第32話 なんて素敵な1日。いやほんとに
「む、貴方が主ですか」
「ふむ、我らを同時に呼び寄せるとは……やるではないか王よ」
「わーい! 主様主様!」
目を開けるとそこには子猫が3匹居た。
夢を見てるわけでもないし、頭がおかしくなったわけでもない。現実に起きたことを端的に述べただけだ。
「えっと、君たちは……?」
少し困惑しながら3匹の子猫を順番に見る。
俺の事を主と言った子が黒色で、子猫という可愛い容姿の中に少しだけ凛々しさを感じる。クール感というか出来る子の雰囲気を醸し出している。喋り方も相まって頼りになりそうだ。
俺の事を王と呼んだ子が茶色で、3匹の中で可愛さが一番少ないのがこの子だろう。可愛いは可愛いのだが、かっこよさの割合が他の2匹よりも多い。為政者の雰囲気というか、同族を従える王の風格を感じさせてくれる。
俺の事を主様と呼んだ子が白色で、3匹の中でずば抜けて可愛い。可愛さで俺を殺そうとしている絶対に。だってこの子だけ俺の足にずっとスリスリしてるんだもの。やばいだろこれ。子猫やばいだろこれ。
とまぁ、3匹とも分かりやすい特徴を持ってくれている。全員くすみや混じり気のない純粋な黒、茶、白の毛だ。綺麗という言葉が似合う素晴らしい毛並みをしている。
「どうした王よ」
茶色の子が俺の顔を覗き込んできた。王の風格があるとは言っても、可愛い可愛い子猫だ。もうね、可愛すぎるわけですよ。
「いや、なんでもないよ。皆のこと見てただけだから」
表面上は平静を保ちながら、茶色の子を抱えあげる。
えー! なにこれふっわふわじゃん! 可愛すぎない? おかしいってこれ! やっば、やばやばだよこれやっば。
「ずるいよ! 主様僕も僕も!」
「主よ、私も是非抱えていただければ……」
「ふっ、お前ら。王は我を抱えているのだ。お前らは下がっているんだな」
「なんでなんで! 僕だって主様に抱えてもらいたいんだって!」
「主、私もどうか……!」
な、なんか収集がつかなくなってきちゃった。
茶色の子を抱えるタイミングで椅子に座っていたのだが、3匹とも俺の太ももの上に飛び乗ってきてしまった。もう小さなもふもふパラダイスだ。へへっ。
おっと危ない。頬が緩むところだった。主として威厳ある姿を見せなければ……
「主様にやけてる~そんなに僕たちが可愛い~?」
……威厳より信頼される方が大事だよね。
ということで存分に3匹を楽しみましたよっと。
――10分後。
「王よ、我々から王に頼みがあるのだ」
もふもふを堪能するのを一旦止めると、茶色の子が真剣な様子で俺に話しかけてきた。
「なにかな?」
「我ら3匹に名前をつけて欲しい。名前は王との繋がりを強固にしてくれるのだ」
名前、名前かぁ。それは俺も、もふもふしながらずっと考えていた。茶色の子、とか白い子、とか言うのも違うよなと思っていたのだ。
だが1つ問題がある。いや多分大丈夫だろうなとは思っているのだが、もしかしたらという可能性もある訳で――。
「茶色よ、主が困るだろう。名付けには許容量があるのだ。それを知らぬお前ではあるまい」
黒色の子が言った通りだ。
ペットに名前を付けるように、呼びやすさや分かりやすさのためにあだ名のような名をつけるのは問題ない。だが、茶色の子が言っているのはそういう類のものではないだろう。
つまりは――真名。
真名というのはテイマーがテイムした魔物につける特別な名前の事であり、テイマーが不遇職と呼ばれる要因の1つでもある。
真名は確かに強力な仕組みであり、真名を授けられた魔物は授けられていない魔物と比べると隔絶した強さを身につける。
それだけを聞くと名付け得だと思われがちだが、そこには大きな問題が生じていた。真名をつけると魂の許容量が減る。という問題だ。
別に許容量が減ってテイマーの身体が怪我するなどのことはない。ただ真名を付けられなくなるというだけだ。だが、それがテイマーとしては大問題。新しい魔物をテイムしても真名を付けることは出来ない。
早々に真名を付けてしまうと、真名を授けたこいつより強い魔物をテイムしたのに! と悔しがる事も少なくないらしい。そしてその感情は真名を授けた魔物に伝わってしまう。
そうなると真名をつけた魔物との信頼関係は崩れるわけで、やる気が無くなってしまったり、テイム主の所を離れてしまったりと、テイマーの戦力が大幅ダウンする原因となりかねないのだ。
さらにさらに、そもそもテイマーの魂の許容量は多くない。魔物をたった数匹テイムすることでいっぱいになってしまう事も少なくないらしいのだ。
まとめると、テイマーは自身より強い魔物をほぼ100%テイム出来ない。だから細かく段階的にテイムする魔物を強くしていくことで、ちょっとずつちょっとずつテイムできる魔物を強くしていって戦力を増強させる。
そこで役に立つのが真名だ。真名を使って階段を飛ばすかのようにテイム済みの魔物を強くすることで、そこから更に強い魔物をテイムすることが出来る。
だが、真名をつけられる回数はほとんどの人が数体で限界であり、強い魔物を真名付き魔物のお陰でテイムできても、その新しい魔物に真名をつけられない。そこから真名付き魔物と不和を生じさせるなんて事が発生する。
で、テイムした魔物との信頼関係が崩れて逃げられ落ちぶれる、と。最悪だね。
真名を使わないと成長速度が遅すぎて周囲においていかれるのに、真名を使える回数自体が少なすぎる。それなのに早く使うと使うで、後半で真名を使えなくて周囲に置いていかれ、その焦りから魔物と仲違いをして結局戦力を減らす。
だれがこんなテイマーとチームを組みたがるんだって話ではある。
不遇職と呼ばれるのも無理はない。理解と誰かの協力さえあればテイマーは未来ある職業だと俺は思うんだけどな。
「主様~黒の言うことも正しいよ~」
俺が思考に耽っていると、白い子がお腹に軽く頭突してきた。
「でもさでもさ~僕たちに真名をつけても魂の許容量が減りすぎないように、僕たちは子供の姿で出てきたんだ~。だから大丈夫だと思うけどな~」
「むっ、確かに白の言うとおりだな」
白い子の発言に黒い子も同意している。どうやら子供の姿で出てきていたのを忘れていた様子だ。
この可愛らしい姿は本来の姿じゃないんだという事実に驚きつつ、もしかしたら黒い子って若干抜けてるのかもしれない。なんて微笑ましいことを思いつく。
まぁ黒の子が抜けているっていうのは置いておいて。
「確かに魂の許容量とか正直良く分からない。けど、だからっていつまでも真名を取っておいても意味ないって俺は思うんだ」
いつか使うかもと考えて取っておいても、そのいつかがいつ来るのかなんて分からない。それこそ勿体ぶって一生使わないなんて事態にもなりかねないのだ。
そうなってしまったら本末転倒も甚だしい。超効能の高い薬を念の為と言って取っておいて、結局ただただ埃を被るだけの結果になるなんて有名な話があるくらいだからな。
という事で深く考えるのはやめよう。真名付けちゃえば良いじゃない。この子達こんなにも可愛いのだもの。
「よし! じゃあ全員真名を付けちゃおう!」
「良いのですか主?」
「良いの良いの! 俺は自分がテイムした子達は全員全力で可愛がるって決めてるんだ。だから最初から真名を勿体ぶる必要なんて無かったんだよ」
「流石は王だ。それでこそ我らが王に仕える甲斐があるというものだな」
茶色の子は言葉遣いは偉そうだけど行動は可愛いんだよな~。今もこんな偉そうな口調だけどゴロゴロ喉鳴らしながら俺の手にスリスリしてるんだから。
もうっ! 最高! なんて素晴らしい日なんだ!
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