性というか、多重人格のように感じるのだとこの前の暗殺者は言っていました。

 あ、安心して下さい! ノワ様の命を狙うようなゴミは、丁寧に処理しました! ノワ様には傷一つありませんよ!


 ですが最近は暗殺者が多くて困るんですよね。どうにか暗殺者の数を減らす事は出来ないものでしょうか。

 そうですね、取り敢えず目の前のゴミはどうしましょうか。え? ノワ様に仕えてる理由が分からない、あれは化け物だ?


 はぁ……全くもって不愉快極まりない事態です。すぐにでも処理してしまいたい気分ですが、ノワ様の素晴らしさを教えてからにしましょう。ノワ様の素晴らしさが分かれば暗殺者も減るでしょう。そうしましょう。

 

 少々嫌な思い出ですが、昔の話を聞かせてあげますよ――



◆◆  ◆◆



「おらぁ! さっさと動けやゴミ共が!!」

「ぐっ……! ……す、すみません」


 また1人鞭で打たれた。

 昨日は何人もの大人から鞭で打たれた男の子が死んだし、今日は仲良くしていた女の子が鞭打ちされてる。全身鞭の傷だらけで泣き叫んでいる。


「あんなガキにまで……ひでぇよ、俺達が何したって言うんだ」

「ちっホントだよ。ただ村から女を貰っただけじゃねぇか」


 ここはゴミ捨て場。

 食べ残しの食料や使い古しの衣類なんかが捨てられるゴミ捨て場ではなく、この世の中に必要なくなった人間が捨てられる場所。


 昨日死んだ男の子は喧嘩で友達を殺したみたいだし、私の事だって殴ってきた。今日鞭打ちされてる女の子は人を騙して何人もの生活を脅かしたらしいし、私のご飯を奪った。

 鞭打ちを見て文句を言ってたあの男達だって殺人、強姦、窃盗、何でもやってた大悪党だろう。同じ牢の中で彼らに襲われている女性を何人も見た。

 生かして貰えてるだけ有り難い位のゴミという人種だ。


 そんな人種に囲まれてまた1日を過ごす。








 今日の作業は不発だった爆弾の処理だ。

 この世は個人の能力が重要視される。魔法で大勢の人を同時に倒せるような人がいる一方で、農作業しか出来ない人もいる。そんな戦闘能力のない人達が、せめて少しくらいは戦えるようになる為にと考えられて作られたのが道具だ。

 その中でも簡単に使えて簡単に威力が出る戦闘用の道具が、今私達が処理している爆弾だ。


「爆弾はどんな方法でも良い、分解して完全に危険のない状態にするように!」


 この爆弾は安全装置を外して一定の魔力を込めれば、それに反応して数秒後に爆発する設計になっているらしい。それなのに、何らかの不具合で発動しなかった爆弾の処理が今日の仕事だ。

 つまりは今私が持っているこの爆弾は、安全装置も付いていないいつ爆発してもおかしくない爆弾ということだ。


「それにしてもなんで不発の爆弾がこんなにあるんだよ」


 少し離れた所にいる男がぼやいた。今日は爆弾処理という危ない仕事なので、監視の兵達の距離が遠い。ある程度の声量ならバレはしないのだ。

 

 そしてあの男がぼやいた言葉は的を得ていた。普通、不発した爆弾なんていつ爆発するか怖くて持ち帰らない。それに製品として世に出ている以上その数も多くないはず。

 そのはずなのに、今この場には大量の不発の爆弾があるのだ。なぜ? という感じである。


 

 まぁ考えていてもしょうがない。こんな所にいる私達には関係のない話だ。真実を知るすべなんて無いし、知った所で何かが変わるわけでもない。考えるだけ無駄だ。


 ――ドガンッ!


 少し離れた所で爆発音がした。

 

「くっそ! なんでお前が先に爆発するんだよ! あのブルミアの女が最初だと思ってたんだぞ!」

「はははっ! 残念だったな! ほら、早く金を寄越せ!」

「ちっ、くれてやるよ!」

 

 監視兵達の笑い声も響いている。



 今日もまた1人死んだ。









 今日の仕事は休みらしい。なんでも偉い人が視察に来るのだとか。早朝に水浴びさせられたし、いつものボロではなく少しだけ質の良い服も配られた。


 なんでそれだけで仕事がなくなるのだろうか? 視察と言うなら仕事をさせている光景を見せた方が良いと思うのだけど。服が配られるなんて意味が分からない。

 まぁでも、仕事をしなくて済むのなら文句は無い。いつもいつも危険な仕事で大変なのだ。いつ死んでもおかしくない仕事をしなくて良いのは幸運だ。




 でも私達のようなゴミと同等の存在にとっては、休みの方が良くない環境のようだった。


「や、やめて……いやぁ……」


 同室だったお姉さんが目の前で襲われている。お姉さんはろくな食事を与えられていないこの環境でも、豊満な身体を維持していたから狙われてしまったのだ。しかも可愛いし真っ先に狙われてしまうのも仕方ない。もうこんな事は日常だ。


 毎日食事をたらふく食べて、訓練もしているであろう屈強な監視兵相手では、抵抗も虚しいだろう。



 私達が生活させられている牢は、壁に掘った巨大な空間で、片面を鉄柵で塞いだだけの簡素なものだ。それがこの洞窟内一角の壁一面に幾つか並んでいるので、他の牢の様子や外に出されて遊ばれている奴らの事もよく見える。



 監視兵達の暇つぶしは多岐に渡った。

 小さな男の子は女性監視兵に色んな意味で襲われているし、筋骨隆々で冒険者をしていた男性は簡単に縛られて魔法の的にされているし、豊満な体を持つ女性は男性監視兵の性道具になっている。他にも拷問器具の試験に使われている奴だっている。

 この牢に入ってる人間は漏れなく極悪人だ。その性質上、こちらにも戦闘能力の高い人間が何人も居る。それなのに、それを上回る実力者が監視兵にゴロゴロ居るのだから、何をしようと監視兵達の暇つぶしから逃れる術はない。


 所謂ここが地獄なのだろう。誰もがそう感じていた。





 そんな地獄を同室の女の子と耐えながら2時間ほど経った頃、3人の人物がやってきた。

 白髪を綺麗に整えた老齢の男性と、若々しくも覇気を纏っている黒髪の女性と、若いと言うにはあまりにも若すぎる黒髪の女の子だった。


 3人共私達がこれまでもこれからも一生着ることの無いような、仕立ての良い高級な服を着ていた。ただ歩いているだけでも所作の綺麗さが目立つし、何より私達と違ってその立ち姿から自信が溢れている。恐らく彼女達は貴族なのだろう。


「やや、これはようこそお越し下さいました。ワタクシ、所長のスベルトと申します。以後お見知り置き下さいませ」

「これは丁寧にありがとうございますわ。私はブルノイル公爵家当主ミルガー・ブルノイルの妻、ルフィーラ・ブルノイルですわ」

「えぇえぇ、存じておりますルフィーラ様。ブルノイル家のお方々の名声は果てしなく大陸全土に広まっておりますゆえ、私共もお会いできて光栄でございます」

「あら、お上手ね」


 いつもは傲慢で誰の命令も進言も聞かないスベルトが、両手を擦り合わせながらペコペコと頭を下げている。なんとも情けない姿だ。


「それで今日はどのようなご要件でいらしたのでしょうか……」


 謙るような態度を見せながらも、スベルトがお貴族様に聞いていた。まるで用事がなければ来ないで欲しいとでも取れそうな言い方に、老齢の男性が不快そうな表情をしていた。


「アイン、顔に出てるわよ」

「おや、これは申し訳ありませんノワ様。私もまだまだ未熟ですな」

「わざとらし過ぎるわ」

「わざとらしくて良いのです。これに気づかぬ相手なら警戒する必要もありませんし、これに気づいて変に取り繕うようならそれを理由に難癖を付けることが出来ますからね」

「なるほどね。賢いわねアイン」

「勿体ないお言葉有難うございます。ですが、ノワ様ほどではございませんよ」


 スベルトを目の前にして繰り出されている言葉の数々に、私達は自然と笑みが溢れてしまった。

 あれだけ傲慢で残忍でムカつくクソ野郎が、あからさまに舐められてしかも言い返せないのだ。愉快にもほどがある。


「ノワもアインも脅すのはそれぐらいにしてあげなさい。それでノワ、この人はどうかしら?」

「真っ黒だわお母様」

「ありがとう。ほら、どうせ全員消えるのだから脅したら可哀想だったじゃない」

「えっ……消える――?」


 ――スパッ


 お貴族様の会話に気を取られたせいで、スベルトから目を話してしまった。気づいた時にはスベルトの胴体と首が離れていた。

 

 周囲は異様な静けさに包まれ、スベルトの頭と胴体が地面に倒れ込む音だけが響いた。


「なんで……?」


 私の腕に掴まってすすり泣いていた女の子が声を漏らした。いや、誰もが思っていた言葉を代表して言ってくれたのだ。


「てめぇッ何してやがる!!」


 スベルトが殺されたことを理解した監視兵達が、一斉に武器を手にして貴族様達に襲いかかった。


「貴族だと下手に出てれば調子に乗りやがって! この人数差だ、殺っちまえ!」


 クソほどゲスな奴らだが、監視兵達の実力は本物だ。貴族様達がどうやってスベルトを殺したのかは不明だけれど、監視兵達は30人程度いる。

 いくら貴族様達が教育を受けて強いとしても、3対30では無理がある。しかも1人は5歳程度の子供という事もあって戦力差が明確だ。


「あらあら、調子になんて乗ってないわよ? 当然の事だもの」


 ルフィーラと名乗っていた若い黒髪の女性が、優雅に右手を横に振った。正確には右手に持っていた扇を。


 その瞬間、先陣を切ってお貴族様に襲いかかっていた3人の首が、胸が、胴が、斜めに切られて分割された。


「なっ、て、てめぇ! 何しやがった!」

「何って見ての通り、単純に切ってあげただけよ?」


 ルフィーラが会話をしている間にも、別の監視兵を老齢の男性が殴り倒していた。あっという間に10人は倒している。





 そんな圧倒的な2人の戦いに怯んだのか、残っている半数程度の監視兵達は動けずに立ちすくんでいた。中には無様にも尻餅をついて漏らしている奴まで居た。あれは確か男の子を襲っていた女だ。


「もう終わりかしら? まだまだ戦い足りないのよねぇ」

「奥様、本来の目的を忘れてはなりません」

「分かってるわよアイン。はぁ、じゃあこの人達捕まえちゃって」


 老齢の男性がルフィーラ様を止めると、ルフィーラ様が右手を挙げた。その瞬間、今まで何処にも居なかったはずの黒装束の人物たちが、サッと何人も出てきて監視兵達を拘束しだした。



 拘束された監視兵達がルフィーラ様の前に並べられると、少女が全員を一瞥して一言言い放った。


「そこの女」


 指を刺されたのは、情けなくお漏らししていたあの女性監視兵だった。普段から高慢で好き放題していた奴だ。

 その女性は黒装束に首を捕まれ、ルフィーラ様の前に引きずられた。


「なっ、やめてっ私が何よ!」

「良いのよ誤魔化さなくて。貴女がシュール子爵の子だというのは分かってるもの」

「――ッ!」

「あらぁ黙っちゃうのねぇ。全く、簡単に反国王派に唆されちゃって困るわ。じゃあ、この女以外は殺して良いわよ。この女は公爵家の牢にでも連れて行って」


 ルフィーラ様の言葉に黒装束が素早く反応し、ほんの数秒でルフィーラ様が言った女性以外が殺された。あの猛威を振るっていた監視兵達が抵抗できずに殺られてしまった。


 お漏らしをした女性は、これから先自分に待ち受けているであろう惨事を想像したのだろう。無駄な抵抗だと分かっているはずなのにどうにか脱出しようとしようと藻掻いていた。

 だが勿論それは許されるはずもなく、黒装束に死なない程度に痛めつけられるだけの結果となった。


「いやだ! やめろ! 私は貴族だぞ!」


 痛めつけられてもなお暴れるその女性に、黒装束達の制裁も苛烈さを増していくが、それでもなお女性は暴れるのを辞めなかった。それを見かねたのか、そこに1人の女の子が近づいていくのが見えた。

 お貴族様の中でもずば抜けて幼い黒髪の少女だ。あの子は何故か、要所要所でルフィーラ様に意見を聞かれていた。何かしらの力があの子にあるのだろうか。


 私は彼女の佇まいが、遠くからでも分かる美しい瞳が、ルフィーラ様に頼られる姿が。酷く脳に焼け付いて目が話せなかった。


「貴女――」


 少女は黒装束に命令し、ボロボロで地面に突っ伏している女性の髪の毛を掴ませて顔を上げさせた。そして無理やり顔を上げさせられた女性に自身の顔を拳一つほどの近さに寄せ、何かを呟いた。

 その顔は怒りの表情でも哀れみの表情でもゴミを見る表情でもなく、何も見ていないかのような真紅の瞳で女性の瞳を射抜いていた。


 その瞬間、暴れていた女性は抵抗を辞め、静かになったのだった。




 こちらからはなんて言葉を言ったのか一切聞こえなかったが、少女のその行動が、その顔が私の心を強く締め付けた。

 どうやらそれは私だけではなく、皆一様に感じていた感情のようだ。先程まで解放の喜びと貴族様の強さへの恐怖で興奮していた牢内が、ある種また別の恐怖に包まれて静寂となったのだ。






 そんな空気感に呆けていると、その少女を含めたお貴族様達が私達の牢屋がある方に向かってきた。先程まで戦闘をしていたとは思えないほど優雅で綺麗な格好のままに。


「見ていた通り、貴方達を拘束していた者共は全員死にました」


 老齢の男性が代表して言うと、再び牢内が歓喜の渦に包まれた。


「――ですが!」


 パンッ! と手を叩いて男性が大声を上げた。それはただの拍手なのに皮膚に痛みを感じさせ、誰もがすぐに言葉を発せなくなる程の圧を感じた。


「調べさせて頂きましたが、貴方達は元より極悪人です。本来なら掴まった時に死刑となる方達ですので、生かしておく事は出来ません」


 老齢の男性はそう言うと、腰に差していた剣を抜いて隣の牢に入っていった。


「や、辞めてくれ! 反省してるんだ! グファッ!」

「俺は外で子供が待ってるんだ! ぎゃぁッ!」


 隣の牢から抵抗する者と切る者の攻防の音が聞こえてきた。どんどんと減っていく抵抗の声は、次に殺しに来るであろう私達の余命を表しているかのようだった。


「……ひっ、やだよぉ。……私達死んじゃうのぉ?」


 監視兵達による地獄の時間からずっと、未だに私の腕に掴まっている女の子が大粒の涙を流して嗚咽していた。


 この子はこのゴミ捨て場で唯一の善人だ。大量殺人を犯した母親の共犯ということで共にここに連れてこられ、もう既に5年が経過している。それによく話を聞けば、母親に騙されて囮になっただけで、この子は何も悪いことをしていない。


 そんな子供を囮にする様な母親でも、この子にとっては大切な母親だったようで、煙たがられながらもいつも母親にくっついていた。

 だがその母親は危険な仕事中に命を落とし、それに酷く悲しんだこの子は、しばらく食事も取らず塞ぎ込んでしまった。そんなこの子を見ていられなくなってしまい、私のご飯も食べなさいと話しかけたのが私とこの子が仲良くしているきっかけだ。




 外の世界だけでなく牢屋の中ですら忌み嫌われていた私が、小さな女の子に頼られている。



 

「大丈夫。私がなんとかするから」


 私は決意した。

 こんなクソみたいな人生でも、最後に罪無き小さな少女を助けることが出来たのなら良い人生だったと言えるだろう。だったらこの子のために抗ってみても良いじゃないかと。



 カツン、カツン、と硬い岩の上を歩く音が近づき、剣を赤く染めた老齢の男性が牢屋前にまでやってきた。老齢の男性は牢屋の扉に手をかけ、ギィーっと重い音を響かせて扉を開いた。

 私は女の子を抱きしめながら、牢屋の一番奥に待機した。抵抗している馬鹿達に気を取られて、私達のことを見過ごしてくれればありがたいし、そうじゃなくても抵抗しなかったという点で話を聞いてくれるかも知れない。


 そんな淡い希望を抱きながら、次々と殺されていく奴らを憐れむ。



 1人また1人と殺されていき、私とこの子を含めて抵抗しなかった6人だけが残った。


「抵抗しない者を殺めるのは心苦しいですが、許すわけにはいきませんので申し訳ありません」


 泣き喚いている青年に老齢の男性が歩み寄り、黙礼をしてから首を刎ねた。

 そして同じ様に残る犯罪者達の首を刎ねた。



 その姿を見て私は確信した。やはりこの男性は心無い殺人鬼ではない。まだ交渉の余地はある。


「すみません! 話を聞いていただけませんか!」

「おや、貴方は……ブルミアの方でしたか。申し訳ありません、貴女とは取引はおこなえませ――」

「アイン」


 私がブルミア人という事を知った老齢の男性は、問答無用で私を切ろうとした。だが、それを止める人物が現れた。


 あの黒髪の少女だ。


 その黒髪の少女は相変わらず無表情のように見えるが、何処か怒りを感じているような強い瞳をしていた。


「ノワ様、一体どうしたのでしょうか」

「どうしたのでしょうかじゃないわよ。今貴方は何を言ったのかしら?」

「何とは……取引は出来ないと――」

「その前よ」


 その少女、ノワと呼ばれている少女が小さな身体で老齢の男性を問い詰めている。それは異様な光景に見えるが、それがさも当然であるかのように感じる程の凄みがノワにはあった。


「貴方今ブルミア人というだけの理由で取引を断ったのでは無いかしら?」

「いえ、そんなことは――!」

「なら貴方は無能ということね。そこのブルミア人の彼女は犯罪者リストに載っていなかったじゃない。ブルミア人だからと善悪に奇譚はないわ。それに彼女が抱きかかえている子どもの犯罪歴にも怪しい箇所があったわね。それに気づかなかったとしたら貴方……無能にも程があるわよ?」

「そ、それは……申し訳ありませんでした。私が間違っておりました」


 そう言うと老齢の男性は自身の首に剣を当て、自害しようとした。だが、それを止めるのもまたノワ様だった。


「良いわ。自身の非を認めたから1度は許しましょう。我が公爵家は種族や生き様で差別はしない。するのは悪か善かの区別のみよ。次は無いわ、気をつけなさい」

「はっ! 仰せのとおりに!」


 頭を下げた老齢の男性の横を通り過ぎ、ノワ様が私の所にやってきた。


「私が話を聞いてあげるわ。ほら、言ってみなさい」

「わ、私は――」



◆◆  ◆◆



「これが私とノワ様の出会いよ。ノワ様は幼い頃から完璧なお方だったわ」


 全身をぼろ切れのように痛めつけられた男性に、私は懇切丁寧にノワ様の素晴らしさを説きました。


「けっ! 5歳でその現場にいて動揺の1つもなく! 挙句の果てには敵の代表を陥落し! 自身の何倍も年上の大人を殺しまくったジジイに説教をする余裕がある! それこそがあの女が化け物の証拠じゃねぇか!」


 残念ですが彼にはノワ様の素晴らしさが伝わらなかったようです。非常に残念です、これでは拷問をするしかありません。


「はぁ……仕方ないですね。ではこれから拷問をしますね」

「……は? 今までも拷問をしてた――」

「あんなものは拷問の内に入りません。ノワ様への不敬、万死に値します」



 私の名前はマリエル。

 心の底から敬愛するノワ様の専属メイドです。



--------------------

【あとがき】


 第6話の真ん中辺りのマリエルとノワの会話で、1回だけ単語が出てきた『カナ』という人物が、マリエルが牢屋で庇っていた少女です。

 良かったね。

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