第31話 テイム。……テイム?

 琥珀犬さんに揺られる事20分ちょっと。目的地に到着した。



 琥珀犬さんの乗り心地は抜群だった。まさかのお姫様抱っこだったのだが、ほとんど揺れを感じない快適な旅(?)のようになっていた。

 それに速さも尋常じゃない。辺りが真っ白すぎて正確な速さは分からないが、絶対に人間が出せるようなスピードではなかったと思う。顔に当たる風や移動してる感覚的にそう感じた。

 それに20分間スピードは一定だったと思う。つまりは瞬発的な速さではなく、持久できる速さですら俺からしたら異常なレベルということだ。


 恐るべし琥珀犬さん。


「ではこちらにどうぞ」


 琥珀犬さんに案内され、到着した目的地の中へと足を踏み入れた。

 目的地は、旅芸人がサーカスをするような赤と白の縞々模様で彩られたテントのような建物だった。


 真っ白の空間にそれだけがあるというのは違和感満載だったのだが、いったい何をするための部屋なのだろうか。


 それにさっきは琥珀犬さんを待たせるといけないと思って、琥珀犬さんの質問にすぐに答えたのだが、俺によってこの空間が作られているという言葉も謎だ。

 他にも俺が気持ち悪くなった原因とか、色々と質問したい事があることだし、遠慮なく聞いてもいいのだろうか。


「ではこちらにお座りください。それと色々と聞きたい事があるでしょうが、ヴェイル様の疑問にはお答え出来ないのです。そういう決まりですのでご容赦下さい」


 移動も終わって一旦落ち着いたので、改めて質問をしようとすると、先手を打って質問を封じられてしまった。

 琥珀犬さんは本当に申し訳なさそうな表情をしているため、どうしようもないのだろう。ほら、クゥーンって鳴いてるもの。仕方ない。



 さて、気を取り直して。

 質問を封じられたとは言え、この目の前にある物体の説明はしてもらいたい。横幅約1m、奥行き70cm程度、高さ2m弱の真四角の箱。手前側の上部には『ようこそ』と書かれている。それ以外には何の特徴もない真っ白の箱だ。

 目的地に到着して、俺が座らせられた椅子の正面にあるのだからこれが目的の物なのだろう。これは流石に聞いても良いやつだと思いたい。


「質問については分かりました。でもその……目の前にあるそれの事は聞いてもいいですよね?」


 謎の物体を指差し、琥珀犬さんの様子を伺う。申し訳なさそうな表情から笑顔に変わったので、これは聞いても良かったということだろう。


「えぇえぇ! こちらについては丁寧にご説明致します」


 琥珀犬さんは答えられる事柄だったことに安堵したのか、先程の苦々しい表情とは打って変わって破顔した。


「こちらは『運命の箱』と呼ばれています」

「運命の箱?」

「はい。ヴェイル様はエンシェントテイマーであらせられますね?」


 琥珀犬さんが、さも当然かのように問いかけてくる。

 俺はその様子に驚いてしまったが、こんな未知の空間に居るような存在なのだ。しかもこの空間は俺によって作られていると言っていた。俺の職業くらいは知っていてもおかしくはない。それになんだかこの人は安心できる。

 なので取り敢えずは円滑に話を進めるためにも頷くことにした。


「そこで1つの問題を抱えていることでしょう。それは――魔物をテイムすることが出来ない」

「……その通りです」


 不遇職と言われるテイマー。その中でも更にテイムが出来ないという致命的な欠陥を抱えている事を指摘された俺は、今すぐにでも何処かに隠れたい気持ちに駆られてしまう。それこそここから走って逃げ出したい程だ。


 簡単にテイムが出来ていたらどれだけ良かったことか。ノワには心配する必要はないと言われているけれど、そんな何の根拠もない状態で悠々自適に暮らせる度胸は持ち合わせていない。


「今現在魔物をテイム出来ないのはエンシェントテイマーにとって正常な事です。エンシェントテイマーは1度魔物をテイムしなければ、テイムできるようにならないのです」

「え?」


 なんだそれは? テイム出来るようになるにはテイムしなければいけないって言ってるのか? 一瞬で矛盾してることを言ってないか?


「ご安心下さい。その為に『運命の箱』があるのです」


 琥珀犬さんが運命の箱に触れて微笑む。

 すると、運命の箱は淡く光だし、表示されていた文字が変わった。

 『ようこそ』から『運命に導かれし者よ』と。


「運命に導かれし者?」

「運命の箱はその名の通り触れた者の運命を映し出し、具現化させます。ヴェイル様を導く為の道具であるかも知れませんし、常軌を逸した知識であるかも知れません。運命が何をヴェイル様にお与えになるのかは、文字通り運命次第なのです」


 そう力説した琥珀犬さんはその場から消えていた。消えた、じゃない。消えていた、だ。

 ずっと見ていたはずなのに、気づいたらその場から居なくなっていた。琥珀犬さんと目が合っていたはずなのに、今はその場に居ない。まるで最初からそこには何も存在していなかったかのように。


 なにより俺が一番動揺しているのは、琥珀犬さんが消えた瞬間を認識出来ていないという事だ。

 思い出してみても消えたと気づいた時にはもうそこに居なかった。全て過去に起こった出来事として認識しているのだ。正直俺の足りない脳みそでは理解が及ばない。


「でも不思議とそれを当然だと受け止めているんだよな」


 そんな気持ちを感じている事にも困惑している。

 いや厳密には急に琥珀犬さんが居なくなった事にも、感覚的には驚いているのだ。だが、驚いていない。

 んーいやね、自分でもおかしなことを言っている自覚はある。でも、そう表現するのが正しいのだ。……驚いていないと言うよりかは腑に落ちている? そうだよなと納得してる感じだ。


「……よし! 考えていても仕方ない。もとより琥珀犬さんは俺の理解の範疇外の存在だ。そう割り切ろう!」


 パチンと頬を叩き、眼の前にある運命の箱に向き直る。運命の箱には、相変わらず『運命に導かれし者よ』と書かれている。


 俺は琥珀犬さんがそうしていたように、運命の箱に触れてみた。そこから何かをするわけでもなく、ただ単に手のひらをその箱に触れさせたのだ。


『ようこそ』

「うおっ」


 運命の箱が急に無機質な声音で語りかけてきた。

 画面上に文字を表示するだけだと思っていたので、思いがけない反応にびっくりしてしまった。


「喋れるんですね」

『願いをどうぞ』


 俺の質問に対する返答はなく、ただただ事務的な対応をされた。会話ができるというよりかは、決められた言葉を決められたタイミングで話すだけなのかも知れない。


 それにしても願いか……それは勿論あれしかないだろう。


「俺はテイマーだ。魔物をテイムしたい」


 琥珀犬さんも俺が魔物をテイムできないという事を知っていた。それでもなお、運命の箱があるから大丈夫だと言っていたのだ。つまりはそういうことなのだろう。


『願いを確認いたしました。……エンシェントテイマーの資格を確認。運命の選定を行います。しばらくお待ち下さい……』





 運命の箱以外何もないテントの中で、運命の箱を見つめながら待つこと数分。途端に運命の箱が目が眩むほどに光だした。

 俺は腕で光を遮ろうとするが、あまりにも光が強くて意味がない。その眩しすぎる光に耐えきれずに目をつぶってしまった。


「眩し過ぎだろ!」


 なんて愚痴をこぼしながらも瞼を超えてくる光に耐える。

 

 次第に運命の箱は段々と明るさを失い、目を開けられるようになった時には既に運命の箱は無くなっていた。


 その代わりにそこには――



「む、貴方が主ですか」

「ふむ、我らを同時に呼び寄せるとは……やるではないか王よ」

「わーい! 主様主様!」

 


 ――3体の可愛い子猫が現れたのだった。

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