第26話 特寮。おぉ……!

 特寮――スレイン学園に存在する寮で最も豪華で、最も入寮生徒数が少ない寮である。


「ここが特寮か」


 校舎を出て歩くこと3分。

 この意味が分からないくらいに広大な敷地を有する学園の中で最も教室棟に近い建物だ。その外見は王都内にある貴族御用達の豪華な宿屋のようで、入寮数は最も少ないのにも関わらず、この学園の中でもトップに食い込む大きさをしていた。


「流石は学園が誇る特寮ね」

「まぁ私達のような王族やノワ・ブルノイルのような公爵家が入寮することも想定されているからな。半端な寮は作れないという事だ」

「なるほどね。確かにこのレベルなら王族や公爵も満足できそうだ。平民の俺には過剰に思えるけどな」

「まぁそこは慣れね。ヴェイルにはずっとこの寮を維持して貰わないといけないし、頑張りなさい」

「はぁ、頑張るよ」


 維持という単語にプレッシャーを感じつつも、人生で1度も泊まったことのないような豪華な寮に脚を踏み入れる――はずだったのだが、入る前に入口にいる警備兵に止められてしまった。


「学生証の提示をお願いいたします」

「学生証? あぁ、先生から貰ったやつか」


 学生証は適度に硬いが、力に自信のある生徒なら誰でも折り曲げることが出来そうな薄い板状の物だった。どうやらこの特寮に入るにはこのカードが必要なようだった。学生証の情報と特寮入寮生の情報を比べて一致するか確認しているのだろう。

 俺達3人の学生証を視た警備兵は、何かを虚空に呟くとこちらの顔を見て再度口を開いた。


「3人とも確認が取れました。入学おめでとうございます。アイファ様、ノワ様、ヴェイル殿。そしてようこそ特寮へ。私は特寮の警備隊長を任されております。この寮の治安は私が管理しているので、どうぞご安心してお休み下さい。では中にどうぞ」


 警備隊長さんに道を開けてもらい、俺達3人は中に入った。特寮は警備体制も万全のようだ。


「あの警備隊長は以前王宮で見たな。多分だが王宮から配属された国所属の正規騎士だろう。今年は私とミエイルという王族に加え、ノワ・ブルノイルやサラリナ・ウィンテスターといった公爵家、更には侯爵家伯爵家も多く入学しているから警備体制を強化したのだろうな」

「国所属の騎士……もしかしなくても凄い人なのでは?」

「国所属の騎士なら下級貴族は頭が上がらないほどの権力を持ってるわね」

「大物じゃん」


 貴族ですら下級なら頭が上がらないとかいう人物が警備隊長って……警備体制が万全すぎる。まぁ万全に越したことはないから良いんだけどね。





 という会話をしながらゆっくり寮の奥に進んでいると、多分先輩らしき2人の男女がこちらに向かってきた。


「入学おめでとうございます。アイファ様、ノワ様」

「うむ、ありがとう」

「ありがとう」


 2人の内男性のほうがノワとアイファに、貴族によくある綺麗な挨拶をした。

 男性がノワとアイファに挨拶しているのを見ていると、もう一方の女性が俺に話しかけてきた。


「君も入学おめでとう。私はウリエラ。3年。この寮の副寮長。こっちのアイザムは寮長。彼は貴族だけど私は平民。よろしくね」

「ありがとうございます。俺はヴェイルって言います。よろしくお願いします」


 こっちが自己紹介をしている間に、あちらの話は終わっていたようだった。

 それもそうか。相手はノワとアイファの事を知ってる訳だし、自己紹介も殆ど無いようなものか。


「では特寮の説明をします」



 アイザム先輩が代表して特寮の説明をしてくれた。

 特寮は地上5階の地下2階建て。1階がエントランス兼食堂やちょっとした小物を売っている売店があり、2~5階は各自の部屋。1年から4年まで合わせて120名が居るため部屋は各階30部屋ずつとのことだ。

 地下1階は休憩目的の特殊な設備や娯楽室等々。地下2階は訓練場がメインとなっているらしい。そして各階の移動は魔導転送陣が設置されているらしく、魔力を込めて行きたい階を念じれば勝手に飛んでくれるらしい。便利だ。

 

 そしてこの寮のルールは他の寮よりも緩いらしく、ルールは全部で2つだけ。

 研究室やその他許可がある場所に泊まる以外は、22時には寮に戻っておくこと。

 寮内では暴れないこと。

 この2つだけだ。ルールの数も少ないし、門限も他の寮より緩いらしい。


 更に貴族なら2名まではメイドや執事を呼んでも良いらしい。勿論学園の許可は必須となるが。それは2人とも知っていたようで、既に呼んであるらしい。今日のお昼にはこの学園に来るらしい。


「基本的なのはそれぐらいです。疑問があれば寮に入っている他の先輩にも気軽にお聞きください。何でも答えてくれると思います。では3人のお部屋をご案内しますね」


 そうして俺はウリエラ先輩の案内で4階、ノワとアイファはアイザム先輩の案内で5階の部屋に割り当てられた。

 階段で行き来も出来るけれど、魔導転送陣があるので移動に苦はない。俺等みたいに4階や5階でも何の問題もないのだ。


 魔導転送陣は入ってきた扉から一番奥にあった。横長であるこの建物の正面最奥の中央部。入口と真反対にあたる場所だ。そこにある魔法陣に乗って4階と念じる。すると一瞬で4階に着く。


 魔法陣を降りてウリエラ先輩について行く。魔法陣がある部屋を出て真っ直ぐ進むと左右に道が分かれており、そこを右側に曲がる。その最奥まで行くとようやくウリエラ先輩の足が止まった。どうやら突き当りの左側の扉が俺の部屋のようだ。


「ここがヴェイルの部屋。これが鍵。部屋の中の案内は必要?」

「うーん、大丈夫です。部屋の中は自分で見ます」

「分かった。じゃあまたね」

「はい! ありがとうございました」


 会話少なにウリエラ先輩はこの場を去った。寡黙な人だ。


 俺に割り当てられた部屋は角部屋なので、部屋から見て正面と→側がお隣さんだ。正面はお隣さんって言っていいのか? まぁいいか。


「あとで挨拶にいかないとな」


 否が応でも4年間はこの部屋に住まなければならないので、お隣さんぐらいには挨拶をしておいたほうが良いだろう。


 そんな事を考えながら扉を潜る。部屋の中に入り、とりあえず全体を把握しようと思い詳しくは見ずに室内をぐるっと一周する。


「広いな」


 ついそんな言葉が溢れてしまう。

 ここに来るまでの廊下で扉と扉の距離がそうとうあることから予想は付いていたが、平民の一人暮らしには過分な大きさと豪華さだった。



 廊下から扉を潜ると、すぐに大きな部屋に繋がった。

 その部屋は応接室のような造りになっており、6人がけのテーブルとその奥には執務机のような古くも高級感を漂わせる机が置いてある。部屋の左右には本棚や何かに使えそうな棚が複数個置かれていた。それに最初から観葉植物や絵画などの装飾品まで備え付けられていた。まるで貴族が使用するような一室だ。

 そしてこの部屋には扉が3つ付いていた。左側奥に1つ、右側手前に1つ、正面右に1つだ。それぞれ左側奥は主寝室、右側手前は従者用と思われる部屋、正面右は食事スペースになっていた。


 右手前の従者用の部屋は、装飾品は一切ないが大人が2人並んでも寝れるサイズのベッドと、豪華さはないものの細部までこだわられているだろう机、そして服を入れるクローゼットに棚が2個置かれていた。後はトイレとお風呂。そして入口と別に扉が1つあった。


 正面の食事スペースは入って左側に6人が座れる大きな机があった。1人で食べるには寂しそうだ。そしてここが食事スペースだと考えた理由は、この部屋に入って右側の奥にある扉がキッチンと繋がっていたからである。

 ちなみにキッチンは従者用の部屋にある扉とも繋がっていた。だから従者用の部屋を従者用だと考えたわけだ。


 そして応接室左奥の主寝室は、従者用の部屋とサイズは同じだが装飾が凝らされておりマットも更にふかふかなベッドと、クローゼットや棚、紅茶やお菓子を嗜むのに最適そうな質素ながらも貧乏臭さを感じさせない丸机が置かれていた。どれもこれも従者用の部屋より豪華な装飾が施されている家具だ。そしてその部屋には更に3つの扉があった。

 1つは倉庫、そして残り2つはトイレとお風呂に繋がっていた。どれも俺にとっては1人で使うには広すぎるくらいのサイズだ。


「うん、嬉しい。嬉しいんだけどさ……落ち着かねぇ……」


 

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