第34話 「本」 sideノワ・ブルノイル
「私が先に行くわね。私は確実に能力を強化できるでしょうから、あなた達2人も頑張りなさい。じゃあ行ってくるわ」
そう言い残して魔法陣の中に入る。
まぁあの2人なら大丈夫でしょう。
◆◆ ◆◆
視界が一瞬揺れたかと思ったら、気づいた時には先程までとは違う空間に居た。
周囲360度全てが本に囲まれている世界。
現実世界では絶対にありえないことだが、天井までもが本棚で埋められている。どこもかしこも本まみれだ。
転移の影響だろうか、少しの吐き気と目眩が襲ってくる。だが、この程度の苦痛を顔に出すようではブルノイル家の一員は務まらない。
――私を見ている存在が居るのだから尚更。
「ようこそ、ノワ・ブルノイル。私は
瑠璃烏と名乗った女性は、カラスの頭をした人間だった。はっきり言って気味が悪い。
烏っぽい頭ではなく、完全な烏なのだ。それなのに身体はどう見ても人間のそれであった。こんな感想を抱くのも仕方ないだろう。
「丁寧なご挨拶ありがとうございます。既にご存知のようですが、ノワ・ブルノイルと申します。ここはいったい何処なのでしょうか?」
私が彼女にどんな感想を抱いていようとも、こんな未知の空間に居る未知の存在と敵対するのはよろしくない。
「ノワ・ブルノイル。私に丁寧な言葉づかいはいらない。私は貴女だもの」
「それはいったい……いえ、聞いても無駄というものですね。では、遠慮なく。ここは何処なのかしら? 教えていただける?」
言葉使いを気安いものに変えると、瑠璃烏は破顔した。烏頭なのだけれど、何故か破顔した様子が手に取るように分かる。
「ここは貴女によって作られた空間。理代の純白とは言っても、ここまで広い空間を作れるのは珍しい。凄いね」
「そう、ここは私が作った空間なのね」
転移した際に感じた吐き気と目眩。つまりは、この空間を作った際に何らかを失ったということなのかしら。その影響で起こったとか?
それに理代の純白とはいったい何なのかしら。私の職業が関係していることは確かなのでしょうけど、いくらなんでも情報が足りなすぎるわ。
探ってみましょうか。
「ノワ・ブルノイル。すぐに真実を求めて考えるのは貴女の良い所よ。でも場合によっては悪い結果にも繋がるわ。それは貴女が一番分かっているでしょう? まだ貴女が知るには早いわよ」
「……そう、分かったわ。一旦この思考は放棄しましょう」
私の考えが読めるみたいね。普段私が得意とすることだけに、これはなんとも不快な気分だわ。
でも相手は私、仕方ない。そう考えて精神を落ち着かせる。
「不快がらないで。さっきも言ったけど私は貴女なの。知られて困ることなんて無いわ」
「はぁ……分かったわよ。それで私は何をしたら良いのかしら?」
私の問に瑠璃烏はついて来てとだけ言うと、静かに歩き出した。
奥の方に大きな建物が見える。石材だけで出来ているようだが、まるで大きな石からそのまま削り出したかのような印象を受ける。
向かっている方向的にもそこが目的地なのだろう。
それにしてもこの空間は広いわね。この空間の風景さえ気にしなければ、騎士団の訓練ぐらいなら余裕で出来そうな広さだわ。
数分歩きながら、そんな事を考える。
「着いたよ。この建物の中に入って」
瑠璃烏は建物の中に入らず、両開きの扉を片方だけ開けて私を促した。
「あら、ありがとう」
「どういたしまして。じゃあね――」
「え?」
思いがけない言葉に振り返ると、既に瑠璃烏は消えており、キィーっと言う扉の閉まる音だけが建物の中に響いた。扉を開け、外に出て左右を見ても姿は一切見えない。どこに行ってしまったのだろうか。
「はぁ……考えても無駄ね。あれほど想像もつかない存在は初めてだわ」
あれは確かに私だ。と気を取り直して建物の中の散策を始める。
が、すぐにこの建物が何なのかは分かった。あまりにも特徴的だったから。
「ここは……図書館ね」
周囲の何処を見ても本、本、本。本塗れの世界の中にある唯一の建物が図書館とは。……この空間を作った人間の性格が知れるわ。……私ね。
でも、この図書館は私がして知っている図書館とは若干違う部分があった。
「どう考えても高すぎるでしょう。この本棚」
明らかに建物の外観よりも本棚が高い。というか物理的に絶対におかしい。真上を見上げても頂上が見えない。物理的に凄く高いというのもそうなのだろうが、頂上付近が暗闇で隠されている。
物理以外のなにか、具体的には魔法的な要素によって頂上付近の阻害がされているのでしょうね。
「でも、そうなると俄然気になってくるわよね」
私は私が知らないことがあるのが嫌いだ。こんなあからさまに謎に包まれてますよ、という雰囲気を醸し出しているのは、私に見て欲しい物がそこにあるからなのだろう。
私が私に見せるためにこの空間を作るのなら、そうする。
という事でこの本棚を登る方法を模索することにした。
よじ登るのは論外だ。淑女としてそんな事をしたくないというのもあるし、普通に私の筋力と体力では登ることなんて出来ない。
無駄に良い所まで行って、そこから落ちて死ぬのが目に見えている。
◆◆ ◆◆
「困ったわね」
ひたすら周囲を歩き回り、本棚も頭上も足元も見渡したのにも関わらず、それらしき物が見当たらない。
上に登れそうな構造もなく、転移陣のようなものもない。もしもこの膨大な本のどれかが上に登るためのヒントだとしたら、そんな物を見つけるのはほぼ不可能だと言える。つまりお手上げだ。
意地悪ね。
「……意地悪?」
自分で言ってて悲しくなるが、私は性根が腐っている。そして、瑠璃烏曰くこの空間は私によって作られているらしい。
ということは……
「瑠璃烏、私を上まで運びなさい」
シンとした空間に私の声が響き渡る。
1秒、2秒、3秒――少しずつ時間が過ぎていくのを感じながら、私は返事を待つ。私だったら絶対に近くにいるはずだ。
「居るんでしょう? 私ならそうするわ」
……サッ……パサッ……バサッバサッバサッ
「流石はノワ・ブルノイル。思ったより早く気づいたね」
顔以外は完全な人間だったはずの瑠璃烏が、腕を烏の羽に変じさせて眼の前まで飛んできた。そして心底楽しそうに笑っている。
やっぱり近くにいて私が迷っているのを楽しんでいたのね。私ながら性根が腐ってるわ。
「良いから早く上に運びなさい」
「分かったよ」
瑠璃烏にお姫様抱っこされた状態で高く高く飛び上がる。瑠璃烏の飛行速度は早く、あっという間に地面が見えなくなってしまった。
「この建物おかしいでしょう」
「そんなこと言ったらこの空間自体おかしいでしょう?」
「……それもそうね」
私同士という事で軽口を叩き合いながら、少しの空の旅を楽しむ。人は空を飛べる構造になっていないため、生身で空を飛ぶなど貴重な経験だ。
飛ぶこと数分。ようやく頂上に到着した。
今私たちが飛んできた所は穴のようになっていて、新たな地面がここにはあった。
空の上に地上がある感じ。
「はい、到着したよ」
「だいぶ飛んだわね」
「ここ相当高いからね」
「図書館とはって感じね」
「ははは、もう気にしない方が良いよ。じゃあ今度こそ私は消えるから。じゃあね!」
そう言って瑠璃烏は飛んで下に降りていった。
取り敢えず私が降りる時どうしよう、というのは考えないでおくべきね。
「さて、何かあるかしら」
改めて周囲を見渡す。
ぱっと見では下の図書館と見た目に変わりはない。だが、凝視してみるとその異様さに気づく。
「大きすぎないかしら?」
遙か上空に地面があったという驚きと、この空間があまりにも広すぎるせいで気づくのが遅れたが、本棚と本自体のサイズ感があまりにも大きすぎる。
普通のサイズだと思っていたのに、本棚までの距離が思っていたよりも離れていた。
本棚の麓に到着してみると、その本達は私の身長ほどの大きさをしている物ばかり。人間が読むには大きすぎる。
「こんな大きさの本なんて巨人くらいしか読めないわよね」
そんな感想を抱きながら、更に周囲の探索を進める。
巨大な本も私からすれば異質だけれど、極僅かの可能性ではあるが現実でも起こり得る事象ではある。それに今見えている範囲にある本のどれもが私の求めている物では無いと感じる。
だから目的はこれではないだろう。
それからも探し続けること10分程度。ついにそれらしき物を見つけた。本だらけのこの世界で明らかに異質な存在感を放っている物体があった。
――大きな箱状の物体。
それが何なのかは具体的には分からない。けれど、今までの人生で1度も見たことのないそれには、正面に『ようこそ』という文字が書かれている。
ふと、そうするべきだと思いその物体に手を触れた。
『ようこそ』
「あら、話せるのね」
『願いをどうぞ』
話せることに驚きつつも、不思議とそれを許容する。そもそもこんな世界に存在しているのだから何でもありというものだ。
それにしても願いねぇ……。
私はこの国で国王の次に高い地位である公爵家の一員だ。欲しい物や欲しい人材はすぐに手に入る。宝石でも強力な武器でも、ただ単純に金銀財宝でも。けれどこの箱が聞いてるのはそういう事じゃないわよね。
当たり前だけれど、願いは私でも手に入れることが難しいものにした方が良いわ。それにこれから先絶対に必要になるもの。
最初から答えは決まっていたけれど、改めて自身の思いを整理する。私は私の目的の為に手段は選ばない。それが誰にも望まれないことだとしても。
「私の願いは演算能力よ。私の職業の力に演算系統の力を加えなさい。但し、今の能力が損なわれるような事は無いように、今の力に相乗効果を与えてより強力になるように」
『願いを確認いたしました。……記載者の資格を確認。運命の選定を行います。しばらくお待ち下さい……』
周囲の景色を堪能しながら待つこと数分。気づいた時には現実世界の魔法陣へと戻されていた。
なんとなく職業の力が変わったような感覚がある。
確かにあの箱は私の願いを叶えてくれたのでしょう。実に素晴らしいことだわ。
「学園に来て正解ね」
期待していなかった学園で思わぬ収穫があったことに笑みをこぼし、ヴェイルとアイファが戻ってくるのを静かに待つことにした。
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