第15話 受験申込。……ん?

「ほら早く行くわよ」


 ガタガタガタと馬車に揺られることしばらく。ノワとマリエルさんと談笑していると馬車が停止した。どうやら学園に到着したようだ。

 本来ならば馬車から降りる時なんかは男である俺がノワをエスコートするべきなのだろうが、俺にそんな作法を期待するのは無駄だ。……後で勉強しよう。



 転ばないように足元を見ながら馬車から降り、正面に聳える建物を見上げる。そう、見上げるのだ。


「やっぱここなんだな……」

「それはそうよ、公爵家の令嬢が通うような学園よ? それはもう我が国随一の王立学園に決まっているでしょう」


 俺の眼の前にあるのは王立学園という名の小さな城だ。

 いや実際は城ではなく学園の教室棟なのだが、見た目が城と言って遜色ない見た目をしているのだ。もうまんまお城って感じ。

 大まかにシルエットで言えば、中央に一番大きくて、高くなる程に尖っていく四角錐と言うか円錐というか……といった建物があり、それにくっつくように左右に一回り小さい同型のシルエットを持つ建物がある。まぁ城だ城、その言葉が一番分かりやすい。

 勿論本当の王城よりかは小さいぞ。


 それでもってここ以外に大きな演習場だったりもあるという話なのだから、この学園が膨大な費用が掛かっていて重要な施設というのが分かるだろう。


「本当に俺この学園に合格できるのか……?」

「大丈夫よ。ジョブ能力も重要だけれど、一番大事なのは学力もしくは武力とそれを使いこなす発想力よ。学力や武力が高くて発想力が豊かならば受かるわ」

「学力もしくは武力と発想力か」

「武力はまか仕方ないとして、学力は金券を渡した際に十分な水準があると分かっているし、私の殺し方も面白かったのだから発想力も問題ないでしょう?」

「そうは言っても心配なものは心配なんだよ」

「というか言ってしまえば特殊金券がある時点で落ちないわよ」

「それを言ったら元も子もないのでは……?」

「いいから行くわよー」


 それだけ言ってノワは入口にある受付を通り過ぎて教室棟に入って行ってしまった。どうやら俺の分も受付してくれたようだ。

 受付の人がなにやら木製の番号札を渡してくれるタイミングで「彼が特殊金券……」と呟いているのを聞いたので勘違いじゃないだろう。というか特殊金券のこと知ってるんだな。



 案内に従ってノワと一緒に教室棟の中を進んでいくと、大勢の人が集まっている場所に到着した。数えるのも億劫な程多くの人が集まっている。

 まぁそうだよな、試験を受けるのに莫大な費用がかかると言っても、世の中にはその費用をポンっと払える人達が多く存在するのだ。まぁ今この場には『人生大勝負!』だったり『村の希望を背負って』っていう人達も多いと思うが。

 とにかく我が国全土から人が来てる訳だからこれだけ居るのも納得だ。



 ノワと会話しながら周囲の人達を観察していると、少し離れた所に王族姉弟を見つけた。職業を授かる際に中央広場で演説をしていた2人だ。

 やはり取り巻きというのも存在するようで、周囲には明らかに貴族と分かる格好をしている男女が何人も集まっていた。そこだけがまるで別次元かのような雰囲気だ。


「ノワは行かなくて良いのか?」


 先程から見ていると、取り巻きではないだろう貴族の子らしき人達も、殿下達に挨拶しているようだった。国のトップに連なる人達が居たとなれば挨拶をしないわけにはいかないのだろう。


「私は良いのよ、面倒くさいもの」

「あら! ノワ様もいらしていたのですね! お久しぶりでございます」

「お久しぶりですウェルミア男爵令嬢。ごきげんよう」


 ノワもノワで大貴族なので、こんな感じで俺と会話をしている間にも何人も貴族が挨拶に来ている。だからこそノワも行ったほうが良いのでは……と思うんだけどな。めんどくさいなら仕方ない。


 そう思って再度王族2人の方を見ると、姉であるアイファ様と目が合ってしまった。なんだか驚いたような表情だ。

 目が合った彼女は俺を見た流れで隣りにいるノワを見たかと思うと、獅子のように獰猛な笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってきた。周囲の取り巻きたちもなんだか面白いものが見れるかのように何処かワクワクしてそうな表情だ。


「ノワ、王女様がこっちに来てるけど」

「はぁ……面倒ね」

「面倒ってお前」


 俺とノワが小声で話している間にもアイファ様はこちらに近づいてきており、もうすぐ目の前だ。

 ん? 弟君おとうとぎみのミエイル様もいるな。


「よう、久しぶりだなノワ」

「お久しぶりでございます。アイファ王女殿下、ミエイル王子殿下」

「ははは! らしくないな、何を畏まっておるのだ? 私を敬うような殊勝な心は持っていないだろう?」

「そうでございますわね。あいにく我が公爵家にはそのような心を持ち合わせている者は居ないかも知れません」

「ほう? それはそれは大変な事だな。今度直々に私が教鞭を取りにブルノイル家に行ってやろうか?」

「大変光栄なことですがご遠慮しておきますわ。アイファ王女殿下は王妃様に連なるお方たちに相応しいでしょうから、そちらの方々に教えて差し上げたほうが良いのではないですか?」


 バチバチッバチバチッ

 そんな音が2人の視線が交わる場所から聞こえてくる。実際に音がしているわけではないけどね? 例えだ例え。

 ちなみにミエイル様は空気だ。後ろで見ているだけ。


 それにしてもこの2人は仲が悪いのだろうか。憎まれ口の応酬にも程があるだろう。王族と公爵が仲悪いとか洒落にならんぞ。

 これだから貴族は怖いんだ。言葉通りに受け取って良いものなのか、それとも何かしら隠れた意図があるのか分からないから困る。




 そんな風に俺が頭を悩ませている間にも、2人は何やら政治の話であったりお互いの家のことだったりを話しているようだった。再度言うが俺とミエイル様は空気だ。


「君はノワくんの従者……いや、金券を渡されたのかな?」


 俺がこの2人の言い合いをどうしたものかと考えていると、ミエイル様が俺に話しかけてきた。


「ミエイル様! はいそうです、ノワには金券を貰いました!」

「そうか、君がそうなんだね。……姉さん達には困ったものだよ。昔からあの2人は合うたびにああやって言い合いをするんだ。それも2人共楽しんでやってるんだからたちが悪いよね」


 ミエイル様は中央広場で見たようなオドオドした気の弱そうな態度ではなく、しっかりと自分の意志を持った青年のようだった。あの態度は作り物なのか、それとも緊張しがちなのか、まぁそれを直接聞けるほど俺の精神は図太くないんだが。

 

「そうなんですね……じゃあ仲が悪いってわけじゃないんですか」

「うん、悪くないよ。まぁ仲が良いって言うのも違うかもしれないけどね」

「あはは、それはなんとも」


 あの気が強くて我も強そうなアイファ様と一癖も二癖もあるノワか……もしかしてミエイル様は相当な苦労人なのでは?


「苦労してそうだって思ったかい?」

「え、あーはい。正直大変そうだな、とは思いました」

「ふふふ、だろうね。いろいろな人に言われるよ。アイファ様とノワ様2人の仲裁は大変じゃないですか? ってね」


 ミエイル様はアイファ様とノワの方を見て薄く微笑むと、宝物を抱えている少年のように楽しさを滲ませる声色で口を開いた。


「実はそんなに大変じゃないんだよ。僕はあの2人が大切だからね。いつまでも3人で仲良くしていたいよ。本当に……」

「ミエイル様……?」


 誰がどう見てもミエイル様は優しそうな笑みを浮かべて楽しそうだ。そう思う表情をしているはずなのだが、それでも何処か影が掛かっているような、暗がりに居るかのような印象を受けてしまう。確信はない。けれどそんな気がしてしまう。

 俺が王族を気にかけるのは失礼なのかも知れないが、俺と同じ歳の子がもし苦しんでいるのなら放っておきたくない。そう思ってしまう。


「ミエイ――」

「これより試験を開始する!!!」


 俺がミエイル様に話しかけようとした瞬間、受験申込会場のはずだった会場は受験会場となったのだった。

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