第6話 誓約。うわぁ
「やっぱりこれは貰えないよ」
俺がそう答えながら券を返すと、ノワは物凄く驚いた表情をしてしまった。
「どうしてか聞いていいかしら?」
「ああ、ちゃんと答えるよ」
俺はこれからノワに失望される。あれだけノワに期待されておいて、こんな風に楽しい時間を過ごしたのも全てが無駄になるだろう。
それだけ俺のテイマーという職業に対する世間一般の認識は酷いのだ。
「俺の職業なんだが……『エンシェントテイマー』なんだ」
「そんな……」
意を決して職業名を告げると、ノワは大きく目を見開いて口を手で覆ってしまった。今までのノワの立ち振舞からは考えられない表情だ。
相当衝撃を受けているのだろう。期待していた人間がテイマーだったのだから失望したのだろう。何を言われようとも受け入れよう。
「隠れている護衛は全員出てきなさい! 例外は認めないわ! 1人残らず全て! マリエル、あなたも早く来なさい!」
どんな罵声が飛んでくるのだろうかと身構えていると、急にノワが虚空に向かって大声を出した。それは確実に俺に対してではなく、隠れている護衛とマリエルさんに対してだ。
そしてその声に反応して10人の黒装束を着た護衛とマリエルさんが急いでやってきた。
護衛さん1人俺の真横に居たんすね、怖。
「護衛たちはこれで本当に全員? 嘘をついていたら一族全員処刑よ。お父様に隠れていろと言われている護衛も全員よ。これはブルノイル公爵家の一員としての強制命令だわ」
「……旦那様からの密命のある護衛を入れますと全員で12名でございます」
「そう、やっぱりね。冗談抜きで一族全員殺すわよ、早く出てきなさい」
護衛の1人からの情報を聞きノワが静かに、されど迫力のある声で言うと情報通り更に2名の護衛が出てきた。
それを確認したノワは一息つくと、マリエルさんの方に向き直った。
「マリエルは神命の誓約書を……そうね、15枚持ってきてちょうだい」
「神命ですか!? ……はい分かりました」
こんなノワの様子ではマリエルさんも変態を表に出す余裕はなく、一見超真面目に見える様相を呈していた。
護衛たちのことをじっと見つめるノワを見つめること3分。
マリエルさんが息も絶え絶えといった様子で帰ってきた。メイドらしさなど捨て去って全力で取ってきたのだろう。
「お、お持ち……いた、しましたっ……」
「ありがとうマリエル。じゃあ早速使うわよ、護衛たちは全員この紙に血判を押しなさい」
ノワが自ら1枚ずつ護衛に神命の誓約書とやらを渡し、血判を押せと命令した。そして護衛たちも一切の疑問を表出させること無く、自身の指の平を切って押していた。
これが貴族と護衛の関係なのか……。
「我、ノワ・ブルノイルを神とし、汝ら護衛12名を命とする」
ノワが何やら文言を言うと、ノワとノワの持つ誓約書が光り輝き、12人の護衛が持つ誓約書が黒色に変色した。
「神を主とし命の契りを結ぶ。命は意図したものか関係なく神の言う契を違えてはならない。契を違えた場合、契を違えようと考えた場合、外部から強制的に当該内容に触れる記憶を覗かれようとした場合、即座に死よりも苦しい苦痛を味わいつつ精神を崩壊させ、連命の精神も崩壊する。契る内容は『ヴェイルの職業がエンシェントテイマーであるという事を、どのような手段であっても外部に漏らすことを禁じる』である。主神のもとにこの神命の誓約書は締結される」
ノワが儀式のような話し方で怖いことを言い並べ終わると、ノワの誓約書も護衛たちの誓約書もそれぞれの胸の中に吸い込まれていった。
するとそのままの流れでもう2枚神命の誓約書を持ち、1枚を自分もう1枚をマリエルさんに渡した。
マリエルさんにもさっきのをするのか。
3分後。マリエルさんとの誓約は先程の護衛たちとのモノよりは軽く、禁則事項等の内容は一緒だが罰則事項が違った。
意図せず覗かれた場合は激しい痛みに襲われる、意図せず言ってしまった場合は3日間死より辛い痛みに襲われる。自ら言った場合は死ぬ、という感じ。だいぶ優しい……優しいよな?
「ごめんなさいマリエル、でもこれは貴方にもやっておかなければならないの。カナにも言えないけど大丈夫かしら?」
「お嬢様、私はお嬢様に身も心も捧げています。どの様な事だとしても命令していただければ、それが私の至福なのでございます」
「……そうね、貴女はそういう子だったわ。今日は一緒に寝ましょうか。特別よ」
「い、良いのですかお嬢様っ!」
メイド~なんか少しだけ良い話だったはずなのに、そのよだれで全部台無しだぞ~。
なんて考えは取り敢えず置いておいて、これは一体どういう事だ?
てっきり俺が罵声を浴びるものだと思っていたら、急にノワが仰々しい誓約なんて言うものをやりだした。そして俺はその状況を呆然と眺めるしか出来なかった。
ほんとになんだこれ?
「ヴェイルもごめんなさい。急なことで驚いたでしょう?」
「ああ、いや、うん。まぁ確かに驚いたけど、これっていったいどういうことなんだ?」
「そうね、しっかり説明をするわよ。けどこれはお父様も聞いていたほうが良いわ。面倒だけれどさっきの部屋に戻りましょうか」
「分かった」
護衛達は再度護衛任務に戻り、マリエルさんはメイドとしての仕事に戻った。そして俺とノワはノワのお父さんが居たあの部屋に戻ることになった。
ミルガーさん娘からのキモい攻撃から復活したのかな。……してないだろうな。
数分歩き、先程の部屋に到着した。
部屋の中に入ってみると、案の定ミルガーさんは横になってアインさんに介抱されており、なんとも可哀想な光景が広がっていた。
「まったく、だらしないわね」
ノワさん、そうは言うもののそうさせた犯人は貴方ですよ。
「お父様、起きなさい。起きないと嫌いになるわよ」
「はい! 不肖ミルガー、それはもう元気に起きました!」
ミルガーさん、大貴族の当主としての威厳がゼロですよ。でも男として気持ちは分かります。
アインさんもアインさんで微笑ましそうにしてないで下さい。当主の威厳がゼロなのは問題じゃないですか。
ミルガーさんは今まで横になっていたことで出来た服の皺やら髪の乱れを整え、メイドさんが持ってきてくれた紅茶を一口啜って落ち着きを取り戻していた。なんとも優雅な行動だ。
「それで、僕のことを嫌いになるってどういう事かな。ノワ」
「そんなキリッとした顔で言わないで下さいお父様。そんな事はどうでも良いんです」
「どうでも……」
「アインとマリエル以外の者を下がらせて貰えますか」
この部屋には俺、ノワ、アインさん、マリエルさん、ミルガーさんの5人しか居ないのにも関わらず、ノワがそんなことを言い出す。
まぁここにも居るんだろうね、隠れた護衛たちが。
「そう……それほど大事な話というわけだね。影は全員この場から去ってくれ。ルフィーラは出てきて貰えるかな」
「なにかしら?」
気づいたら女性が1人、ミルガーさんの後ろに立っていた。
いつの間にそこに居たんだ!? 確かにミルガーさんだけを注視していたわけでは無いけれど、視界には入っていたはずだ。それなのに気づいたら女性が立ってるっておかしいだろ。
「ふふっヴェイル君が驚いてるわね」
「それはルフィーラがこんな出て来方をしているからだろう?」
「あら、それもそうね。自己紹介するわ。私はルフィーラ・ブルノイル。このミルガーの妻でノワの母親よ。よろしくねヴェイル君」
突如現れたのはノワのお母さんだったようだ。確かに彼女の真っ黒の髪の毛と薄赤色の瞳と美貌は、ノワをそのまま大きくしたような印象があった。
「ヴェイルです。よろしくお願いします」
なんだか美魔女感溢れるこの女性を前に、俺は嫌な予感が止まらないのだった。
「ふふっ可愛いわねヴェイル君。食べちゃいたいくらいだわ」
「ルフィーラ? 夫の前で男の子を食べようとしないでくれるかい?」
「お母様、それはいけません。ヴェイルは私が目にかけているのですよ、お母様が食べるくらいなら私が食べます」
「あらあらそうだったわね。流石ノワだわ」
「ノワ? ルフィーラのマネをしちゃいけないよ?」
やめて! 冗談だとしてもミルガーさんの前でそんな会話しないで! ミルガーさんの目が死んでるから!
「それとヴェイル君には後でお話があります」
「……はい。お手柔らかにお願いします、ミルガーさん」
わぁ、終了のお知らせだぁ。
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