第7話 当主。へぇ……

「それで、護衛を全員下がらせろとは一体どういうことだい? 公爵家当主の護衛を全員下がらせるというのが、どれほどのことか分からない訳ではないよね?」


 ミルガーさんの一言で先程までの談笑ムードが消え去った。

 あれほど貴族らしさを感じないミルガーさんも、こうしていると雲の上の人のようだ。いや、雲の上の人か。


「えぇ、お父様。これは我が公爵家に絶大な利益をもたらすお話です。ですが他家に漏れるとまずいと判断しました」

「絶大な利益か……。ノワが言うならそうなんだろうね」


 その言葉だけを交わすと、ノワとミルガーさんはしばらく黙り込んで見つめ合いだした。何やら俺には感じる事の出来ない戦いが勃発してそうな雰囲気だ。


「……ふぅ。私の負けですお父様」

「全くもう、自分の娘に対して大人げないわよミルガー」

「そうは言うけどルフィーラ、これは当主として負けてはいけないよ」


 どうやら本当に何かしらの戦いが起こっていたようだ。話を聞く限りノワが負けたのだろう。一体何なんだ?


「ごめんねヴェイル君、今のは気にしないでくれ。それで、そろそろ聞いてもいいかい? ノワ」

「はい。私がお父様に伝えたいのはヴェイルの職業です。ヴェイル、お父様に言っても良いかしら?」

「え、あ、うん。全然どうぞ」


 ノワが俺に確認をすると、ミルガーさんとルフィーラさんは驚いているようだった。

 実際に俺も驚いた。ノワって人のこと考えてしっかり確認できる子だったんだね。なんかもう『私が考えたのだから全て正しい』を好んで進んでいくタイプだと思っていた。


「お父様、お母様。ヴェイルの職業は『エンシェントテイマー』です。それに黒です」

「エンシェントテイマーに黒か……それは護衛を下がらせて正解だね」

「そう、そうだったのね。何処に耳があるか分からないものね。偉いわノワ」


 俺の職業を聞いた2人は、ノワと同じ様な反応をし、俺のことを物珍しそうに眺めるのだった。


 エンシェントテイマーってのはそんなにすごいのか?


「あのー、俺の職業ってなんかそんな反応になるほどのものなんですか?」


 俺がそう聞くと、ミルガーさんは一瞬困ったような表情をしてから笑顔になった。


「本来、この情報はあまり伝えるべきではないのだろうけど、ヴェイル君はエンシェントテイマーを授かった本人だ。伝えるべきだろうね」


 こっちに来て。ミルガーさんはそう言うと席を立ち上がり、何処か違う場所へ移動するようだった。

 俺とノワとルフィーラさんはその後ろを着いて行った。ノワもその移動には何も文句は無いようだ。


「何処に向かってるんですか?」

「絵だよ。絵を見に行くんだ」





 その言葉だけを聞いて歩くこと5分。

 地下深くに潜った場所にあったそれは、ノワと瓜二つの容姿をしている女性を描いた絵だった。


「彼女の名前はノワイライト・ブルノイル。ブルノイル家初代当主さ」

「初代当主様……って彼女?」


 この絵の女性ってことか!? ノワそっくりの長髪美人さんが!? この国は女当主は認めていないんじゃなかったのか?


「あはは、驚いただろう?」

「はい。正直、びっくりしました」


 その大きな絵を見上げて驚いていると、ノワが絵に向かって歩いて行った。何とも言えない懐かしさが込み上げているかのような表情で。


「私は彼女の生まれ変わりなのかも知れないって思っていたわ。だってこんなにも似ているんだもの」


 ノワは傷にでも触れるかのように、優しくそれでいて少し遠慮がちに絵の縁をなぞった。


「ひょっとしたら彼女と同じ職業に目覚めて、公爵家の顔とでも言えるような存在になるのではないか……ってね」

「ノワ……」

「私はまだ授職していないのよ。だからもしかしたらって思っていたけれど、結果は駄目だったみたいね。ついさっき、少なくとも私が初代当主様と同じ職業になることは無いと分かったわ」


 ノワはうつむきがちに声を漏らし、口元を抑えて肩を震わせていた。


 それだけ初代当主の生まれ変わりじゃないかと期待され、自らも期待して生きてきたのだろう。それなのに現実は無情だった。幼い頃からの期待があった反面、期待通りに出来なかった反動も大きいだろう。


「ノワ――」

「よっしゃーーー! って最高の気分だったわ」

「は?」


 俺がどうに慰めようか迷いつつも、とにかく声をかけようとしたその瞬間、ノワは満面の笑みで拳を握り掲げていた。

 その姿は貴族令嬢らしからぬ勢いに満ちていた。


「ふっ、ふふふ、あははは! ヴェイル面白いくらい騙されてくれるわね。私全く初代当主様と同じ職業になりたいとか思ってないわよ。だってそうでしょ? そんなの面倒なだけだもの。私は私が好きな人と一緒に好きなことを出来るだけで良いのよ」

「ノワ、お前……はぁ……」

 

 この性悪黒髪女の言う事はもう信じないようにしよう。そうしよう。


「ノワ、あんまりヴェイル君をいじめちゃ駄目よ。ほら、早く説明の続きをしなさい、ミルガー」

「あぁそうだね、ノワも程々にね」


 ミルガーさんは本気で注意してくれているようだったが、ルフィーラさんは言葉では注意しつつも満面の笑みでノワの頭を撫でていた。

 褒めてますやん。もう親子ですやん。ルフィーラさんの血ですってノワのこの性格。


「じゃあ説明の続きをするね。お察しの通り、ヴェイル君が手に入れたエンシェントテイマーっていう職業は、この初代当主様が授かった職業なんだよ。その職業を活用して初代国王を支えていたらしいんだ。だから君の職業は我が公爵家にとって非常に重要な意味を持つんだ」

「初代当主様と同じ職業……」

「まぁ実は職業がエンシェントテイマーだったということ以外何も詳しいことは分かっていないんだけどね。粒子の色も、職業の能力自体も」


 ブルノイル公爵家の初代当主がテイマーだったとは知らなかった。

 まぁ無理もないか、俺みたいな平民には知る機会もないし、知らなくても生きていける情報だ。一部の貴族にしか伝わっていないのだろう。


 だが疑問がある。初代ブルノイル公爵家当主とはいえ、テイマーは不遇職だ。不遇職であるテイマーという職が護衛たちに知られてはいけない理由が分からない。


「不思議そうな表情だね。何を疑問に思っているのか言ってみてくれるかい?」

「はい。いくら初代当主様の職業とはいえ、ここまで騒ぐようなことではないと思うのですが……テイマーは不遇職というのは周知の事実ですし」

「そうだね、その通りだ。テイマーという職業はひどい言い方になってしまうけれど価値がない。テイマー本人が強くなければ強い魔物をテイムできないのにも関わらず、テイマー自身を強くするのも至難の業ときた。熟練のテイマーより見習い剣士の方がマシなくらいだ」


 テイマーの弱い点は分かっていたが、こう面となって言われると流石にきついものがあるな。


「……だが、君の職業はただのテイマーじゃない、我が公爵家の初代当主様の職業だ」

「それがそんなに違うんですか?」

「違うよ」


 俺が少し懐疑的な視線を向けるも、ミルガーさんは初代当主様の力を信じて疑わないのだろう。どこまでも真っ直ぐな表情を俺に向けてきた。その表情は英雄を見ている少年のようだった。


 そうか……初代公爵様は後世に伝わるほど凄い方だったんだな。


「詳しい文献は残っていない。けれど、初代当主様が絶大な力を振るい、初代国王を支えたと歴史にしっかりと残っているんだ。それに予想はしていたけど黒だとさっき知ったからね……」

「黒だから?」

「さぁもう良い時間だ、早く夕食を食べようじゃないか。ほら行くよノワ、ルフィーラ、ヴェイル君」


 こうして少しの疑問と俺の職業への期待が胸の中に残り、このブルノイル公爵家初代当主様の絵が飾られている場所を後にした。


 未だに俺の職業がどれだけ凄いのか具体的には何も分かっていないし、なんで俺がこの家に呼ばれたのかも正確には分からない。

 俺という人材を買うって言っても、あの金券を渡される意味が分からないし、何が目的かも謎のままだ。



 まぁでも取り敢えずは、俺が俺の職業に対して抱いている期待も、あながち間違ってはいないという事が分かっただけで十分かな。

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