第17話 終了。残るは……

「いざ勝負!」


 と、凄い勢いで捲し立てられたが、勝負は知識勝負らしいので一旦ステイだ。

 待ち時間の間に彼のことを観察する。彼は先程話しかけてきたときのような烈火差を感じる赤髪に、適度に運動しているであろう健康的な筋肉を持っている。どこからどう見ても知識勝負を仕掛けてくるようには見えない。言葉を選ばずに言うなら馬鹿そうだ。




 引き続き彼のことを観察して待つこと3分。

 公平さを期すためノワが試験官の内の1人に頼み、出題者をしてもらうことになった。少し堅物そうな顔の妙齢の女性だ。


「では行きます。第一問『320×99は?』」


 計算問題なのか。これはひらめきが重要の簡単な問題だな。320×(100-1)をすれば良いから、32000引く320だ。


「31680」

「ヴェイルさん正解です」

「くそっ!」

「「「おぉ~」」」


 対戦相手の悔しがる声をかき消すように、いつの間にか回りに居たギャラリーから感嘆の声が漏れる。よく見ればギャラリー達は皆木札を2枚持っている。既に自身のやるべきことは終わって完全な見物客と化しているのだ。


 なんだこの状況、恥ずかしいぞ。


「第二問『初代国王の長男の母親の姉の次男は誰?』」


 複雑だな……理解能力を見る感じか? つまり初代王妃の2番目の甥だろ。確か……


「アインズバルト!」


 俺が考えている間に対戦相手の男が答えてしまった。でもそれってさ。


「残念! ギュンダーさん不正解です!」


 すかさず俺も答える。


「アインスルトだ」

「ヴェイルさん正解! アインズバルトは三男ですね。次男はアインスルトです」

「くそう!!」


 こんな感じで一種の見世物のようになった知識勝負は進んでいき、歴史や地理、魔法学や錬金術に関する問題まで多種多様な問題が出されたが、結果は目に見えて明らかな差でついてしまった。


「18対2でヴェイルさんの勝利! ギュンダーさんは持っている木札を渡して下さい」

「なんでだ、なんで俺様が負ける! 俺様の知識量を舐めるな! 舐めるなよぉ!」

「渡して頂けないのでしたら今後一切我が学園の受験は出来ませんがよろしいですか?」

「……っく、くそ! くれてやるよ!! おぼえてろよぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 対戦相手のギュンダーとやらは木札2枚を地面に叩き捨てて何処かへ走り去ってしまった。家にでも帰ったのだろう。


「というか1度に2枚手に入ったな。もしかして2人と戦わなくてもこれで良いのでは?」


 出題者をやっていた女性の方をチラッと見る。


「私達試験官は受験者候補の木札入手方法を質問したりはしません」


 おや? ということは?

 俺は何食わぬ顔して先程まで問題を出題していた試験官に近づく。


「試験官さーん、2人分木札集めましたー!」

「はい、確かに受理しました。おめでとうございます。1828番ヴェイルさんは入学試験受験資格を獲得しました。試験当日まで1828番の木札を保管しておいて下さい。本日はお帰り頂いて大丈夫です」

「はい! 分かりました!」


 こうしてなんだか裏技のような方法で木札を2つ入手し、俺とノワは無事に入学試験を受ける権利を獲得したのだった。


 あとは入学試験本番まで待つだけだ。ちなみに入学試験の参加費用を払うのは試験当日らしい。裕福じゃない家庭もあるためギリギリまで待つという考えからそうなっているらしい。そこまで配慮するなら優秀な生徒は費用無料とかすれば良いのにな。






 帰りの馬車の中、俺とノワは雑談をしていた。緊張している2人を横目に見ながら。


「この後ヴェイルもブルノイル家に来なさい」

「まぁ良いけどなんでだ? なんか用事とか?」

「たまには夕食でもどうかと思ったのよ。あなた図書館ばかりで全然来ないんだもの」

「公爵家ってそう簡単に遊び行くもんじゃないだろ。それに俺は受験勉強してるんだよ。なぁ? アシュミーちゃん」

「あ、は、はい! そうでございますね!」


 うーん、アシュミー。

 ノワが声をかけて、ノワの子飼いの部隊に入ることになったのは良い。でも何故かノワだけでなく俺に対しても緊張するようで、先程から何度話しかけてもこんな様子だ。


 そしてもう1人の子が、


「ミュラリスちゃんはどう思う?」

「……そう思う、ます」


 うーん、ミュラリス。

 ミュラリスもアシュミー同様ノワ子飼いの部隊に入ることになったのだが、こちらもこちらでコミュニケーション能力に難がある。全然話そうとしないし、雰囲気から全く生気を感じないなのだ。目目が死んでるのが原因か?


「ふふっ2人とも可愛いわね。私、あなた達みたいな子は大好きよ」


 ノワはノワでやっぱり何処か変だ。

 

 ノワとノワ子飼いの部隊……なんか凄いモノが出来ちゃいそうで今から怖いよ俺は。


 ……あれ? そういえばマリエルさんは?


「マリエルは御者台に居るわよ。アインと仲良く話しでもしてるんじゃないかしら」

「そっか、そっかぁ。アインさん大変だろうなぁ……ノワと別々になってしまったマリエルさんの対応……」


 グチグチと嘆きつつもノワの命令だから逆らえない、でもノワと一緒に居たい、でも逆らえない! そんな感情に振り回されたマリエルさんの様子がありありと脳裏に浮かぶ。






 という感じでブルノイル家に帰宅し、相変わらずミルガーさんはノワとルフィーラさんにからかわれてダメージを喰らい、ルフィーラさんは新入りの2人を可愛がっていた。


 こんな事はいつも通りなのだが、驚いたのはアインさんが既にアシュミーちゃんとミュラリスちゃんの素性を調べていた所だ。さすがは公爵家といったところだろうか。特に問題は無くて良かったよ。





 そして俺はブルノイル家の人たちと賑やかな夕食を嗜み、少しばかりの休憩を挟んでから、完全に日が落ちて暗くなった街を馬車で駆けるのだった。


「本日はお疲れ様でしたヴェイル様」


 御者を別の人に任せたアインさんが、俺の隣りに座って話し相手になってくれている。


「いやそんなに疲れてないですよ。俺もなんだか楽しかったです」

「それはようございました。ノワ様もヴェイル様と居る時は心の底から楽しそうでございます」

「そうですか? いつもあんな感じだと思いますけど」

「ほほほっ、ヴェイル様のお陰なのですよ」


 賑やかな談笑を楽しみ、帰路の暇つぶしをする。

 王都の夜は長い。まだ夜市も賑やかだし、至る所で営業中のお店を見かける。荒くれの冒険者や仕事終わりの男たちが、騒ぎながら酒を飲んでいる声が遠くから聞こえる。今日も平和な一日だ。


 だがそんな理由もない感傷に浸っている時は、大抵邪魔が入るもので……。


 ガタン! と急に馬車が止まった。


「何事ですか!」


 アインさんが御者席に向かって確認を取ると、御者の人から返事が返ってくることは無かった。


 ……明らかな異常事態だ。


「ヴェイル様、こちらでお待ち下さい。私が外の様子を見てまいります」

「いやアインさん! 危ないですよ!」


 アインさんは俺の方を振り返ること無く、馬車の外へと飛び出していった。


 そして数瞬後には男たちの怒号と戦闘音が響き渡りだした。

 俺はその音に何もすることが出来ず、ただただ馬車の中に居るだけだった。声からして相手が大人の男であることは分かりきっているし、戦闘音から考えると相手は刃物を持っているに違いない。

 ただでさえまだまだ子どもの俺が、戦闘職でもない俺が外に出たところで足手まとい確定だ。それに……怖い。


 そんな言い訳を自分自身にしながら音が鳴り止むのを待つ。なんて情けないんだと自分自身を嫌にならないように。




 1分、2分、3分と時間が過ぎていくが、戦闘音と怒号は鳴り止まない。時折何かがぶつかって馬車が揺れるが、俺は驚くことしか出来ずに固唾を呑んでひっそりと息を殺すだけだ。




 4分、5分。

 時間が立つにつれて冷静な思考を取り戻し、1つの疑問が浮かんできた。こちらはアインさん1人なのになぜまだ戦闘が続いているんだ……? という疑問である。

 薄っすらとアインさんが優勢なのではと気づいた俺は、恐る恐る外を覗こうと思い体を起こす。だがその時にはもう戦闘音はしなくなっていた。


 ガチャリ。音を立てて馬車の扉が開く。そしてそこから入って来たのは――


「ヴェイル様、お待たせしました。少々人数が多く、時間がかかってしまいました。申し訳ありません」

「アインさん……! 大丈夫ですか! お怪我は!?」


 ――アインさんだった。

 何故か綺麗な執事服のままのアインさんの姿に安心し、窓から外を見てみる。すると、見える範囲だけで7人の男たちが転がっているではないか。それも完全武装の男たちだ。


「ほほほっ、これでも私はブルノイル公爵家の一員ですから」


 鼻の下の立派なヒゲを撫でてそれだけを言うと、アインさんは俺の無事を確かめて外に出て行ってしまった。御者が殺されたから御者をしてくれるらしい。

 そして外に転がっている死体は公爵家が処理をするよう何らかの手段で連絡したようで、気にしなくて良いそうだ。狙ってきた相手は今日の試験の俺に負けた相手の仲間だとかなんとか……怖いねこの世の中。




 先程までとは違う意味で感傷に浸りながら、窓に浮かぶ夜月を眺める。


「弱いな俺」


 色々な意味を込めたその言葉は、誰にも届くことはなく夜闇に溶けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る