第3話 レッツゴー。ブルノイル家
「マイル殿でしたか? 貴女は賢い子ですね」
「いえいえ……ありがとうございます」
改めて全員が席につくと、アインさんがマイル姉さんを見ながらそう言った。マイル姉さんはその言葉に否定をしながらも何処か嬉しそうな表情をしている。
ちなみに我が家の食卓は家族が5人のため椅子が5つしか無い。そのためアインさんの座る場所に困るのだが、マイル姉さんが座るのを断固拒否したため、マイル姉さん以外が座って解決だ。
「マイルは我が家でも一番賢いので……」
「ほほほ、それは大変素晴らしいことですな」
アインさんは好々爺然とした笑みを浮かべているが、どうにも食えないじじい感が否めない。
奇縁から学園に通う事になったマイル姉さんは貴族事情に詳しい。俺や父さんだって街中でたまに見かける有名な男爵様や子爵様くらいなら顔を知っているし、三大公爵家の当主ぐらいなら顔も分かる。
ウィンテスター公爵家、グランヴェル公爵家、ブルノイル公爵家の三家だ。……ん? ブルノイル公爵家?
「では改めまして、私はノワ様の執事をしているアインと申します。そちらのお嬢さんにはバレてしまいましたが、ノワ様はブルノイル公爵家の三女であらせられます。ノワ様が興味を示した御方のご家族がどのような方達なのかを試すため、初めは家格を名乗りませんでした。申し訳ありませんでした」
「こ、公爵家……!? た、大変失礼しました!」
父さんが額がテーブルに着く程に頭を下げる。
そして俺もようやくこの場の異常さが理解できた。この人の家は男爵や子爵などの低級貴族なんかではなかった。それどころか上級貴族の一角をなす伯爵家ですら、全く足元にも及ばない程の超大貴族。
王国に三家しかない公爵家の御方だったのだ。
俺だけでなく母さんも、ナイルですら状況を理解したようだった。ナイルは緊張で表情が固まっているし、母さんは顔を青くしている。
「わ、私達の息子がなにかしたのでしょうか……」
母さんは何か良くない想像をしたのか、真っ青な顔で泣きそうになりながらアインさんに訪ねていた。俺が不敬罪で処刑される想像でもしているのかもしれない。
母さん、落ち着いて。アインさんは食事会に誘いに来たって言ってたよ。なんでかは俺も知らないけど。
「いいえ御婦人、ご安心ください。先程も言いましたが、本日は御子息のヴェイル殿を夕食会にお迎えするために来た次第でございます。何か罰を与えに来たというわけではありません」
「あ、あぁ、そうでしたか……良かった……」
何だかもう母さんが倒れそうで心配だ。お腹に赤ちゃんもいるんだし、母さんには心労を出来るだけかけさせたくない。
よし、ノワの家なら大丈夫だと思うし、言い方は悪いけど母さんの為にも早くこの人には帰ってもらおう。
「あの、アインさん……様」
「さん、でよろしいですよヴェイル殿」
俺がアインさんに話しかけると、父さんも母さんも驚いた表情で俺のことを見てきた。
マイル姉さんなんか俺が何か変なことを言わないのか心配して、表情がコロコロ変わって正直面白い。貴重な光景だ。
「夕食会というのは今日ですか?」
「はい、そうでございます」
「俺は行っても良いんですけど、着ていく服がありません。それに見ての通り話し方もマナーもなってないですけど良いですか?」
うん、ちょっと生意気すぎたかな? いくら相手が貴族ではなく執事だとしても、なんだかこの爺さんに主導権を握られすぎるのは良くない気がする。
アインさんは公爵家と言わなかったのは試すためと言っていた。それに大貴族の割には上下関係をあんまり誇示していない。アインさん自体は物凄く低姿勢だし、それに何だか楽しそうな雰囲気に満ち溢れてるんだよねこの人。
まるで俺の王族に対する不敬発言を面白がってたノワみたいだ。
「ええ、大丈夫ですよ。ブルノイル公爵邸に行く前に服や靴を買いに行きます。それにブルノイル公爵家は身分による不敬などは気にしませんので安心して下さい」
「そうですか、ありがとうございます。服を買うお金も無いですけどそれも……?」
「えぇもちろん公爵家が負担いたしますよ」
「それなら分かりました。今すぐ行きましょう」
そうして俺はブルノイル公爵家に行くことになるのだった。
ちょっとマイル姉さん、顔やばいよ。
移動中の馬車の中、俺はアインさんから何とも答えづらい質問をされていた。
「王族と貴族のことをどう思いますか?」
どう思うかなんて言われても……どう答えるのが正解なんだ?
普通だったら超尊敬してるとか凄い方達~とか言えば良いんだろうけど、この人はノワの執事なのだ。という事は今日の昼間のノワに聞かれた不敬発言のことも知っているのかも知れない。
そうなると、俺がここで嘘八百を並べて尊敬~とか言っても一瞬で嘘ってバレてしまう。かと言って素直に別に何とも思ってないすよ。なんて言ったら普通に首が飛ぶ可能性もある!
どうしろと!
「へ、平民からしたら雲の上のような人達、ですかね……」
「ほほう、そうですかそうですか」
う、嘘は言ってない! すっごい高い身分の人だとは思ってるから。嘘じゃない嘘じゃない。
「やはりノワ様が言うようにヴェイル殿は面白い方です。相手が公爵家と知っていても、敢えて不敬と取られるような立ち回りをするとは何とも何とも……イカれている」
アインさんの纏う雰囲気が変わる。朗らかなおじいさんではなく、歴戦の猛者が得物を狙うかのような眼光を射向けてくる。
どこにスイッチあったんだよ今!?
「あ、あははは……はは。……申し訳ありませんでしたぁぁ!」
いやもう冗談じゃないよこの雰囲気。殺されちゃうってこれ!
俺が全力で謝罪をするも、1秒、2秒、3秒と無言の時間が流れていく。俺はこれが蛇に睨まれた蛙の気分なんだと、何だか少し余裕がある考えが浮かんでしまった。
うーん、この。何なのよこの時間。
「ほほほ、私の威圧を正面から向けられても心の中でふざける余裕があるとは。ますます面白い方ですね。やはり私の御主人様の慧眼は素晴らしいと再認識させられました」
「あ、えっと、怒ってないってことです、かね……?」
「えぇ、全く怒ってませんね。寧ろ気分が良いくらいです」
何で自然に心読んでんのよ。なんだよこの爺さんほんとに……。
「そろそろ店に到着しますね。どうせですから2、3着服を買ってしまいましょう。今日買う物は既製品になってしまいますが、1着程度は採寸して後日届けるので今日はご容赦下さい」
「あ、はい。もう全然何でも大丈夫です」
なんだかお貴族様に服を買って貰えるっていう意味分かんない展開だけど、まぁもうなんでもいっか。俺もうこの爺さんと会話するの疲れたよ。
「こちらのお洋服でよろしいでしょうか~?」
「あ、はい、それで」
「ではこちらなんかもどうでしょう」
「うん、お願いします」
「では最新の流行であるこちらもっ!」
「はい」
「普段用にこちらはどうですか?」
「お願いします」
「では最後に採寸いたしますね」
「はい」
「はっ! 夢か!」
「夢じゃないですよヴェイル殿」
「ですよね~」
いやもうなんかどうにでもなれ感で買いに出かけたけど、これ全部で5セットくらいあるよねぇ……。
馬車の中を見るとたくさんの箱が置いてあった。いや、置いてあったってか俺が買って貰っちゃったんだけどね。
普段遣いの地味めなやつ、普段遣いだけどちょっと豪華なやつ、貴族が普段遣いしてるやつ、パーティー用の正装、今日の夕食会のために着ているちょいお硬い形式の貴族用。
そして後日家に届く上物の普段遣い用の服で計6点、いや6セット。
終わった……いくらだこれ。
「ほほほ、お金は気にしないで下さい。ヴェイル殿が適当感満載でしたので、私がどんどん買わせるようお店の方に勧めたんです。もうそれは面白かったですよ」
「はぁ、そうだったんですか……」
今日の教訓『疲れても適当にならない』。
ヴェイル。
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