第27話 ご挨拶。まじすか

 廊下から入ってすぐの部屋――これからは応接室と呼ぼう――に入ってすぐの所に置いてあった自分の荷物を広げ、適所に置いていく。

 お風呂での物品はお風呂場に、トイレの物品はトイレに、自分の服は主寝室のクローゼットに、食事を作るための道具はキッチンに……って感じだ。


 これは1時間程度で終わった。まぁ荷物も少ないからこんなものだろう。生活していく中でどんどん増やしていこう。



 自分の部屋――部屋というかもう家みたいなものだが、その空間を自分好みで生活しやすいように変えた後は、ご近所さんへの挨拶回りだ。


 そう考えて部屋から出る。挨拶はとりあえず正面と隣だけでいいだろう。まずは隣だ。


「すみませーん」


 扉をノックするが、返事はない。それに出てくる様子もない。


「出かけてるのかな?」


 そういえば扉に名前が彫られた札が貼られているんだった。それを思い出して扉に貼られている札を見てみると、そこにはウリエラと書かれていた。


「ウリエラ先輩と隣の部屋だったのか」


 さっきまで俺の案内をしていたのだし、案内が終わった後転送陣に向かうのも見ている。そりゃ部屋にいなくて当たり前だ。

 そうなれば後はお向かいさんと挨拶するだけだな。



 お向かいさんの部屋に向かい、今度はノックする前に名前を見る。キューラ・フラウベアさん。


「は、はーい」


 コンコンコンと3回ノックすると、今度は部屋の中から返事が聞こえた。留守ではないようだ。



 少し待つと部屋の扉がガチャリと開く。出てきたのは身長170cm程の大柄な女の子だった。髪の毛は癖がなく栗色で、短いボブヘアーに淡い茶色の瞳をしていた。

 女性にしては大きな体格に反して、顔つきは非常に柔らかく、どこか気の弱そうな印象を受ける。だが一番印象的なのはその頭についたものだ。クマ耳。ぜひとも触らせて欲しい!


「急にすみません。ヴェイルって言います。今日からこの寮に来たので、向かいの部屋の人に挨拶しようと思って」

「あ、そうなんですね。私も今日から来ました。1年生です。あ、キューラ・フラウベアって言います。よろしくお願いします」


 俺の予想通り、少し気が小さいのかもしれない。もしくは人見知りなのかも。声も小さいし何より無害感溢れるにこにこ笑顔だ。どちらかと言うと小動物感がある。クマだし大きいけれど小動物感だ。


「よ、良かったです。ヴェイルさんが優しそうな人で」


 急にキューラさんがそんな事を言いだした。


「なんでですか?」

「私、熊人族の中でも小さい方なんです。それに気も小さいし、戦闘でもあんまり率先して戦えないんです。それでよく周囲の人からは才能の無駄遣いとか言われて、もっと戦えとか言われて、頑張るんですけど怖くて……だから……」

「あぁ~そうなんですね。大丈夫! 俺は万人に優しいで有名ですから! あはは」


 誰かに言われたことはないけれど、他人に優しくするがモットーだから嘘は言ってない。嘘は。


「そう、ですね。なんだか学園生活頑張れそうです。これからお向かいさんとしてよろしくお願いします」

「はい! よろしくお願いします」


 キューラさんがペコリと頭を下げ、部屋の中に戻った。

 このご挨拶に素晴らしいスタートが切れたと大満足だ。あの2人の感じならご近所トラブルとかは起きなそうだし、とりあえずは安心だな。



 さあて、次は何をするかなー。


 部屋はある程度整えたし、明日は職業の力を高める魔法陣とやらに行くだけで特に授業の予定はないから問題ない。というかどんな授業があるのかという説明すらまだ受けていない。

 となればやっぱ寮の散策だな。




 そう決めて寮の散策を始める。

 確か2~5階は全部部屋だから散策の必要は無い。だからこの寮の中で見て回るのは1階、地下1階、地下2階の3つだ。



 転移陣に乗って1階へ移動する。

 1階はエントランス兼食堂に、ちょっとしたお店もある。部屋にも食事をする場所はあるが、俺みたいな自炊しない人とか料理がめんどくさい時に使うことになるだろう。

 俺はもっぱらこちらの食堂を使うことになりそうだ。



 そんな事を考えていたら、そういえばお腹が空いていたと思い出したので食堂のご飯を食べてみることにする。



 食堂は席がいくつもあって、カウンターらしき所でメニューを見て受け取る制度になっていた。奥の方を覗いた時に個室が見えたが、食堂のおばちゃん曰くそちらは予約制でノワやアイファのような人が使うみたいだ。


「うーん取り敢えず野菜炒めにしようかな」

「はいよー」


 カウンターで恰幅の良いおばちゃんに食事を頼む。そうすると13番という紙を渡された。この番号で呼ばれたら取りに行くみたいだ。良いシステムだと思う。

 というかお金を請求されなかったな。なんて思いながら席に座り、料理が出来るのを待つ。特寮の特権なのかもしれないな。



 5分ほどたった辺りで先程のおばちゃんが13番~と呼び、料理を受け取りに行った。

 料理は見た目も良く、お皿にまでこだわりを感じられた。それに勿論見た目だけの誤魔化しなんかではなくて味も超絶品だった。大大大満足だ。





 今度は地下1階に移動する。

 地下1階は休憩するための設備や娯楽室なんかがあるらしい。娯楽室とはなにがあるのか気になる所だ。

 例えば演劇なんかをやっているのだろうか? でも特寮とはいえ一つの寮の中に劇場を作るのはやりすぎか。ないな。


 色々と考えては否定してを繰り返しながらキョロキョロと辺りを散策していると、観覧席という札が書かれている扉を見つけた。


「まさか本当に演劇場だったりする?」


 そんな期待を胸に入ってみると、そこは演劇場の観覧席などではなく、熱気溢れる闘技場だった。しかも驚くことに現在進行系で戦闘をしていた。


「はいはい~この試合はもう締め切ってるからね~。次の試合は2年アイギラと3年ススリアーノの対戦だよ! どっちに賭けるかい!」


 なんと闘技場での戦闘を見るだけではなく、生徒が主催をしている賭け事まで行われているようだった。

 良いんですのこれ?


「そこのお兄さんも賭けていくかい?」

「え、賭けですか……」


 少しは興味はあるんだが……やって良いものなのかこれ?


「それにどっちが良いとか正直分からないよな」


 悩んでる間に先程の試合が終わり、次の選手が出てきていたようで、それぞれがアピールのために試合前の演舞を行っていた。


 片方は槍を持った長身の女性。無駄な脂肪なんて1つも無さそうなほどに引き締まった肉体を持っている。そしてその肉体を惜しげもなく見せびらかすかのような露出度の高い戦闘衣装を着ている。目のやりどころに困る選手だ。多分こっちがアイギラ選手。


 もう片方は本を持ったメガネを掛けた男性。女性とは違い身体全体をすっぽりと覆うローブを着用しており、ひと目見て魔法系の職業なのだろうと予測できる。こちらはアピールしつつも対戦相手の動きを観察しているようだ。こっちがススリアーノ選手。


「今回は槍使いのアイギラが大穴だよ! ススリアーノは近接武器と戦うのを大得意としているからね! みんながススリアーノに賭けるものだからアイギラの倍率が凄いことになっているんだよ」

「へぇそうなんですね」


 ぱっと見、アイギラさんの方が強そうに見えた。だがそれはススリアーノさんが一切動かないので実力が分からないからだ。

 それに俺以外のここにいる人はほとんどが上級生だろう。入学早々賭けに来る人なんて……いないよな? そんな上級生達がススリアーノさんにこぞって賭けてるということは、ススリアーノさんは相当な手練れなのだろう。

 ここはススリアーノさんにしておくのが無難か?


 そんなふうに悩んでいると、ここから少し離れた場所に座る男性二人組がなにやら気になる言葉を発していた。


「アイギラって奴は見たこと無いな」

「今年になって特寮に移動になったらしいぞ」

「なるほどな、てことは闘技場は初参加か?」

「だな」


 なるほど? アイギラさんは初参加なのか。つまり先輩たちもアイギラさんの実力は知らないと……大穴、か。


「お兄さん、もうすぐ始まるから締め切っちゃうよ。どうする?」

「じゃあ俺は――」


 俺は生活費を除いた全財産である銀貨1枚を賭けて席についた。

 そしてその直後、戦闘開始の音が鳴り響いた。

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