第14話 2月。もうか……

 2月中旬。

 職業を獲得してから1ヶ月以上が過ぎ、様々な出来事があった。

 

 まず、東の森に冒険者ギルドによる大規模な討伐隊が遠征に行った。俺が初めてレッサーラビットをテイムしようと試みた日、大量の魔物――スレイブゴブリンにレッサーコボルトにフォレストウルフ――が多く出現したのだが、それを異変だと考えた複数の冒険者がギルドに報告した所調査団が派遣されたそうだ。

 そして調査の結果、多くの魔物を束ねるゴブリンコマンダーが森の奥地に巣を形成していたらしく、討伐隊が組まれたということらしい。ゴブリンコマンダーは単体だとCランクの魔物だが、集団を指揮することでその集団はAランクにも届きかねない程の脅威になるらしい。


 ま、特に大きな問題は起こらずに、Aランク冒険者3人を含む30人の討伐隊で死者0人だったそうだ。怪我をした人は大勢居たみたいだけど、死人が出なくて良かった。

 なんでそんな事を知ってるのかって? ……シュミレイってAランク冒険者だったんだってさ。お前そんなに強かったのかよって本人にランクを聞いた時は驚いたね。





 まぁという事が1月終わり頃まであり、しばらくは父さんに王都の外に出ることを禁止されていたのだが、2月に入って討伐成功のお触れが出てからはそれも解禁された。

 1月はね……終わり際に中央図書館でね……もう疲れちゃったからさ。僕はお外に気分転換しに生きたかったんだ。はは……。

 結局別日に行って探してみても、調べたかったエンシェントテイマーに関する本は中央図書館にもなかったし無駄足だった。


 ということで2月に入ってからは積極的に外に出てミニマムスライムとレッサーラビット、ついでにホワイトバードも探した。見つけるのにも時間がかかるし、見つかったとしてもやはり魔力を流すタイミングで逃げられてしまう。どれだけ原因を調べようと本を探しても、有効そうな解決策は見つからなかった。


「はぁ……無能すぎるだろ俺……」


 ついついそんな言葉が漏れてしまうくらいには気分が落ち込んでしまっている。


「3月1日に試験かぁ」


 部屋のベッドに腰掛けながら、窓の外の空を眺める。どこまでも透き通っていて、俺が抱えている悩み事なんてちっぽけな気さえしてくる。が、普通に悩みは悩みだ。

 最近は学園入学が近づいていることもありブルノイル公爵家に買って貰った質の良い服を着ているのだが、なんだかこの自分自身の格好にですら変わってしまったんだなと考えるものがある。


 そんなセンチメンタルな気分でいると、母さんの俺を呼ぶ声が響いた。どうやらお客さんのようだ。




 お客さんを待たせないように急いで母さんの所へ向かうと、俺を訪ねてきた存在が母さんと仲良さそうにお喋りしていた。黒髪に赤い瞳を持つ少女が。


「なにやってんだよ……」

「来ちゃったわ」

「来ちゃったわじゃないよ……ノワ」


 そう、ノワが我が家にやってきて母さんと談笑していたのだ。そこだけを聞いたら母さんもお貴族様に慣れたんだな~なんて思うかも知れないが、そんな事はない。平民がそうやすやすと貴族に慣れるわけがないのだ。それも公爵家とかいう爆弾。


「なんで平民みたいな格好してるんだよ、母さんが勘違いするだろ」

「あら、勘違いして欲しくてこの格好をしてきたのだもの。作戦成功だわ」


 ノワは蠱惑的な笑みを浮かべながら抜けと抜けと言い放った。


「本当たち悪いなお前」

「褒め言葉かしら?」

「え、なに? どうしたのヴェイル? ノワちゃん?」


 俺とノワのやり取りに母さんが困惑している。当たり前だ。

 少し母さんの心臓が可哀想だが、再度こんな事をノワにやられても困るしこの後何かしらの粗相をしてしまう可能性もあるので、真実を教えてあげようと思う。


「母さん、落ち着いて聞いてくれ」

「な、なに……?」

「そこにいるノワだけど……公爵家のご令嬢だよ……」

「えっ? えぇぇぇぇぇえぇぇえぇ!!!」


 大絶叫そして放心、と。そりゃこうなる。


「ノワ。お前がやったのは平民をこんな風にしてしまう暴挙だぞ。それに母さんはお腹に赤ちゃんがいるんだ、あと2ヶ月ぐらいで産まれるんだから勘弁してくれ」

「あら、それは悪いことをしたわね。お詫びに出産は我が家がお手伝いするわ」

「ん、うーん。まぁ一応母さんと父さんに言っておくよ」


 平民の生活が強く根付いている2人は公爵家で暮らすことが出来るのだろうか。マイル姉さんに俺とナイルともう3人も産んでいるのだから慣れているのかも知れないが、公爵家という大貴族に見て貰ったほうが俺としては安心安全なのだが……


「公爵家……?」


 小さく呟いた母さんをちらっと横目で見ると、案の定まだ放心していた。

 この様子じゃ無理そうか?


 とまぁ後で家族会議する内容が増えたが、今は一旦置いておこう。なんでノワが俺の家にいるかも問題だ。それもアインさんもマリエルさんもいない状況だ。


「ところでいったい何しに家に来たんだ?」

「あら、用事が無ければ来てはいけないの? 酷いわね」


 ノワが大げさにヨヨヨっと悲しむふりをする。そんなんじゃないだろお前。


「はいはい、良いからもう。その泣き真似に騙されるわけ無いだろ。で、本当に何しに来たんだ?」

「もう冷たいわね。今日はヴェイルを誘いに来たのよ」

「誘い……なんのだ?」

「決まってるじゃない。学園の入学試験よ」

「学園の入学試験……今日申込日だったのか!」

「ヴェイル日付忘れてたのね……今日来て良かったわ」


 危なかった。ノワが家に来ていなかったら入学試験の申込みを忘れるところだった。いつまで経っても魔物をテイムできないことがあまりにもショックすぎて失念していた。


「本当にごめん、すっかり忘れてた。ノワが来てくれて良かった」

「良いわよ。なんだかそんな気がしていたもの。それに金券を渡した以上、とことん私が面倒を見るから安心しなさい」

「ノワ様……!」


 なんだか今のノワはキラキラしてるぞ! キャーカッコいいー!


「じゃ、早速行くわよ。そろそろお母様を起こしなさい、何処に行くか言っておかないと心配させるでしょう。私は先に外の馬車に乗ってるわ」


 それだけ言うとノワはスタスタと外に出ていってしまった。確かに外を見てみれば少し離れた所に馬車が停まっていた。

 うーむ、それにしても平民の服を着たところで歩き方が綺麗すぎるな。服だけじゃ誤魔化せない上品さが溢れてる。なんで母さんはこれを見て騙されたんだよ……。


「見とれてる場合じゃないな。おーい母さん起きてー」

「ん、んん……はっ! ヴェイル、公爵家のご令嬢が平民のふりをして私と話してるって悪い夢を見たのよ! 現実じゃないわよね!?」

「母さん、残念だけど現実だよ……まぁでも大丈夫! ノワは不敬とか気にしないから! 俺学園の入学試験の申込みにノワと行ってくるから、ゆっくりして待ってて!」

「え、ちょっとヴェイル! 現実って、それに試験の申込みって!? ちょっとヴェイル!」

「いってきまーす!」


 ノワに対して不敬は大丈夫とかなんとか言っているが、それでも公爵家という大貴族だし待たせるのは忍びない。敬語を使っていないお前が何を言ってるんだという感じではあるが。

 まぁなので、簡単に説明だけして家を飛び出した。父さんならともかく母さんならあれくらいの説明で理解してくれるから大丈夫だろう。



 家の外に出ると、ここら辺の建物には似つかわしくない豪華な馬車が停まっており、その馬車の外にアインさんが立って待っていた。


「アインさん、お久しぶりです」

「お久しぶりでございますヴェイル様、さぁ馬車の中にどうぞ」


 なんか殿から様に変化している気がしなくもないが、軽く挨拶を交わして馬車の中に入る。前からだったか……?

 そして案の定、馬車の中にはマリエルさんが居た。


「マリエルさんお久しぶりです」

「お久しぶりでございますヴェイル様」


 マリエルさんとも簡単に挨拶を交わし、ノワの方に向き直る。ほとんど時間が立っていないのにも関わらず、ノワはもう貴族らしい服装に着替え終えていた。


「ノワもう着替えたのか、早着替え能力凄いな」

「早着替えは貴族令嬢なら全員出来るわよ。パーティなんかじゃ着替えの時間を削ることも少なくないもの。それにマリエルも居ることだしね」


 クイクイッとノワがマリエルさんの方を親指で指差すので見てみると、もう本当に残念な姿を見てしまった。

 先程は完璧な挨拶に騙されて視界から外してしまったが、マリエルさんがいそいそとノワの脱いだばかりの服を大事そうにしまっているのだ。自分の腰に付いている収納袋に。


「へ、へぇへっ、いい匂いっ」


 あ、一着仕舞わないで匂い嗅いでる。やっぱ終わってるわこの人。

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