第5話 試験。そんな……

「それで? なんで俺はノワの家に呼ばれたんだ?」

「あら、まだお父様から聞いていなかったのね。ヴェイルをこの家に呼んだ理由は、簡単に言うと貴方という人材を私が買いたいからね」

「買う……?」


 買うって言うと何だ、農家が野菜を売って俺等がその野菜を買うっていうあれか? つまりは人身……


「何か今失礼なことを考えてないかしら?」

「いえいえ滅相もございませんよ。もうまったく、はい」

「はぁ……誤魔化す気あるのかしら。まぁ良いわ」


 ノワはやれやれと言った様子で紅茶を一口飲むと、1つのカードを懐から取り出して渡してきた。


 金色のカード? 硬いな……でも鉄って感じでもない。木材でもないだろうし、何かしらの金属か? まさか本物の金とか?


「それは……まぁただの金色の券よ。貴方にそれをあげるから私と一緒に王立学園に入ってくれない?」

「はい?」

「だから王立学園に入ってって言ってるのよ」

「俺が?」

「そう」

「へぇ……いやムリムリムリムリ!」


 王立学園だと!? それはあの勉学を学ぶ学び舎のことですよね! しかも王国随一のあそこですよね!


「なんで無理なのよ」

「いやだって冷静に考えてみてくれよ。俺はその日暮らしの平民だ。学園に通うだけの金なんて無いし、そもそも学園に通って上手くやっていけるほど俺は能力が高くないだろ」

「う~ん、そうかしら」


 ノワはわざとらしく首を傾げ、テーブルの端に置いてあったベルを鳴らした。

 なんだ?


 ベルが鳴った3秒後、入口の扉が開いて先程のメイドさんがやってきた。


「お嬢様、オマタセシマシタ」


 待ってない待ってない。それにメイドさん、興奮抑えようとしすぎてカタコトになってるよ。


「マリエル、貴女に頼んでいたあれを持ってきて貰える?」

「あれ、ですね。承知しました」


 メイドさんマリエルって言うんだね。それにあれって何でしょうかね。俺は何だか嫌な予感しかしません。


 というか興奮してるメイドさんのインパクトが強すぎて思い出さなかったけど、褐色の肌に青い瞳ってブルミア人の特徴だ。

 確か忌み嫌われている人種だっけか? んーまぁどうでも良いな。この人美人だし。なによりこの人は見てて面白い。




 そんな事を考えながら無言で紅茶やお菓子を堪能して5分ほど待つと、マリエルさんが戻ってきた。紙を5枚ほど持って。


「お嬢様、どうぞ」

「うん、これこれ。ありがとうマリエル、良く用意してくれたわね。そうね、私の私物をあげるわ。部屋から勝手に持って行って良いわよ」

「し、下着でも……ですか?」

「ええ、なんでもどうぞ。ただし1つよ」

「ありがとうございますっっっ!!!」


 おーう、マリエルさんそんなに素早く動けたんだぁ……あは、あはは。


「なんて顔してるのよ」

「いや、今の光景が衝撃的すぎてね」

「マリエルは変態なのよ、仕方ないでしょう?」

「うん、まぁ、君が良いなら良いと俺は思うよ……」

「私はマリエルの私への執着心は可愛いと思うわよ」

「そっか……」


 やっぱこの家の人を理解するのは無理だ。そういう生き物だと思おう。


「また変な顔をしてるわね。まぁ良いわ、ほらこの問題を解いてみてちょうだい。制限時間は30分、8割超えてなかったら殺しまーす」

「え? ちょ――」

「開始~」


 いやいや急すぎるって! しかも8割超えてなかったら殺すってこいつならやりかねん! 早く……早く解かなければ!



 問題は全部で5枚。取り敢えずざっと問題を確認してみよう。


 1枚目。これは算数だな。難しそうな後ろを見ても余裕で解けそうだ。計算は小さい頃から暇つぶしにやっていたから問題ない。

 2枚目。これは地理か。この国の地名や隣国の名前なんかがメインだな。これもまぁ興味本位で調べまくってたから余裕だ。

 3枚目。歴史か。不思議と覚えるのは簡単で、普通に行けると思う。頑張ろう。

 4枚目。職業について。これは余裕の一言だ。どれだけ俺が調べたと思ってるんだ。ワクワクだぞこの野郎。

 そして最後の5枚目。『ノワ・ブルノイルを殺すなら、どのようにして殺すか答えよ』……は? なんじゃこりゃ。


 まぁなんだ。取り敢えず8割はいけそうではある。1~4枚目は完答を目指そう。5枚目はもう知らん!




 そうして15分後。4枚目までを全て記入し、残るは問題の5枚目だけになった。ここまでの問題は確実に満点だ。歴史が本当に簡単な部類しか出なかった。

 だが5枚目は……


「どうすんだこれ」


 難題過ぎて声が漏れてしまう。


 ノワは公爵家の三女という超上流階級の人間だ。それにあのお父さんの感じからして娘を溺愛してるだろう。そんなお父さんがノワに護衛を付けていないわけがない。今この瞬間も俺とノワの様子を観察していて、俺がなにかしようものなら一瞬で殺されてしまうのだろう。

 じゃあ外で暗殺するか? いやそれこそ駄目だろ。外に行くなら絶対に護衛がつくだろう。……ん? あの時、中央広場の時近くに護衛居たか? いや見えない所に居たんだろうな、多分。マリエルさんとか絶対いただろ。


 うーんつまりは正攻法ではない? なんか引っ掛けみたいなそういうことか? んむむむむ。

 

 あ、そうだ! ……なるほど、分かった、これしか無い。


「出来たぞ」


 俺はそう言って解答用紙をノワに渡した。


「早いわね。まだ10分余ってるわよ」

「終わったから良いんだよ。早く採点してくれ」

「そう、貴方が良いなら良いわ。採点するわね」


 殺されるかも知れないという緊張からか無駄に心臓が高鳴るが、ペラリペラリと紙を捲る音の方がより鮮明に聞こえる。なんだか変な感覚だ。


「はい、採点できたわ。じゃあ結果発表~」

「お~」

「ヴェイルのテストの結果は~合格! 私的には100点満点だわ。流石ヴェイルね」


 よし! やっぱ最後の問題はあれで合ってたんだ。ノワが手放しで褒めてくれる。これは嬉しいな。


「まぁ当然だな!」

「あら、当然なのね? ちなみにその問題王立学園の入学試験レベルよ。……あら、そういえば学園に入ってもやっていけるだけの能力が無いとか言ってる人が居た気がするわね……誰だったかしら?」


 くそ、失言してしまった! 当然だと行った手前引くに引けないし、かと言って王立学園に行く羽目になるのも嫌過ぎる! 家にそんな金は無い!


「あぁもう良いよ、分かった分かった。学園でも勉強にはついていけそうだって認める。でもそうだとしてもやっぱり無理だ」

「……そう、でも貴方のお姉さんは通っているじゃない。貴方は何がそんなに嫌なの?」

「正直に言うぞ? 金だよ。姉さんはちょっと特殊な事情で通えてるだけで、家に学園の膨大な費用を払うだけの貯えはない」

「あら、そんなことだったの」

「そんなこととは何だ、平民を馬鹿にするんじゃない」

「いや、馬鹿にしてるわけじゃないのよ? 気づいてないものだから面白くて」


 俺のことを見てノワが笑っている。何が面白いってんだ? 

 自分の体を見てみるが、特に変なものはない。綺麗な服だし汚れも1つたりともついていないぞ。公爵家からの贈り物のようなものだし、高いお金を払ってるんだから丁寧に着ないとだからな。


 あ、贈り物もう1個あったな……。


「やっと気づいた?」

「あーうん、そうだよな。何のための券だって話だよな」


 公爵家の三女がくれた金色の券。そして渡した途端に始まった学園の話。つまりは……


「その券があれば学園なんて無料で入れるわ。正確にはブルノイル家が全額負担するもの。学園以外にも中央図書館だったり貴族御用達の道具屋なんかも入って買い物出来るようになるわよ。この王都の王族以外進入禁止の場所を除けば文字通り全て。もちろん公爵家の支払いと責任でね」

「嘘だろ……」


 これ想像以上の代物だわ。絶大な特権を持つ的な。


「全部って全部?」

「全部よ。正式な手続きを踏めば国の研究基地にも入れるわね、理屈上は。……私がそれをヴェイルに渡すのがどれだけの事か分かって貰えたかしら?」



 そういうノワの表情は今までで1番真面目で、1番貴族らしい顔だった。

 俺はそれだけ俺に期待してくれているノワに答えたいし、こんなに良い物をくれるのならその分ノワにも何か凄く良いことで返したい。

 でも、だからこそやっぱこれは俺が受け取っちゃいけない物だと思う。




 だって俺は『テイマー』なのだから……。

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