見える世界

梅里遊櫃

見える世界

 時間を超える。難しいことのように思うかもしれないが、人間の現在は八秒。未来へは八秒後に行けるのだ。だが、過去というのは過ぎ去るばかりで後ろ髪のように引きずるものだが、刻一刻と忘れ去られていくものだ。

 そのはずだった。そう思っていた。

 人より学があると思い込んでいた自分はどうしても現在の自分に不安になる。物理学上、過去にいくというのは難しいはずだ。

 抓っても痛い自分の頬の現実感に恐怖している。

 なぜなら俺は、過去に来ているようだからだ。見えるスマートフォンの日時は平成二九年の七月二五日。夏の京都は盆地らしく暑い。

「なんで今なんだよ」

 こっ酷く、彼女を傷つけた後の十日後。俺が付き合わない方が良かったと馬が合わなかったと後悔している彼女の誕生日の後の日だった。俺はしばらく連絡を無視していた気がするし、ゲーム仲間とゲームに没頭していたような頃合いだ。

 神様とやらは彼女の味方なのだろうか。俺には一児の子供がいたのもあり、こんな時期に未練なんてない。

 そう、いらない時間なのだ。

「消化試合だ。俺は同じ人生を辿るだけだ」

 今も彼女からの連絡は来ている。名前もとうに忘れていたというのに嫌な日を思い出してくれる。

「別れたいならそう言ってよだって? 他の男選んだのはお前だろ」

 誕生日に自ら別の男に電話した女に未練を感じる男がいるだろうか。俺はないと思う。やけに論理立てする女で面倒だったのを思い出して、分かった別れようとだけ連絡を返した。

 未練や情なんてものはなく、ただ終わらせたかった。

 ふと、前を見ると彼女と目が合う気がした。ここはそう。四条河原町の交差点。彼女がよく遊びに利用していた場所だ。




 私は分かっているストーリーをなぞっている。この不条理な男の結果がわかっているのに今日も連絡していた。

「分かった別れよう、ね……」

 ふと過ぎる男の姿を見ないふりをして。

 私はウキウキとピアスショップへと向かっていく。そう、この物語は私を取り戻すためのストーリー。神は分かってくれていたようだ。私が大学を卒業できず、転落した人生のストーリーをどうにかしようとしてくれている。

 ここが分岐点だ。私は拒食症になったし、大学もまともにいけなくなった。

 友人に連絡する。友人は未来も私を助けてくれていた。

「ねえ、この後夜向きに遊ばない?」

 当時の私のよく使うワードだった。あまりにも忙しくない限り、心配性の友人は快く受け入れてくれるだろう。

「お前は変わらないし、私は変わる」

 誓いのような言葉だった。私は苦虫を噛み潰し続けるような人生を歩んできたが、今度こそ変わる。五年後の未来から来た私は人生が3周目と言われる女だった。せっかく与えられた機会だ。謳歌しようじゃないか。

「お前は未来から来ても変われないよ。だって変わる気がない人生なんだから」

 横切る男には伝えない。私は友人の家に向かっていく。

 時間を超えるのは難しい。特に過去にはだ。過去を変えられるなら、そう思っただけだった。願った先、私の帳尻があって戻ったとしても構わない。今の最善の人生を歩みたいだけなのだから。

 きっと誰しもそうだ。あの男も、私も。けれど、不幸を願うような、稚拙な私だ。きっとどこかでまた躓くだろう。つまらない人生よりマシだ。今回はうまくやってみせる。

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