第28話 闘技場。あらら?
――カンッ!
戦闘開始の音が響き渡った。
音と同時にアイギラが駆け出し、ススリアーノは本を開いて詠唱を開始した。
「ハッ!」
「――鈍化の怨をかの者に! 『スロウ』!」
ススリアーノは本を開いてスロウという魔法を発動し、アイギラは特に技名の無いただの突きを繰り出した。
ススリアーノの魔法が発動した瞬間、アイギラはガクンと何かに足を引っ張られたかのように身体を沈ませ、対象的にススリアーノはニヤリと笑みをこぼしていた。
この鈍化とやらがススリアーノが近接職を得意とする相手に無類の強さを誇っている理由なのだろう。
「くっ! なるほど、これは厄介だな。動きが遅くなる魔法か」
「ふふっよく分かったじゃないか。だが惜しい。惜しいよ実に」
この会話中もアイギラは突きをメインにしてススリアーノに猛攻を仕掛けている。それに対してススリアーノは余裕綽々といった様子で、小さな火や水を魔法で生み出して妨害しつつ、定期的にスロウを発動させてまともにアイギラが動けないようにしている。
そんな戦法を取られているアイギラは思うように動けない事に苛立っているようだった。一見ススリアーノの一方的な試合のように見えるが、アイギラもアイギラで魔法を食らっていない。このままでは決着がつかないだろう。
俺にはススリアーノがわざとアイギラに魔法を当てないようにしているかのよう見えていたのだが、ようやくアイギラさんの足に火の玉が直撃した。ススリアーノもしたり顔だ。
「――ッ! やるじゃねぇか。それにさっきの惜しいってなんだよ!」
「そんな簡単に僕が教えると思うかい?」
ススリアーノが繰り出している小さな魔法が次第にアイギラに命中するようになってきた。だが殆どは足や手で胴体から遠い場所に直撃している。
今までわざと当てていなかったのか、それともアイギラが魔法のダメージで避けきれなくなってきたのかは分からないが、このままではアイギラの負けが確定だ。ジリジリと削られて居ることに加え、脚がやられて機動力を削がれてしまってはどうしようもない。
「ほらほら、このままでは負けてしまうぞ? もう少し粘ってみたらどうだ。『ファイア』」
「うっ、くそっ! オラァ!」
鈍化で思うように動かない事と、足に幾つもの魔法を食らった影響でアイギラの動きは精彩に欠けたものとなっていた。魔法系とはいえその程度の攻撃なら、ススリアーノも危なげなく回避している。
「ふっ馬鹿だね――『スロウ』。事前詠唱を知らないのか? 馬鹿みたいに突っ込むだけじゃ勝てないんだよ。僕の呪いは完璧なんだ――!」
即効性の高い魔法による集中砲火を食らっているアイギラが、ピクリとススリアーノの言葉に反応した。
ススリアーノは自身の勝利を確信したようで、そんなアイギラの様子に気づいていない。
「雑魚が――死ね!」
「グファ! な、何で……」
俺がアイギラの様子が変わったということに気づいた時には遅かった。
ススリアーノは反応する暇もなく腹部を槍で貫かれており、口から血を吐いてその場に倒れ込んだ。
「しょ、勝者2年アイギラ! ――回復魔法使いはすぐに来るように!」
勝利の宣告と同時にアイギラは控室へと姿を消していった。その様子を見ていた観客たちは皆騒いでいる。
それはそうだろう。ススリアーノによる一方的な勝利に見えた試合が、理由も分からずアイギラの勝利になってしまったのだから。
急なアイギラの逆転。何かトリックがあるのだろうが、俺にはさっぱり分からなかった。
ずっと手加減をして様子見をしていたのか、何か自身を強化する手立てを隠していたのか。はたまた全く予想していないことなのかも知れないが、今の俺にはそれを判断できるほどの知識も意見を請える人脈もない。
「ま、考えるだけ無駄か」
そういうのはすぐに諦めるのが手っ取り早い。自身に関係のない事に頭を悩ませても仕方ないと考え直し、俺は賭けを主催していた人のもとに向かった。
「当たりましたね」
「凄いですよ! アイギラに銀貨1枚賭けていたお兄さんには、金貨4枚の報酬です! いやぁ~一気に稼ぎましたね!」
「金貨、4枚……?」
金貨4枚って銀貨何枚だ? 金貨1枚が銀貨10枚だろ? ってことは銀貨40枚……? まじかよおい。
「じゃあなお兄さん。また今度来たら賭けてくれよ~!」
俺は金貨4枚を握りしめながら闘技場を後にした。とりあえずこのお金を部屋に置きに行こう。こんな大金持ってるだけで怖い。
一旦部屋に戻って金貨を入れ物にしまい、また再度地下1階へと戻ってきた。
地下1階はメインの施設が先程の闘技場だったようで、観覧席の入口の他にはちょっとした小物を売っているお店や、談笑室や娯楽室といった小さい娯楽品で遊んだり交流を楽しむ場所、更には小さな図書室があった。あとは仮眠室や体を休めることを目的とした休息室なんて名前の部屋もあった。
そして場所は変わり今度は地下2階だ。
地下2階は訓練場ばかりであり、石畳の訓練場や森の中を想定した訓練場、水中や起伏の激しい荒野なんて訓練場もあった。さらには闘技場の選手控室の入口も地下2階だった。
当たり前なのだろうが医務室もあった。ススリアーノ選手はここに運ばれたみたいで、普通に無事だったみたいだ。あの闘技場内限定で発動する身代わりのアクセサリーを付けてるから問題がなかったのだとか。すごい技術だ。
地下2階は明らかに他の階より広い。2倍の差はあるだろう。それだけ各訓練場は広く、多種多様な状況を想定された訓練場が多かったのだ。過酷な環境下での訓練を事前に出来るというのはありがたい。
だがここで違和感にはっきりと気づいた。いや、薄々ずっと考えていたのだ。
「戦闘職に有利な施設しかなくないか?」
そう、これなのだ。
訓練場や闘技場、戦闘で疲れた体を癒やす部屋などなど。明らかに戦闘職の為の施設ばかりだ。いや、しかない。と言っても過言ではない。
王立学園は戦闘職だけでなく研究職や生産職などの千差万別な職業を受け入れている。それがこの学園の方針でもあるし、各分野で偉人級の天才を生み出すために必要不可欠なことなのだ。
だからこの特寮にも戦闘職ではない人が多数存在しているはずだ。個人の成績は戦闘力ではなく、各職業能力に見合った評価方法になっているはずだからな。
「なんでだ?」
「それは棲み分けというものだ」
俺が悩んでいると、急に後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、その声の正体は先程闘技場で戦っていたアイギラ先輩だった。
「棲み分けですか?」
「そうだ。確かにこの学園には戦闘職以外も多く在籍しているが、それでも戦闘職の割合は圧倒的だ。戦闘職の方が目に見えて評価しやすいという事もあるが、情熱的な者には戦闘職が発現しやすいんだ。それに世界に名を馳せる研究職は学園に入らないことも多い。言っては何だが変人が多いからな」
「なるほど」
アイギラ先輩は先程の戦闘中の気性の荒さが嘘であったかのように、懇切丁寧に説明してくれた。
曰く、学園全体の職業割合が戦闘職に傾いていること、更には戦闘職は評価されやすいということ、その点から特寮は他の寮よりも戦闘職の割合が多いらしい。だから特寮の施設は戦闘職向けの施設が多い。他の職向けの施設も無いわけでは無い。
曰く、それに比例して他の寮、例えば上寮は研究職や研究職寄りの魔法職何かが多いらしい。だから研究施設や錬金室などが上寮にはあるのだとか。ちなみに特寮生は上寮や下寮の施設は使い放題だ。他にも寮の中じゃなくて普通に研究棟というものがあるし、実験をする建物も学園敷地内にあるそうだ。
「――まぁ理由はこれだけじゃないんだが、取り敢えずは棲み分けってことが分かったろ?」
「分かりました。それにしてもアイギラ先輩って、武力だけじゃなくて物知りなんですね」
「お? アタシの名前知ってんのか。もしかしてさっきの戦闘見てた感じか? 戦闘中のアタシは忘れてくれ。戦闘中はつい興奮しちまって口が悪くなるんだ」
アイギラ先輩が恥ずかしそうに頬を掻く。
「ははは、そうなんですね。でも凄く強くてカッコよかったですよ。あの逆転もびっくりしました」
「あー、ありがとな。まぁあれは相性が良かったんだよ。他の奴じゃ勝てないだろうなススリアーノに」
「相性ですか……?」
「ま、詳しい話は秘密だ。いつかお前とも戦うことになるかも知れないしな。じゃあな~1年~」
アイギラ先輩はそれだけ言うと、手をひらひらと振りながらこの場を去ってしまった。
相性という言葉が非常に気になるが、さっきも言った通りある程度の予測は出来ても答えは分からないのだ。だから考えても無駄だろう。これは思考放棄では決して無いぞ。
こうして寮内の1人見学ツアーは終了した。
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