第2話 招待。……招待?
俺は殿下達の演説を聞かずに急いで家に帰った。
家は例のごとく中央広場から遠いのに加え、人に見られないよう裏道をとおて遠回りしたので相当疲れてしまった。でも、この黒色の粒子に包まれた状況を誰かに見られたまま、あの場にいるよりは良い。
あの少女に「早く帰ったほうが良いわよ」と言われたから気づけたことなのだが、いくら王都の民のほとんど全員が王族に注目していると言っても、広場の後方にいる人間はそれなりの数いたのだ。
確実に何人にかは黒い粒子を見られてしまった。
「あら、おかえりヴェイル。もう帰ってきたのね、ちゃんと王子様と王女様の儀式は見れたの? 同い年でしょう」
俺がリビング――リビングと言えるか分からないが――にある椅子に座って体力の回復を待っていると、裁縫の仕事を一段落させて裁縫道具を片付けに来た母さんに話しかけられた。
「しっかり殿下達の授職の儀は見てきたよ。けど、その後俺も職業を授かったから急いで帰ってきたんだ。それに――」
「やったじゃないヴェイル! すぐにごちそうの用意をしなきゃだわ! お父さんも今日は狩りじゃなくてマイルと街に行ってるから、もうすぐ帰ってくると思うわよ!」
俺が黒い粒子のことを言おうとした瞬間、俺の職業獲得を喜んだ母さんに抱きしめられて遮られてしまった。
まぁよくよく考えれば今話さなくても問題ないか。どうせ父さんとマイル姉さんにも言わないとだし後にしよう。
だから今は母さんに黙って抱きしめられておく。
一時間後。
「おかえりマイル姉さん」
「ただいまヴェイル」
この明るい茶髪で背の小さい女の子がマイル姉さんだ。
母さんと似て、歳のわりに幼い見た目をしてるので可愛いらしいと思うのだが、彼氏が欲しい欲しいと常々言っているので、多分だがモテないのだろう。
そんな可哀想なマイル姉さんは昨日の朝に帰ってきた。
マイル姉さんは奇縁から学園に通うことになったのだが、あまり家に帰ってこない。「いつでも帰れるんだから今帰らなくてもいいでしょ」とはマイル姉さんの口癖だ。
結局全然帰ってきてないじゃないかって文句を言ってやりたい。
父さんとマイル姉さんが帰ってきて、早速お祝いの食事会となった。食事会と言ってもお貴族様がやるような豪華なものではないが、一家団欒で温かな雰囲気に包まれた楽しい場だ。
あまり裕福ではない我が家だが、普段から食事は満足に取れている。肉も食えるしひもじい思いはしていない。けど今日のご飯は別格だ。
少々時間が中途半端だが、いつもより明らかに質が良く量も多い肉に、みずみずしい葉野菜や甘そうなデザートまで付いている。
この食事を見るだけで職業を獲得して良かったとさえ思えるよ。
「それでヴェイルはどんな職業になったんだ?」
楽しく会話をしながら食事に舌鼓を打っていると、父さんが気になって仕方がないといった様子で俺に訪ねてきた。
食事を堪能しすぎて報告しなきゃいけないことをすっかり忘れていたのだが、父さんのおかげで思い出せた。危ない危ない。
というか俺黒い粒子のことに集中しすぎて自分の職業が何なのか確認して無くね? 何やってんだ俺。
「えっと、俺の職業は――」
心のなかで俺の職業は何だ、と考えるとすぅっと脳内に職業名が浮かび上がった。
「――えっ……エンシェントテイマーみたい」
「「「「エンシェントテイマー?」」」」
俺の職業名を聞いた4人は微妙な表情をしていた。かく言う俺も複雑な心境だ。
「そうか……テイマーか」
「テ、テイマーだって良いじゃない! ねぇマイル?」
「そ、そうよ! それにただのテイマーじゃなくてエンシェントじゃない! エンシェントがなんなのかよく分からないけど、ほら、なんか凄そうだわ!」
「兄さんならテイマーだって何だって大丈夫だよ!」
父さんはなんて声をかけたら良いか迷っているし、母さんは笑顔を保ちながらマイル姉さんと俺を励まそうとしている。ナイルは良い子だな、うん。
みんなが俺の職業を聞いてこんなに微妙な反応をしているのには理由がある。
「みんな、ありがとう。俺がテイマーだったから励ましてくれてるんだよね。……でも、俺思ったよりこの職業になってショックを受けてないみたい。テイマーが不遇職と言われていても、不思議と俺はこのエンシェントテイマーという職に可能性を感じるんだ」
「ヴェイル……」
そう、テイマーは不遇職だ。
職業は大別すると戦闘系と非戦闘系に分けられる。
戦闘系は文字通り戦闘を得意とする職業群であり、マイナーなところで言うと大剣使いや双剣使い等の剣士系や火魔法使いや水魔法使い等の魔法使い系なんかがある。
非戦闘系は鍛冶師や裁縫師等の生産職から、司書や測量士などなど多種多様な職業が分類されている。
そして問題のテイマーなのだが、テイマーは一応戦闘系の職業に分類されている。だが、テイマーという職業は魔物や動物をテイムするだけで職業を持っている本人に戦闘力はほぼ無い。
いやまぁ戦闘職と言うだけあってある程度の恩恵はある。魔物や動物に少し好かれやすくなったり、ほんとうになんとなーく魔物や動物が何を感じているのか分かる可能性がある程度。
だが最も重大なのは、自分自身が一切強くないから強い魔物をテイム出来ないことである。
格上は当然無理として、運良く自身と同等の強さの魔物をテイム出来たとしても、そのテイム出来た魔物と同程度の魔物に主人ごと普通に殺られてしまう始末。
魔物をテイムすれば、その分主人の身体能力に加算されるらしいが、それもほんの少しで足しにならないくらいなのだとか。
もうふんだりけったりだ。
けど、俺はこのエンシェントテイマーという職業はなんだかやってくれる気がする。
だってエンシェントだぞ! 古代のとか、
「だからまぁ、取り敢えず今はご飯を食べようよ! 折角こんなに豪華なご飯なんだから、しっかり食べないと勿体ないよ!」
「……そうね。今はヴェイルが言うようにご飯を食べましょう。ヴェイルがテイマーの職業に悩んでないなら、私達が心配しすぎるのも変よ」
「あぁ、そうだな。どんな職業でも俺達の可愛い息子という事は変わらないしな!」
「私は最初から心配してないわよ!」
「姉さん、それは無理があるかも」
「う、うるさいわねナイル!」
俺の家族がこの4人で本当に良かった。
俺がどんな職業になっても見放したりしないし、無条件に愛情を注いでくれる。本当に良い家族だ。
――コンコン。
食事と一緒に家族愛を噛み締めていると、玄関の扉がノックされた。
今は夕方だから誰か来てもおかしくない時間帯ではあるが、一体誰が来たのだろうか。うちのような王都の端っこの家にわざわざ用がある人も少ないと思うのだが……。
「はい」
父さんが返事をしながら玄関に向かう。何だかみんな緊張した面持ちだ。親しい人ならば名前を呼びながら戸を開けてくるし、そもそもこの家に人が訪ねてくること自体が珍しい為、無意識に警戒してしまう。
でも1つ言えるのは、いきなり扉を壊して入ってくるような荒くれ者ではないってことだ。
父さんが慎重に扉を開けると、そこには身なりの良い初老の男性が1人立っていた。
初老の男性はひと目見て敵愾心がないと分かるくらいに穏やかな表情をしており、食卓を見て食事中だと理解したのか申し訳無さそうな表情に変わった。
「お食事中でしたか。これは大変失礼致しました」
「いえいえ大丈夫です。えっと……お貴族様ですよね? 我が家のような辺鄙な所にどんな御用でしょうか」
父さんは冒険者歴が長い。だから拙いながらも敬語を使う事ができる。貴族相手だとしても相当なクソ貴族じゃなければ問題ないはずだ。
初老の男性は身分を問われると、もともとの姿勢の良かった背筋を更に伸ばして口を開いた。
「私はノワ・ブルノイル様の執事をしております、アインと申します。本日は我が家の夕食会に御子息であるヴェイル殿をお招きしたく、お伺いさせて頂きました」
「ノワ・ブルノイル様……? それにヴェイルが夕食会とはいったい……」
初老の男性――アインさんが綺麗なお辞儀で身分を明かす。
ノワ・ブルノイル……ノワってあのノワか? 昼間中央広場で話したあの綺麗な子のことだよな。貴族だろうとは予想してたけど本当に貴族だったのか。
てかなんで俺の家を知ってんだよ、俺教えてないぞ?
なんて考えていると、マイル姉さんが血相を変えて飛び出していった。
「ちょ、ちょっとお父さんどいて! すみませんでした!」
普段のマイル姉さんからは考えられないほど機敏な動きを見せたと思ったら、珍しく父さんを足蹴にしてアインさんに頭を下げだしてしまった。
いや頭を下げたっていうか……土下座?
「私達の様な庶民ではブルノイル家の様に高貴な方達に接する機会など無く、ブルノイル家の……それもノワ様の執事様だとは知らずに入口に立たせ続けてしまい申し訳ありません! ブルノイル家の方からしたら狭苦しい所だとは思いますが、どうぞあちらにお掛けください!」
その様子を見たアインさんは更に申し訳無さそうな表情をすると、「気を使わせてしまいましたね」と言って我が家の食卓についた。
それにしてもそこまで我が家を卑下しなくてもいいじゃないかマイル姉さん。
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