第1話 中央広場。なるほどね

 ――昨年の12月末。


「あと1週間でヴェイルも職業持ちだな!」


 賑やかな夕飯時、父さんが心底楽しみそうに話しかけてくる。

 父さんはのジョブは剣士で、冒険者をしているだけあって身体も大きいし声もでかい。

 今日は普段よりも声が大きいところからして、俺以上に俺の職業が何なのか楽しみなようだ。


「ヴェイルはどんな職業になるのかしらね」


 物静かさと元気さを併せ持っている母さんが、頬に手を当てて微笑みながら父さんの言葉に賛同した。

 まぁマイル姉さんの時は今以上のお祭り騒ぎだったし、両親が俺の職業を楽しみにしてるのは分かりきったことではあったな。


 うちの両親は家族という贔屓目を抜きにしても美形だ。

 父さんは筋骨隆々な身体に比例してか、顔つきも野性味溢れる美形で明るい茶色の髪の毛が映えている。

 母さんは父さんとは違って線が細く、それでいてか弱さは感じない程度に健康な見た目をしている。それに白に近い銀髪は目を引かれる。性格面は父さんと似て明るいが、粗雑な明るさではなく周囲を元気づけてくれるような明るさだ。


 そんな父さんも母さんも、勿論俺も溺愛しているの弟が1人いる。


「兄さんは姉さんよりも体力があるから、父さんと同じ剣士かもしれないね!」


 目に入れても痛くないくらい可愛い弟のナイルが、そんな嬉しい事を言ってくれる。1つ下のはずなのにもっと幼いように感じるのだから不思議だ。

 この大きな瞳と父さんよりも明るい茶髪が原因だろうか。



 それにしても剣士か。剣士になれたら父さんみたいに冒険者として活動して、家族の生活の足しに出来る。魔物討伐だけじゃなくて薬草とかの採集をするにしても、戦えるに越したことはないもんな。


「ナイルの言うように剣士になれるといいな。そうじゃないとしてもなにか戦える職業になれると良いけど」

「ヴェイルならきっとなれるさ! 父さんの子だからな!」

「もう、あなたと私の子でしょう?」

「ははは! そうだな!」


 今日も我が家は一家全員が仲良くて賑やかだ。

 姉さんも年越しには家に帰ってくるって言ってたから、俺の職業が覚醒する日が心の底から待ち遠しい。いったいどんな職業になるかなぁ。








 

 そして約1週間が経過して新たな年を迎えた。俺も今日13歳となり職業を天から授かるのだ。


 天から職業を授かるのは人によって時間が違う。年を越した瞬間に授かる人もいれば、1月1日が終わる直前に貰う人もいる。


 そのせいか王都では、1月1日という日は新年を祝いながら新たな職業人の誕生を祝うために、0時から24時になる直前まで文字通り1日中お祭り騒ぎとなる。新たに職業を授かる子がいる裕福な家庭は散財をする日なのだ。

 そして俺達のような裕福じゃない平民は、いつも通りの日常を過ごし、職業に芽生えたあとの食事でささやかなお祝いをするって感じだ。


「俺はいつ発現するかな」


 小さな噴水前のベンチに座り、賑やかな街中を目で楽しみながらそんなことを呟く。


「俺もう職業手に入れたぜ! 水斧士だ!」

「えーずるーい! 私も早く職業欲しいなぁ……魔法使える職業が良い!」

「僕は見習い農家だったよ……」

「うーん、残念ね。でも農家さんだって美味しいお野菜作って凄いじゃない!」


 周囲には俺と同じようにワクワクした顔で職業を授かった人を見ている子や、希望通りの職業を授かって興奮している子、はたまた期待していた職業とかけ離れた職業で落ち込んでいる子もいた。

 これだけの人が居たらいろいろな感情が王都中で渦巻いていることだろう。みんながみんな望む通りの職業を得られるのが最高なんだろうけど、世の中はそんなに甘くない。





「「「おおおおおおお!!!!」」」


 噴水を後にして歩いていると、俺が進んでいる通りの奥から大きなの歓声が聞こえた。

 どうやら今日俺が外出している目的の場所は近いみたいだ。


「私は必ず良い職業を手に入れる!」

「僕も絶対手に入れます」


 王都は王城を中心とした巨大な街であり、貴族街は王城の北部に位置している。


 今日の俺の目的地は王城南部に位置する、王都の中央広場だ。

 貴族街とは反対側の王城に近い場所にあるその広場は、普段はただの広場として商売や子供達の遊び場など様々な使い方がされているが、今日は異様な雰囲気に包まれていた。


「私はお母様のように強い剣となり!」

「僕はお父様のように賢い本となります」


 王城をバックにして少し高くなっている平たい舞台に、2人の男女が立って演説している。


 その舞台は普段無いので、今日のために特別に作ったのだろう。舞台は大理石のようなもので出来ており、前側には少し離れて騎士団が並び、その更に外側を王都の民がぎゅうぎゅうに囲んでいる。


 そしてその舞台の上に立つ2人は、普段街で見る豪商の息子や娘なんで目ではない程の豪華な装飾に身を包んでいる。ジャラジャラと動くたびに音がする程だ。

 そんな装飾の施された服を身にまとっているのは、力強く演説している女の子と、声が小さく少し気が弱そうな男の子だ。


「間もなく定刻の12時となる! みな、私達の姿をしっかりとその瞳に、その記憶に焼き付けろ! 今日、スレイン王国に新たな英雄が誕生するぞ!」


 強気な女の子がそう言うと、盛り上がりを見せるかと思った広場はしんと静まり返った。

 それは無視なんてものではなく、民衆がその時を今か今かと待ち望んでいるから起こった現象なのだろうと俺にも伝わった。


 実際に、自分のことでも家族のことでもないのにも関わらず、何故だか鼓動が早くなっている。なんだか絶対に見逃してはならないとんでもないことが起こるような感覚だ。

 


 ドクン、ドクンと心臓がリズムを刻み、時刻は12時に迫る。


 後10秒で12時になるというタイミングで、舞台の上に乗った2人が淡い金色の粒子に囲まれ出した。


「おおお……これは……」

「ありがたや、ありがたや」


 その様子を見た王都の民が様々な反応をしている。感涙の涙を流す者、手を擦って何かに縋っているように見える者、ただ呆然と眺めている者。


 5、4、3……


 次第に光は強くなり、12時になったその瞬間、天から黄金の光が2人を直撃し、民達のボルテージも最高潮に達した。


「おおおおおおおおおおおおお!!」

「ばんざーい! ばんざーい!」

「王女殿下、王子殿下に光りあれーー!!」

「うおおおおおおお!!!」


 こうして第1王女殿下と第2王子殿下の授職じゅしょくの儀が行われたのだった。



 そう、俺が今日王都を散策していたのはこれが目的だったのだ。

 王族は13歳になる者がいる場合、職業を授かる様子を王都の民に公開するのだ。王族は1月1日の12時ちょうどに職業を授かるのが決まっているらしく、民達にこの国は安泰だと安心感を与えるために行っているらしい。


 でも実際にはこの様子を民に見せて、王族が金色の粒子に包まれて神様から寵愛を授かっている事を分かりやすく視覚的に伝える良い機会だからだろって俺は思う。

 民の王族への忠誠心というか尊敬度っていうか、そんな感じの上流階級への畏怖と尊敬を集める為みたいな気がする。


「あなたなんだか面白いことを考えてそうね」


 民衆の後方で口には出せない不敬な考えを抱いていると、突然女の子から声をかけられた。


「ん? 別に面白いことなんて考えてないぞ。なんだか権力を安定化させたそうだなって思っただけだ」

「そう、不敬も良いところね」

「いやいや不敬だなんて……俺は馬鹿にしてるんじゃなくて、良い作戦だと感心してるだけだ。効率よく忠誠心を稼いで敵愾心を削いでるなって」


 本当に良い作戦だと思う。あの金色の粒子に包まれる様子は確かに神秘的で、俺達みたいなただの庶民なんかが一生敵うわけがないと思わせられるのだ。


 無い芽を摘むというか、反逆の意思を持つ前に可能性を潰しておくという意味で。

 まぁでも確かにこんな考えを誰かに聞かれたら不敬と思われなくもないな。ははは、はは、は……


「……って誰ぇ!?」


 俺は中央広場の舞台から超離れた後方に居たのだが、ここまで遠い場所となると人はあんまり居ない。みんな王族を間近で見ようと前に前に進んでいくから。

 それなのに気づいたら俺の隣に人が居て、考え事をしていたせいで普通に会話してしまっていた。というか、なぜだかその声に妙に安心して話してしまった。


「私はノワよ、宜しく。あなたは?」

「あ、俺はヴェイル。よろしく、ノワ」


 混乱しつつも、丁寧に挨拶をされたので出された手を握り返す。


 ノワと名乗った少女は、話し方や佇まいから何処か不思議な雰囲気を感じる。黒曜石のように真っ黒で美しく腰まである長い髪を風に揺らしながら、吸い込まれそうな程に神秘的な赤い瞳をこちらに向けていた。


 黒髪はこの国では珍しいのだが、俺からしたら羨ましい限りだ。俺のこのシルバー寄りのプラチナブロンドもいいけど、やっぱり黒色が良かったなと漠然と感じる。


「黒……ヴェイル、あなた面白いわね」

「何がだよ」

「ふふっ、だってあなた自分が粒子に囲まれてるのに気づいて無いんだもの」

「えっ?」


 そう言われて自分の体を見てみると、たしかに薄っすらとだが俺の身体が黒い粒子に囲まれていた。


 粒子に囲まれるのは世界でも有数の当たり職業だけなんじゃ……?


「嘘だろ、でもこれってもしかして……」

「おめでとう。とびきりの職業を獲得したわね」

「あ、あぁ、そうだな」


 なんだか粒子に包まれてる不思議な感覚のせいで、曖昧な返事になってしまうのだった。

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