第19話 実力試験。それはさぁ……

「そこまで!」


 大男試験官の野太い声が会場に響き渡る。その瞬間に会場中に響いていたペンの音も鳴り止む。……少しだけ音が残っていたかも知れないが、終わらなかったのだろう。まだ書いていたい気持ちは分かる。


「では回答を回収するため、そのまま席に座って待っているように」


 計7人の試験監督が紙をどんどんと回収していき、5分程度で紙が回収される。そうしたら大男の案内で次の試験会場に移動だ。






 数分歩いて到着したのは演習場らしき場所だ。どうやら俺達が来るまでに他のグループが実力試験をやっていたようで、俺達と入れ違いになるように出ていった。

 100グループもあるから効率よく3つの試験を別の順番で回してるのか。


「ここでは実力試験を行う! 方法は問わない。自分の実力を示せ!」


 細かい説明を聞くと、1人当たり制限時間は8分。全7人の試験監督の誰かしらに披露するということだった。

 100人を7人で見て1人当たり8分か。ちょうど120分だな。よく考えられてる。


「では誰からでも良い! 7人の試験官の何処かへ行け!」


 その言葉を皮切りに受験生が一気に動き出した。みんな王立学園を受験するくらいだから意欲旺盛だ。我先に我先にと試験官のもとに集まっている。

 それを観察している俺は勿論出遅れたというわけだ。



 既に7人の試験官達の前には行列ができている。俺のように何処にも並んでいないのは俺含めて3人だけだ。

 茶髪縦ロールの貴族令嬢と、隅っこで体育座りしている暗そうな男の子だ。ん? ていうかあの令嬢どっかで見たな。と考えていると、貴族令嬢がこちらに歩いてきた。


「失礼、あなた何処かで会ったことがありません? ……あぁ思い出しましたわ! 先日の試験の日にノワ様と一緒にいた方ですわね! 私ウェルミア・フィルデークと申しますわ!」

「あ、ああ! この前の! ご丁寧にどうも、ヴェイルと言います。よろしくお願いします」


 そうだ、この前ノワがアイファ様に絡まれる直前に挨拶しにきた令嬢だ。ていうかフィルデークって言ったか? フィルデークってアシュミーの村がある領地の名前じゃないか?


「フィルデークと言うと、スカッチ村がある所ですよね?」

「よくご存知ですわね! スカッチ村は我が領自慢の牛乳の名産地ですのよ!」

「へぇそうなんですか! 牛乳良いですね、今度機会があれば是非買いたいと思います」

「あらそれくらい送りますわよ。ノワ様のお宅に送ればよろしいかしら?」

「えっいやそこまでして貰わなくても大丈夫ですよ!」

「ノワ様とは親しくさせて頂いてますので、ノワ様のご友人にも何かしたいのですわ!『私からの恩は他の誰かに返せ』とノワ様に言われてるんですの」

「えっと、じゃあお願いします」


 ノワに挨拶していた人がアシュミーの村がある領地の領主の娘で、その人が同じ試験会場でたまたま出会うという偶然があったお陰で、時間を潰す相手の確保に成功した。

 会話に花を咲かせていたらあっという間にどの列も人が少なくなっている。そろそろ行ったほうが良いだろう。


「ウェルミア様は何処の列に並びますか?」

「先程からウェルミア様と呼んでいますわね。ヴェイル様はノワ様の事を何とお呼びになって居るんですの?」

「あーノワはノワって呼んでます……」


 気まずい! ノワって大貴族だから普通呼び捨てなんて出来ないんだよな……怒られないか俺?


「ですわよね! それなら私もウェルミアで良いですわ! ノワ様が呼び捨てですのに、私が様付けなんて恐れ多いですわ! 敬語も必要ないですわ!」

「んー……じゃあ、ウェルミア」

「はい! 何でしょうかヴェイル様!」

「いや、呼び捨てでいいって言うから呼んだだけで……」


 くそっ! 屈託のない純粋な瞳が眩しすぎる! なんで貴族の令嬢なのにこんな素直な良い子なんだ!


「あ、ヴェイル様! どの列も人が少なくなりそうですわよ! 何処に致しますの?」

「んーじゃあ俺はあそこの列にするよ。ウェルミアは?」

「私は勿論あちらの男性ですわ!」


 ウェルミアが指さしたのは、学力試験の際からずっと仕切って話をしている大男の試験官だった。先程から受験生に対して厳しい意見をバンバンと言っている。そんな所に行くとは……


「じゃあ何処かで会えたらその時はまた」

「えぇ勿論ですわ! 今度はノワ様もお呼びしてお茶いたしましょう!」


 ウェルミアと分かれて列に並ぶ。

 自信がある人って一番大変そうなところに行くんだな……すげぇよ。それに対して俺は一番優しそうな小柄の女性ですよっと。まぁ他にも理由あるけどな。



 俺が並んだ列の前にはあと2人だ。実際に今実演している受験生と合わせて俺は4番目だな。


「行け! 『カーニバルウィップ』!」


 今試験を受けている男の子が技名を叫ぶと、小柄な試験官に向かって踊り狂う草の鞭が何本も向かっていった。……が、その鞭は全てあるものに弾かれて勢いを殺されてしまった。鞭は試験官に一切触れること無く地面に落ち、そのまま消滅した。


「終了。次」


 小柄な試験官は、言葉少なに交代するよう促した。次の子は剣を使う男子だ。


 俺はその戦いを見ながら、先生のことを観察する。

 小柄で感情も薄く言葉数も少ない。それに後ろ側が長くて耳と首以外ほぼ全部隠れている猫耳帽子を被ってるのも可愛い。もこもこしてる素材のせいで猫っぽさが増している。

 正面から見ると顔の横の隙間や髪の毛の先端が隠しきれてないのだが、その髪の毛はくすみ1つ無く真っ白で凄く綺麗だ。

 

 ぼんやり猫耳白髪少女。良いキャラしてるな先生。



 なんだか魅力的に感じる先生を観察していると、いつの間にか俺の前に居た子も何もさせて貰えずに終了していた。やばい戦術何も見てねえ。


「よろしくお願いします」

「うん。君の職業は?」

「テイマーです!」

「そう。だから私の所に来たんだ」

「そうです!」

「で、何するの?」

を貸して下さい!」

「なんで……?」

「俺まだ魔物をテイム出来ていないんです! けど魔物とはすぐに仲良く慣れるんでその能力を見て下さい」

「なるほどね……良いよ」


 そう、俺がこの列を選んだ理由。それは先生が小柄でチョロ……可愛……テイマーだからだ!

 ゲフンゲフン。いやね、テイマーの実力試験ならテイマーに見て貰ったほうが良いでしょ、ってことよ。


「じゃあはい。この子良いよ」

「ありがとうございます!」


 そう言って手渡されたのは、ホワイトバードだった。さっきまで学生の相手をしていた素早い鳥だ。


「良く希少なホワイトバードをテイムしましたね」

「湖でのんびりしてたら頭の上に止まった」

「そんな事あるんですか……」

「あった」


 なんだか気の抜けた回答にこちらの気まで抜けてしまうが、深呼吸をして気持ちを整えてホワイトバードに話しかける。


 繰り返し魔物をテイムしようとして試行錯誤した結果判明したのだが、相手が多少は友好的かつ俺が仲間にしたいだとかお話したいだとか考えていると、魔物に俺の言葉が通じるみたいだ。そして俺も相手の魔物の考えが分かるようになる。


「やぁ調子はどうだいホワイトバードちゃん」

『チュチュ?』

「ははは、そうそう話しかけてるんだよ」

『チュン!?』

「うん、何言ってるのかは分かるぞ」

『チュチュ! チュチュチュン!』

「ん? あーいや、えーそれ俺が言うのか?」

『チューン!』

「分かったよ……言えば良いんだろ?」


 ホワイトバードに軽く啄まれ、早く彼女に伝えろと言われる。

 言うしか無いかぁ……。


「あーあの先生」

「ん、なに?」

「このホワイトバードちゃんが言ってるんですけど……」

「うん」

「『いくら服を着るのが面倒くさくても、全裸で丸まりながら寝て過ごすのは辞めなさい』だそうです」

「なんで知ってるの……えっち」


 先生はそう言いながら体を腕で包み隠すようにして一歩下がってしまった。


「え、いやいやいやいや! ホワイトバードちゃんが言ってたんです! 伝えてくれって頼まれただけで! 俺達初対面でしょ先生!」

「初対面だからこそ……」

「いや、ちょだから!」

「冗談。本当に話せてるみたい」

「な、なんだ……冗談か。なんか話せるんですよね」

「何か会話して命令して」

「はい、分かりました。ホワイトバードちゃん、先生の左肩に乗ってみてくれ!」

『チュン!』

「え? お前の命令なんて聞くかって? 先生が俺に頼んだんだよ」

『チューン!』

「これですぐに先生の肩に乗るとかお前……」

「凄い。これは高評価。もう良いよ」

「はい! ありがとうございました!」


 と、非常にあっけなく実力試験は終了した。もっと別の無茶振りをされなくて良かった。


 これで実力試験も終了だ。高評価はありがたいぞ!

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