第22話 「私」 sideアイファ・ディ・スレイン

 【???】 



 私は優秀だ。


 自分という意思が定まった頃には既に努力を始めていた。自分という人格が定まってきた頃には目標を設定していた。


 私は王族だ。第一王女だ。


 民の希望であり民の剣でなければならない。あの美しく気高いお母様のように。お母様のように。


「天才」

「神童」

「神が齎した奇跡」


 なんて心にもないことを言う奴らも多い。

 天才、神童、奇跡? 

 そんな訳ないだろう。

 私は凡人だ。

 ミエイルとは違う。

 だが決して怠惰ではない。

 努力、努力、努力。

 寝る間も惜しんで努力を重ねた結果が今の私だ。


 

 私は剣が好きだ。

 剣は嘘をつかない。

 私が剣を握れば、剣は私を見つめ返してくれる。

 私が剣を振れば、剣は私に微笑んでくれる。


 私は剣が好きだ。

 まっすぐで何も言わない剣が。



◆◆  ◆◆



【13】


「間もなく定刻の12時となる! みな、私達の姿をしっかりとその瞳に、その記憶に焼き付けろ! 今日、スレイン王国に新たな英雄が誕生するぞ!」


 1月1日。

 多くの未来ある希望の芽が、絶望し、許容し、幸せを噛み締める日。

 そんな日に私は民に向けて演説をしていた。目的の為に、傲慢に尊大に、民が望む神童を演じて自身の役目を果たす。


 我が国の王族は他国の王族と比べても特殊だ。

 他国の王族よりも黄金の粒子が発現しやすい。どうやら初代国王の功績らしい。


 本物の神童は神の公平性すら捻じ曲げてしまうのだな。






 職業を授かる時間が来た。

 私は凡人だ。されど努力を怠らなかった。

 神は全ての人に平等で、公平で、残酷だ。どれだけ努力をしていても叶わぬことだってある。


 それが神の定めた世界なのだから。


 だか、私は確信している。私は黄金の粒子を授かる。私は選ばれる。そんな根拠もない自信に溢れる。


 凡人だが無能ではない。




 体が黄金に輝き出した。

 民達が黄金に包まれる私達を見逃さぬ様に目を見開き、歴史に刻まれる瞬間を今か今かと待ち侘びる。


 そして天から黄金の光が降ってくる。強く太く光り輝く希望の象徴が。



 ――私ではなくミエイルに。



 私はその太く大きな光に巻き込まれただけ。ついでのように中くらいの黄金の光を貰っただけ。


 私は凡人だ。

 けれど努力は怠っていない。

 神は残酷だ。

 そして酷く公平だ。



◆◆  ◆◆



【10】

 

 夢を見た。

 剣を握らずに花の冠を被っている夢。真っ白な花の冠。


 夢を見た。

 淑女らしくない無骨な手ではなく、細く白い手で編み物をする夢。


 夢を見た。

 猛々しい男どもと訓練をするのではなく、令嬢とお茶会をする夢。





 私はアイファ・ディ・スレイン。お母様のように気高く強い武人になる人間だ。

 私は第一王女。政争の駒であり戦争の駒になる人間だ。


 国のため民のため、自身の身を糧に国を発展させていく。それが私の使命だ。





 だというのに日に日に眠るのが楽しみになっているのは何故なのだろうか。



◆◆  ◆◆



【5】


 とある少女と出会った。


 ブルノイル公爵家。

 国王派筆頭の公爵家であり、この国で最も敵対してはいけないと言われている貴族。残酷で残虐で悪逆非道。貴族社会でそんな評価をされている悪辣な一家。

 というのは本当なのだろうか。

 

 お母様は言った。


「ブルノイル家がで最大の敵よ。特にノワ・ブルノイルに気をつけなさい」


 敵。ならば私が将来倒さなければいけない相手ということだ。ならば今のうちから情報収集をしておいたほうが良い。仲間のふりをして弱点を知ることが最も効率的だ。


「お初にお目にかかります殿。ブルノイル公爵家が三女、ノワ・ブルノイルと申します」


 死を彷彿とさせる程に濁りのない黒色の髪。全てを見透かしながら全てを見下していそうな赤い瞳。

 ひと目見て理解した。この女は人を人とも思っていない。私のことをアイファ・ディ・スレインとして見ていない。



 彼女の瞳に映っているのはただの第一王女だ。



「どうか致しましたか?」


 人形のように可愛らしく不気味な顔が私の顔を覗いてくる。

 産まれる前に捨ててきた恐怖心が心の奥底から芽生えてくる感覚がする。小さな小さな、常人では一切気づかないだろうその私の感情の発芽。それを彼女は感じとった。


 なんで私がそれに気づいたのか。それは、仄かに彼女の口元が弧を描いたような気がしたからだ。


「……なんだ?」


 ノワ・ブルノイルの細くしなやかな手が私の手を握ってくる。断りもなく王族に触れるのは不敬だ。それは周知の事実。


 だが断れない。

 咎められない。


 得も言えぬ圧迫感が私の体内を巡る。


「貴方は王妃様の傀儡では無いのですよ。自分の心に正直になりなさい」



 私は初めてお母様の言いつけを破った。



◆◆  ◆◆



【???】


 私は剣に生きる女だ。

 誰よりも強く、誰よりも気高く、誰よりも誇らしく。


 だがそれは難しいものだな。



◆◆  ◆◆



【13】


 王立学園の試験の日がやってきた。

 王立学園に入学すれば、私達は小さな世界を体験することになる。貴族も平民もいる。人間も獣人もいる。

 

 それだけの人がいれば差別や優劣なんていう事象が発生し、さながら小さな世界といった様相を見せてくる。


 特に今年は危険だ。

 天使のいたずらか、悪魔の祝福か。今年の受験生は曲者揃い過ぎる。


 王族、三大公爵家、六侯爵、一辺境伯という大物貴族達だけでも手一杯だと言うのに、獣人やエルフ種等の有名氏族とその家臣、国をまたいで活躍する豪商の娘や隠居した賢者の弟子、そして未だ見ぬ実力者等々。

 どうしたらこれだけの人材が同年代に集まるんだ、という当然の疑問が至る所から聞こえてくる。



 そんな曲者ぞろいの中で、私はこの小さな世界の頂上に立ち続けなくてはならない。次席に埋もれていては駄目だ。常に首席、常にトップ。それこそが私の使命なのだ。

 ミエイルの事は気にしなくて良い。あいつは絶対に1位を取らない。


『貴方は王妃様の傀儡では無いのですよ。自分の心に正直になりなさい』


 そんな雑念が脳裏に過るが、今は関係のないことだ……








 不思議な少年を見つけた。

 顔立ちが良く白銀に近い金色の髪を持ち、お世辞にも洗練された立ち方とは言えないものの不思議と目を引かれる少年。いつか感じた不思議な感情を彷彿させる少年。


 そして何より目を引かれるのが、ノワ・ブルノイルと共にこの場に来ていること。私に向けるような嗜虐的な瞳ではなく、他の人物を見る時の見てない瞳でもない。普通の女性の瞳をしたノワ・ブルノイル。


 あのノワ・ブルノイルに興味を持たれる少年。

 不思議と目を引く少年。


 話してみたい。どんな人間なのだろうか。どんな考え方をするのだろうか。無骨な手の女でも嫌な顔をしないだろうか。筋肉質な女は嫌いじゃないだろうか。


 ……花は好きだろうか。










 ……私は今何を考えていた? 駄目だ。こんなのは私ではない。


 鍛錬が足りていない。肉体的に、精神的に追い詰められていない。心に余裕があるからこんな思考をしてしまう。なんて不甲斐ない。



 私は剣に生きる女だ。

 私は剣が好きだ。

 まっすぐで何も言わない剣が。



 だからノワ・ブルノイルに今日も言いがかりをつけに行く。私に対する冷たい瞳を見るために。私を玩具のように見る嗜虐的な瞳を見るために。



 私は凡人だ。

 私は政争の駒だ。

 私は戦争の駒だ。



 酷く滑稽で、世界を騙し、自分を騙し、国を騙し、民を騙し……世のため人のため、そんな綺麗事を並べて鍛錬を繰り返す。


 心の底から湧き出る醜い感情を擦り潰すために今日も心を追い詰める。


 世界と自分との境界を曖昧にして、矛盾している心と現実に向き合わないようにしながら今日も生きる。


 こんな意味の分からない事を常々考えながら生きていく。


 







 私は、私は……。


 それでも私は夢を見る為に今日も眠りにつくのだろう。

 花束の中に居る少年に心躍らせながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る