第30話 転移。うぇえ
「あら、ノワじゃない」
「サラリナ・ウィンテスター」
両者は名前を呼び合った後、無言で見つめあっていた。
魔法陣から出てきた金髪の女の子は、俺が中央図書館で受付の女性に止められていた時に助け舟を出してくれた子だ。
サラリナ・ウィンテスター。ノワと同じ公爵家の令嬢であり、ノワと同格の令嬢。この2人の様子を見るに、両家はただならぬ関係なのではないだろうか。
いつまでも見つめ合う2人の空気感に気圧され、誰もが口を開かずにいる。
変に口を出して両公爵家に目をつけられたくないのだろう。あの怒ると凄く怖いネイリア先生ですら、無言で見守っている。
そんな2人の間に割って入る人物がいた。
恐れ知らずなのか、はたまたそんなの関係ない程の人物なのか。
「ふ、2人とも、や、やめなよ……」
おどおどしつつも、芯を感じる瞳をした少年。この国で公爵家の人間に文句を言える立場にいる少年。
そう、ミエイル様だ。
「これはミエイル様。やめるも何もノワ様にご挨拶していただけですわ。ですわよね、ノワ様?」
「そうですミエイル様。別に何もありませんよ?」
ミエイル様が声をかけたのは効果抜群だったようで、先ほどまでの異様な圧迫感は跡形もなく霧散し、2人とも嘘のように明るい笑顔になっている。
「そ、そっか。それならいいんだ。じゃあ僕はもう教室に戻るよ。サラリナ嬢も早く戻った方が良いよ」
「そうですわね。ミエイル様がそうおっしゃるのなら戻りますわ。ではノワ様、アイファ様、ご機嫌よう」
ミエイル様が上手くサラリナ様を誘導してくれたお陰で、これ以上変な事にならずに済んだ。
それにサラリナ様はアイファの存在に気付いていないのかと思ったが、普通に気づいていたようだ。アイファもアイファで最後まで話しかけなかったし、この2人にも何かあるのだろう。
貴族や王族はしがらみが多そうだ。俺は絶対に貴族なんかにはなりたくない。こんな無言のせめぎ合いのような状況になりたくない。
改めてそう思ったのだった。
「じゃあ、前のクラスも全員終わったようだし、早速みんなも行ってみようね」
ネイリア先生がパンっと手を叩き、未だにどこかフワフワとしていたクラスメイトの気持ちをネイリア先生に向けなおす。
俺たちもこれから職業能力を高める重要な機会なのだ。出鼻を挫かれたような形になってしまったが、気を抜いて良いイベントじゃない。
「これが終わったら、君達の中にはスレイン王国で将来有望な若芽だと言われる子も出てくるだろうね。気を引き締めて頑張るんだよ。先生も期待してるからね」
ネイリア先生がそう言葉を紡ぎ、俺たちを順番に魔法陣へ誘導する。
「最初はキラニア君か。あたしはキラニア君みたいに積極的な子は好きだよ。じゃあ頑張ってきてね」
「はい! 行ってきます先生」
トップバッターはキラニアさんだった。魔法陣の上に立ったキラニアさんは、行ってきますと言った瞬間に光と共にその場から消えた。
50人全員が魔法陣の中に入るため、順番は関係ない。適当にどんどんと魔法陣に入っていく。
20人ほどが魔法陣の上に立ち消えたところで、俺たちの番が来た。緊張で心臓が激しく拍動している。
「私が先に行くわね。私は確実に能力を強化できるでしょうから、あなた達2人も頑張りなさい。じゃあ行ってくるわ」
ノワが一切の気負いなく魔法陣の中に消えていった。自身の心配など少しもしておらず、俺たちに頑張れと圧をかけてくる始末だ。
何だか緊張していた俺が馬鹿みたいだな。
「はははっノワ・ブルノイルらしいな。ヴェイルくん、私も行ってくるよ。私も最強の力を手に入れてくるからお互いに頑張ろう。ではな」
ノワの次はアイファが行った。こちらもプレッシャーを感じている様子はない。堂々と魔法陣に立つその姿は、何故だかこちらが勇気を貰える安心感があった。
緊張で激しく拍動していた心臓は、俺も強い力を手に入れるという興奮で拍動するようになっていた。今なら何でも手に入れられそうだ。
2人が行ったのだから次は俺の番だ。
俺は魔法陣の上に立ち、呼吸を整える。何だか俺も意気込みたい気分だが、気軽に話せる2人が既に魔法陣の中なのだから言う相手がいない。
取り敢えず先生に挨拶しておこう。あの2人はネイリア先生の事フル無視だったけどな。
「じゃあ先生、行ってきます」
「ああ、頑張るんだよ」
軽く手を振っている先生に頭を下げ、俺の視界はぐるっと一回転した。
激しい目眩の様な感覚に、気分が悪くなってその場にしゃがみ込む。
「うっ、何だ今の……」
自分という認識がぐしゃりと回るというか、何か大事な物が心から離れる喪失感というか……そんなものを感じた。
今のが転移の感覚なのか? それにしても寮の転移と違すぎる。
「いらっしゃいませ。ご気分が優れないのですか? ふむ……『リラックス』」
子供のような、それでいて大人のような、女性のような、でも微かに男性のような。そんな声が俺の耳に届き、リラックスという言葉が聞こえた瞬間に気分がスッキリとした。
鮮明になった思考回路で今の状況を把握するならば、俺は転移した先で知らない人に出会って魔法をかけてもらったのだろう。
何者だろうという疑問はあるが、これは先にお礼を言わなくてはならない。
そう思い顔を上げて声のした方を向くと、そこには犬が立っていた。犬だ。
ただしそれは普通の犬ではなく、140cm程の人型で顔だけ犬の存在だ。所謂コボルトの様な存在だろう。
「大丈夫ですか? 気分良くなりました?」
高級感漂う執事服を着たコボルトさんが、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。ハット帽を被っているし、モノクルと呼ばれる部類の眼鏡もかけている。犬なのに執事姿が非常に似合っていて、かっこいい。
「あ、すみません。だいぶ良くなりました。あなたが魔法をかけてくれたんですよね。ありがとうございます」
「いえいえ、ヴェイル様のお相手をするのが私の使命でございますから」
コボルトさんが手を差し出してくれたので、その手を取って立ち上がる。顔だけじゃなくて手も犬の手だ。
「自己紹介をしていませんでしたね。私、今回ヴェイル様の担当となりました。『琥珀犬』と申します。以後お見知り置き下さい、古代の
「えっと古代の朽黒というのは分からないですけど、ヴェイルって言います。よろしくお願いします」
琥珀犬さんはニコニコと微笑みながら、今俺がいる空間の奥の方へと案内してくれた。
この空間はどこまでも続く真っ白な空間だ。来た時は気分が悪すぎてそれどころじゃなかったのだが、ここは明らかに異常な空間だ。
そう思った理由は、前後左右どこをみても視界は限りなく奥に広がり、どこまでこの空間が続いているのかが把握できないからだ。
いくら真っ白な空間と言えど、壁があれば何となく分かる。だがこの空間には壁があるという感覚がない。つまりは、俺の感覚を信じるのならばここは俺の視覚外までずっと何も無い空間が広がっているという事だ。
俺がこの空間に疑問を抱いていると、ひたすらに前を向いて歩いていた琥珀犬さんが『ふむ困りました』と呟いて、俺の方に向き直った。
「ヴェイル様、大変申し訳ないのですが、ヴェイル様を抱えて走っても宜しいでしょうか」
「え? えっと、大丈夫ですけどなんでですか……?」
「この空間はヴェイル様によって作られているのですが、私の想定を超える程に広さが尋常ではありません。ここは空間と違って時間は歪んでいませんし、このままでは中央の目的地に着くまで相当な時間がかかってしまいます。ですので、ヴェイル様を抱えて走ろうかと思ったのです。如何でしょうか?」
いや、如何でしょうかと言われましても……。それって俺が走るのじゃダメなのか? いやダメなんだろうな。
俺の様な普通の人間の視界では確認できないような場所を、琥珀犬さんは何らかの方法で確認しているのだ。そんな特殊能力を持っていそうな琥珀犬さんがそう言い出すって事は、それだけ遠いという事なのだろう。
ここはお言葉に甘えて抱えてもらおう。
「お願いします」
「かしこまりました」
琥珀犬さんに抱えられて移動することになった。
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